奇跡的ティーパーティ
神の力で『奇跡』を起こす。
そのために絶対に考えなければならない点が二つあります。
まずは『奇跡』で何を成すか。
単なる身体能力の強化や各々が元々持っている固有能力が、魔力のみならず神力でも可能となるのはこの修業期間で確認済みですが、いくら強くとも同じことをやるだけでは『奇跡』とまでは言えないでしょう。
付け加えるなら既存の魔法や技術で可能な物事を成すだけでも些か弱い。たとえシモンやライム、魔王一家のような達人・超人くらいしかできないことでも、彼ら彼女らはあくまでヒト。かなり怪しい部分もありますが、少なくとも神ではありません。
神ならぬヒトにもできることをやって「はい、神でござい」というのは、神の証明としては物足りない。少し前の神聖国でも似たような話題が出て、しかもその時は真逆のオチが付いたような覚えもあったのですが、そこは他者に対する証明と自己に対する証明の差でしょうか。
単純な戦闘力ではまだ及ばないとしても、どうせやるなら彼らにすら不可能な、神ならではの偉業を実践するくらいであるべき……というのが此度の師匠であるライムからのオーダーでした。過酷な修業の締めに相応しい、かなりの無理難題と言えましょう。
とはいえ、そちらの問題はまだ良いのです。もう一つの課題をクリアせねば、先程の一つめの問題の取っ掛かりすら掴めません。
すなわち、どうやって『奇跡』を起こすか。
魔力を用いて魔法と言う現象を起こすのと同じことを神力でもやってみればいい……と、言うは易く行うは難し。神力の流れを身体の内外でコントロールする感覚はひとまずモノになりましたが、それを具体的にどうすれば何でも願いを叶えられるようになるものか。
これまでの鍛錬ではライムが魔力操作のためにやっていたメニューの応用が有効でしたが、それもここまで。下手に助言をするとかえって先入観が足を引っ張って習得を阻害する恐れがある、とは女神の言。ここから先は迷宮達が各々試行錯誤してコツを掴むしかなさそうです。
『むむむ、とりあえず力を指先に集めて……集めて、それからどうすればいいのかしら?』
『姉さん、集めるのではなく一定のリズムで流すとかって可能性もありますよ。魔法使いの方々みたいに詠唱をしたり、杖を振ったり指を組んだり。まあ地道に色々パターンを試して何か起こらないか探ってみましょう』
まるで雲を掴むような話です。
この世界の人類がいつから魔法という技術を使っているのかは迷宮達も知りませんが、まったくの手探りで様々な現象を起こし、汎用性のある術式として体系化していった最初期の魔法使い達も似たような努力をしていたのかもしれません。
『ヒナは何をしようとしてるのです?』
『普通のヒトじゃ絶対できそうもないことでしょ? だから、この辺りの落ち葉を生きた魚に変えたりできないかなって。ふう……死せる落葉よ、瑞々しき命となり甦え……らないわね』
『今のもしかしてヒナが自分で考えたオリジナル詠唱なのです? うふふ、モモはカッコいいと思うのですよ?』
『こ、こらっ! 結構恥ずかしいわね、コレ』
ゴゴは自発的に学習して人間の魔法もいくつか覚えているのですが、他の姉妹達は基本的に自前の能力に頼り切りで、魔法の詠唱などしたことない者がほとんど。魔法の技術を応用するにしても、まったくの素人が当てずっぽうで考えた詠唱では効果を期待するのは難しいでしょう。
『質問。無。ライムさん、質問いいかな? 貴女は普段ほとんどの魔法を無詠唱でやっているようだけど、アレは具体的にどういう技術なのかな? なんとなく高等技術なんだろうとは想像がつくけど』
「ん。イメージ」
『単語。推測。察するに、頭の中で術の効果を強くイメージしつつ魔力を流すと呪文を唱えた時と同じような現象が発生するという理解でいいかな? 便利な技術なのに使い手が少ない高等技術というのは、イメージ力や魔力量の多寡が原因かな?』
