たのしい監禁生活
お互いにとって運悪く隠していた諸々の事情を知られてしまい、なし崩し的にルグを部屋に閉じ込めておくことを決めた翌朝。
「ど、どうぞ……あ、あーん……」
「ん、ありがと。へえ、ルカの姉ちゃん料理上手いのな」
見張りの関係上、交代で睡眠を取ったせいで寝不足気味のルカやリンと違い、一晩ぐっすり寝て休んだルグは、意外とあっさり現状を受け入れていました。
手足を縛られたままなのはたしかに不便ですが、食事に関してはルカに食べさせてもらっているので大きな問題はありませんし、下手に大声を出したり逃げようとさえしなければ当面の身の安全は保証されています。ならば、しばらくは様子見に徹するのが合理的だろう、という判断でした。
ちなみに今朝の朝食メニューは、分厚いトーストにカリカリに焼いた燻製肉と目玉焼きを挟んだサンドイッチ。とろりと濃厚な卵の黄身に肉の塩気が合わさって、まだ寝ぼけている胃袋を刺激してきます。パンにたっぷりのバターと粒マスタードを塗ってから、少し時間を置いて馴染ませるのが味の秘訣です。
学都に来たばかりの頃よりも懐具合に余裕が出て来たおかげで、野菜クズとパンの耳の食事からはどうにか脱し、指名手配中の逃亡犯とは思えないくらいには食事情が改善されてきています。
まあ、それはそれとして節約生活は依然継続中。
週に二回は市場の店を巡って廃棄する食材を貰いに行くのが習慣になっているのですが、こうして「お客さん」に出しても恥ずかしくない程度の食事は出来るようになっていました。
しかし、問題は食事ばかりではありません。
「……あ、悪い。これって、トイレはどうすればいいんだ?」
ヒトを一人監禁するというのは、想像以上に大変なのです。
なにしろ、人間というのは食べたり飲んだりすれば必ず出さねばなりません。
現在のルグは腕を後ろ手に縛られ、足首も同じく紐でぐるぐる巻きにされています。これでは自分でズボンを下ろすことすら不可能。
オマケにアルバトロス一家が住んでいる安アパートには共用のトイレしかなく、用を足させるためには部屋から出さないといけないのです。
……とはいえ、部屋でそのまま漏らさせるワケにもいかず。
「兄ちゃん、もういいか?」
「うん、もう済んだ……なあ、これすごい恥ずかしいんだけど」
「ああもう、最悪だわ……」
用足しの時には足の拘束だけ解き、一人は周辺住民に見られないよう見張り、一人はルグに逃げられないよう、出しているすぐ近くで警戒。上記二つの役割はリンかルカが交代で、ルグのズボンと下着を上げ下げする役目は同性のレイルがそれぞれ担当します。
世話をするほうもされるほうも非常に恥ずかしい上に、こんなことを日に何回もしなければなりません。たかがトイレ一つで大変な労力でした。
更に、もしこのまま拘束が長期に渡る場合は着替えや入浴についても考えねばなりません。
普段の一家の入浴は、近所にある公衆浴場で済ませているのですが、いくらなんでも紐で縛った状態で連れていくのは無理があります。
かといって同じ部屋に閉じ込めておかねばならない以上、体臭や健康状態に関しては時間の経過と比例して切実な問題になってくることが予想されました。
更に更に、もっと問題になりそうなのが。
「このまま俺が行方不明になったら、多分レンが不審に思うんじゃないか?」
「うん……どうし、よう……」
◆◆◆
ここ最近、レンリたちが迷宮に入る日は、いつも午前のだいたい同じ時間に学都中心の聖杖前広場で待ち合わせることになっています。
前日に別れた時はごたごたしていたせいで、本日の予定については白紙の状態だったのですが、ルカが普段の待ち合わせ場所を訪れるとすでにレンリが待っていました。
広場に面した喫茶店のテラス席で、冷たいお茶を飲みながら本を読んでいます。
彼女はルカの姿に気が付くと、本を閉じて顔を上げました。
「おはよう、ルカ君。具合はもういいのかい?」
「し……心配かけて、ごめん……ね」
前日、疲れからくる貧血で倒れた……と、レンリには思われているようで気遣われていましたが、体調に関しては多少寝不足なくらいで問題はありません。
「おや、ルー君は遅刻かな?」
もっとも、別の部分についての問題は山積しています。
普段は一番に来ているはずのルグがまだ来ないことに、レンリは早速疑問を持ったようです。
もちろん、監禁状態にある彼が来れるはずもありませんが。
「あ、それなんだけど……実は、昨日……」
とはいえ、その疑問に関しては予想できることでした。
口下手なルカでもちゃんと誤魔化せるよう、あらかじめ対レンリ用の言い訳を考えてきたのです。
「……風邪?」
「う、うん……ごめん、ね……」
「なんでルカ君が謝るんだい? まあ、風邪なら仕方ないさ。体調が悪い時に迷宮に入るのは危険だし、彼が治るまでは迷宮探索はお休みにしておこうか。あとでギルドの掲示板にも彼宛ての伝言を残しておくよ」
前日にレンリたちと別行動になった後で、ルグが風邪気味だと言い出して具合が悪そうだった云々……と偽る仮病作戦。もし監禁生活が長引くようならば別の言い訳を考えねばなりませんが、これで数日程度は時間を稼げるはずです。
「まあ、いいさ。どっちにしろ、今日のところは休むつもりだったし」
「そ、そう……なの……?」
「うん、ここにはそれを伝えに来たのだよ」
ルカが改めて見てみると、レンリの服装はいつもの迷宮用の装備ではありません。
珍しいことにいつものジャケットとズボンではなく、やや丈の短いデザインの涼しげなワンピース。履き物もブーツではなく小洒落た感じのミュール。これで喋り方さえおしとやかにすれば、深窓の令嬢と称しても通用しそうな装いです。
明らかに、冒険ではなく街歩きを目的とした格好でした。
「いや、昨日は騎士団のほうで用件を片付けた後で、私の部屋にウル君を泊めたのだけれど、今朝になって街の案内を頼まれてしまってね。この後、一緒に買い物でもしようということになったのだよ」
「へえ……ずいぶん、仲良くなったん……だね?」
「仲がいい、って言うのかなぁ?」
昨日の、詐欺同然の騙まし討ちで泣かせていた状態からは大きな前進です。話題が変わって嘘を吐く必要がなくなったおかげもあり、ルカも素直に感心していました。当のレンリは、ウルとの関係を「仲良し」の一言で表すことに少なからず違和感がありそうですが。
ともあれ、ルカとしては最大の難所であったルグが姿を見せないことについての誤魔化しに成功し、あとは不信感を持たれないように適当に話を切り上げて帰るだけ……の、つもりでした。
そのはず、でした。
つまり、そうはなりませんでした。
「あ、そうだ。この後、時間は大丈夫? よかったらルカ君も一緒に行かないかい?」
「え……わ、わたし……も……?」
まさか、「監禁が忙しいので行けません」とは言えません。
さりとて、ここで咄嗟に上手い言い訳が出来るほど口が上手ければ、ルカの人生はもうちょっと生きやすいものになっていたことでしょう。
「ああ、よく考えたら知り合ってそこそこ経つのに、ルカ君とは休日に一緒に遊んだことってなかったろう? たまには、こういうのもいいだろうさ」
「あの、えっと……は、はい……」
結局、上手く断ることも出来ず、流されるような形でレンリとウルの街歩きに付き合うことになってしまったのです。




