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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
十三章『迷宮武者修行』

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混沌を解くカギ


「あぁぁ……ぁぁ、あ……っ」


 混沌迷宮の内部に凄まじい轟音が響きました。

 ルカが迷宮を構成する地面、壁、床、柱、天井、樹木、山など、手の届き得る範囲にあるものを力任せに殴りつけ、粉々に打ち砕いているのです。


 基本的に温和な彼女らしからぬ大胆な攻略法、ではありません。

 こんなものはとても攻略とは言えないでしょう。



「ひ、ぅ……わぁ……やだ……帰りたい……帰して……」



 これはただ、いつまで経っても変わらない現状に精神をすり減らして、八つ当たりのように泣いて、叫んで、幼子のように手足を振り回しているだけなのです。

 一応、ずっと同行しているアイに暴力を振るわない分別だけは残っていましたが、そのアイも何と声をかけたら良いのか分からずルカが自然と落ち着くのをじっと待つしかありません。


 二人が混沌迷宮に入ってどれだけの時間が経ったでしょうか。

 何百万もの歩を重ねても明るいまま、あるいは暗いままの状態が続いたと思ったら、瞬き一つの間に目まぐるしく昼夜が巡ることもある。そんな中での時間感覚などどれほど信頼できるものか分かったものではありませんが、ルカの主観的にはもう何か月も何年も経過したように感じられます。


 その間、二人は様々な場所を巡ってきました。

 ハチミツの満ちた海、砂糖菓子の廃城、焼けた肉が積み上げられた山々など。普通の地形も多々ありましたが、このあたりの傾向は迷宮達の嗜好に影響を受けていたのかもしれません。


 肉体的な疲労が問題とならない利を活かして様々な場所を調べて回り、この状況を終わらせるためのヒントがないかと探し続けました。

 アイの推測によると、恐らくは迷宮を維持するための要となる点、六迷宮の結び目のようなモノがどこかに出来ているのではという話でした。実際、それらしき怪しげな存在を見つけたことも一度ならずありました。



 たとえば、六本の大樹が不自然に捩れて絡まっていたりとか。人の胴ほどの太さがある六色の鎖が建物の壁や天井から伸びて、雁字搦めに絡まっていたりだとか。ルカの力で、それらを強引に解いて結び目を開いてもみたのです。



『ごめん、ごめんなさい……』


「あ……ぁ、ぁぁ」



 が、未だこの空間を脱出できていないことからも自明ですが、それらのゴールらしきものは、全てが偽物フェイク。アイの『夢現』が無自覚のうちに発動して、ルカやアイが想像する解決の形をそれっぽく具現化しただけでしかなかったのです。

 当然、そんなモノを解こうが破壊しようが何の意味もありません。ぬか喜びから再び絶望に叩き落とされるあたり、何もないよりもなお性質が悪いでしょう。


 他にもたとえば天を突くほど高く分厚い鉄扉。

 輝く宝石で飾られた黄金のカギ。

 形は様々ですが「ここを通れば解決する」、「これを使えば外に出られる」などと思わせる何かが如何にもそれらしい雰囲気と共に登場してくるのだから始末に負えない。



 しかし、それでも二人は諦めずに探索を続けました。

 主観時間で何年経ったのかも分かりません。この空間の特性なのか容姿に変化は見られませんが、元々の世界で過ごしてきた時間以上にこの混沌迷宮に長くいるようにすら思えます。



「……レンリちゃん。頭が良くて、カッコよくて面白いお友達。ライムさん、喋るのは苦手だけど強くて優しいお姉さん。シモンさん――――」



 いつの頃からか、ルカはこうして友人知人についてそれがどういう人物だったか独り言を呟くようになりました。思い出を糧に前に進むモチベーションを湧かせるため、ではありません。



「ルグくん、小っちゃくて優しい、わたしの好きな男の子。うん、大丈夫……まだ、覚えてる」



 こうして絶えず記憶を刺激していなければ、もはや親しい相手のことですら覚えていられなくなりかけているのです。何千回、何万回とその人物がどのような相手だったか、自分とどのような関係だったかを呟き、それによって辛うじて薄れる記憶を繋ぎ止めているような危うい状態。


 そんな風に辛うじて自分を保ちながら、誰もいない無人の野を、森を、山を、谷を、砂漠を、海を、街を、城を、およそ認識できる全てを巡り調べ続けました。



 ですが、それにもやがて終わりが見えてきます。

 残念ながら脱出という意味ではありませんが。



「……わたし、わたし、は? 何を、してるんだっけ」



 独り言で己の記憶を繋ぎ止めるのにも限界がありました。

 親しい人々の顔がだんだんと思い出せなくなり、それ以外の記憶もほとんど薄れ、最後には自分自身への認識すら覚束なくなってきたのです。



『ごめんなさい、ごめん、ごめんなさい、我がママを巻き込んだから、我が一人で壊れるだけなら良かったのに、ごめん、ごめん』



 頼りのアイも異常な空間では本来の機能が働かないのか、長い時間の中で少しずつ機能不全を起こしつつあるようです。延々と虚空に向けて謝罪を繰り返していたと思ったら何日も黙り込み、次第にだんだんと言葉を発すること自体少なくなってきました。


 このまま二人、最後は何故ここにいるのか、何をしているのかすらも忘れ果てて倒れ込み、しかし朽ち果てることもできず木石のように風雨に晒され続ける運命なのか。




 そうなっていても何ら不思議はなかったでしょう。



「わたし、は」



 でも、こんな風に魂が擦り切れて消えてなくなってしまう寸前であっても、それでもなお残るものがあったのです。



「わたしは貴女を恨まない。貴女を助けようとしたことを後悔しないよ。絶対に、何があっても」



 咄嗟に赤ん坊を助けようと飛び込んだ。

 そのせいでこんな目に遭っているのは百も承知ではあるけど、その行動自体に恥じるべき点は何一つない。涙も涸れるほど泣いて叫んだけれど、元となった行動は決して間違ったものではないという確信。事実、ルカはこれまでの長い、永い時を共にしながらも、一度としてアイを責めることはなかったのです。



「わたしは、ルカ!」



 この気高い『誇り』だけは今もなお残り、そして輝きを失うことはない。

 これが彼女の魂の根底にある、存在の本質とでも言うべきもの。


 第六迷宮の奈落に由来する性質ゆえでしょうか。

 最後の最後、残ったソレに意識を向けるとルカの魂はじわりと熱を持ち、次第に熱く眩しく輝き出す。ここまでの道程で取り零してきた何もかもが刹那の間に戻ってくる。



「わたしは……皆のところに、帰るんだ!」



 擦り切れて消えてなくなる寸前まで追い詰められた魂が放つ光。それを見つけることこそがこの世界を終わらせ、何もかもを元通りにするためのカギであったのです。



「――――え?」



 瞬間、混沌が終わりを告げる。



次回でもうちょっと詳しい解説を入れると思いますが、この混沌迷宮には第六迷宮の奈落の性質が全体に及んでいました。ただし、ただ落下するだけの大穴よりも精神への負荷が大幅に増した超ハードモードみたいになってしまいましたが。

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― 新着の感想 ―
[良い点] うぁ、流石にメンタルがヤバかったからの急成長 多分、次回からは、ルカちゃんではなくルカの姉御と周りから頼られていそう [気になる点] 現実世界がどれくらい経ったのだろうか? 最悪、オカ…
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