アイとルカ
まるで土石流のように森林を砕きながら流れ落ちる迷宮達。そんな危険極まりない中にアイが飛び込んだ時、一人だけその動きに反応できた人物がいました。
魔力と体力を使い果たして倒れているライムではなく。
そんな彼女を介抱していたシモンでもなく。
位置取りの関係から直線的にアイに向けて走れなかったルグや、シンプルに鈍くさいレンリでもなく。
「アイちゃん……っ!」
「ルカ!?」
「ルカ君!?」
直前までアイの状態を検めていたルカだけが、落下する赤ん坊にどうにかギリギリ手が届き、そして……。
『まぁま!』
「ぐ、アィ……っ!」
ルカがアイをギュッと抱きしめた状態で、そのまま二人して迷宮本体の濁流へと吞み込まれていったのです。
◆◆◆
「ん……あれ、わたし? ここ、は?」
どうやら飛び込んだ時に意識を失っていたのでしょう。
次にルカが目覚めた時、彼女は見知らぬ森の中にいました。
森であることに変わりはありませんが、山らしい地形の高低差は見られません。他に気になる点として、見える範囲だけでもそこかしこに人工物らしき建物の跡が見られます。いえ、『跡』というには妙に真新しいのが気になりますが、少なくとも見た目は壁や天井の崩れた家々のように見えました。
「あれ、お日様……朝?」
そしてルカも遅ればせながら気付いたようですが、周囲の景色を支障なく眺められる程度に辺りに日が差していました。ルカ達が先程の山野にいたのはもう深夜にも近いような遅い時間でした。
濁流に呑み込まれたままどこか知らない場所まで押し流されて、そのまま朝になるまで気を失っていたのでは……と、ルカが考えるのは自然なことでしょう。
しかし、そうではないのです。
「そうだ……アイちゃん!」
目覚めてから周囲を観察しているうちに、ようやくルカも自分が気絶する前に何をしようとしていたのかを思い出したようです。そして思い出すと同時に全身の血の気が引きました。寝起きでぼんやりとしていた意識も一瞬にして覚醒します。
「アイちゃん……アイちゃん、どこ!?」
立ち上がって辺りを見渡すも、鏡のような髪をした赤ん坊の姿は見当たりません。続いて近くの建物跡の中を見てみるも、これも同じく。
もしや流されている途中に手を離して、どこか別の場所に流されてしまったのか。最悪、地面の中に埋もれてしまったのではないか、など。悪い想像が次々と浮かんできます。そうだとすればルカに探す手立てはありません。
『あ、起きたんだ。良かった』
「え……? え、え……っ!?」
ですが、幸いアイはすぐ近くにいたようです。
ルカの知る彼女とは、ほんのちょっぴり様子が違っていましたが。
『どれだけ長丁場になるか分からないから、ひとまず人間のヒトが食べられそうな物を集めてたんだ。見た目は果物っぽいから多分食べられると思うんだけど』
「あ、お気遣いどうも……じゃなくてっ! ええと、あの……アイちゃん、さん……で、いらっしゃいますでしょうか?」
鏡のように周りを映す髪は同じ。
だからこそルカも彼女がアイなのでは直感的に発想したわけですが、髪以外は体格も服装もまるで違います。
『あ、そういえば説明がまだだったね。人と話すのが久しぶりだから……えっと、その、アイです。初めまして……じゃなくて、こういう時ってどういう風に言えばいいのかな?』
「さ、さあ……?」
体格はおおよそウル達と同じくらい。
ルカも話に聞いていた、まだ赤ん坊になる前の生まれて間もない頃のアイがちょうどこのような容姿だったのだろうとは容易に想像ができました。
『ええと、ママ……は、今の我が言うのはちょっと恥ずかしいのでルカさんって呼んでもいいでしょうか?』
「あ、うん……大丈夫、です? ……だよ?」
『良かった。それじゃあ、我も全部が分かってるわけじゃないけど、とりあえず果物で腹ごしらえしつつ現状説明する方向でいいですか? いいかな?』
「あ、はい……その方向で、お願いするね……します?」
『……なんだか、話す時の距離感どうすればいいか迷うね』
「……うん」
ここがどこで、今がいつで、なんでアイが大きくなっているのか。あくまでアイ自身が把握している限りという注釈は付きますが、それでも情報が有ると無いとでは今後の動き方が大きく変わってくるのは間違いありません。
幸い、時間はいくらでもあるのです。
ルカは酸っぱいプラムを齧りながらアイの話に耳を傾けました。