「ん。見てて」
ヨミは同じく魔法技術を応用するのでも、より高等な技である無詠唱に可能性を感じているようです。参考として、ライムが手近な距離にあった岩に無詠唱で小さな火の玉を飛ばしてみました。
指先に生み出した直径一センチほどの火の玉がゆっくりと飛んで行くように。あえて威力を絞ってあるため、火の玉は岩の表面を軽く焦がすとすぐに消えてしまいました。
「もう一回」
同じことを更に二度、三度と。
迷宮達の目であれば術が発動する瞬間の血流や体温の変化で、ライムがどのようなタイミングで脳裏にイメージを思い描いているかまで把握できるでしょう。
『把握。感謝。イメージか……ありがとう、何か掴みかけたような気がするよ』
「ん」
魔法における無詠唱は高等技術ですが、神力の行使においてはむしろ近道であるという可能性もあるかもしれません。まだ何も実現できていない状況では確証には至りませんが、ヨミはイメージ力を鍛える方向で工夫する方針に決めたようです。
「ん?」
『あら、ライム様。どうなさいました?』
しかし、残るもう一人。
他の姉妹があれこれと試行錯誤を繰り返す中にあって、ネムだけは特に動きらしい動きが見られません。これまでの訓練には文句一つ言わず他の皆と同じメニューをこなしていましたが、他の誰かと同じことではなく自分なりの方法を見つけろと言われて、どうすればいいか分からなくなってしまったのかもしれない……なんてことは全くありませんでした。
『そうだ、そろそろお茶の時間ですわね。キャンプでいただくお魚も美味しかったですけれど』
いつものように上品な笑みを浮かべると、いつの間にやら手にしていた華奢なベルをちりんと鳴らしました。
いったいどこにそんなベルを持っていたのやら。
元々服の中にでも持っていたら修業中に鳴って皆も気付いていたでしょう。ゴゴの能力なら周囲の地面から金属質を集めて似たようなものを作れるでしょうが、そんなことをした覚えはありません。
迷宮としての機能の応用で、本体内に宝箱などを生み出す感覚で自分で創り出したのでしょうか。しかし、こんな山奥で何のために?
その答えはすぐに分かりました。
『あらあら、とっても可愛らしいこと』
先程のベルの音を聞き付けた森の動物達が一斉にネムの下へと駆けつけてきたのです。ウサギやリスやキツネやクマなど、サイズも種類もおかまいなし。
ですが、それはまだいいのです。
野生に暮らすはずの彼らが人間のように直立二足歩行をし、そればかりか執事やメイド、コック服らしき服装に身を包んで『お嬢様』のためにお茶会の準備を始めたのです。
執事のキツネが剥き出しの岩場に真っ赤な絨毯を敷き、その上にリスのメイド達が手際よくテーブルセットを並べていきます。どこから調達してきたのか不明ですが、熟練の家具職人が手掛けたとしか思えない立派な逸品ばかりです。
真っ白なコックスーツに身を包んだクマは、これまたいつの間にか出現していたオーブンでパイやクッキーの焼き加減を確かめ、テーブル上では小柄なウサギメイド達が前足で器用にティーポットやカップを並べています。
そんなメルヘンな光景をネム以外の姉妹とライムは、ぽかんと口を開けて眺めるばかり。道具の調達などいくらかは迷宮達の能力でも再現できるでしょうが、この光景はそれだけではとても再現しきれそうもありません。ネムの『復元』は他の姉妹と比べても極めて強力な能力ですが、『復元』だけではとてもこんな真似はできないでしょう。
『ネム、今のそれ、何をどうやったの!?』
『ウルお姉様? 何をと言われましても、こう、普通に?』
いくつの常識を捻じ曲げればこんな真似が可能なのか。
ただの幻覚を見せるだけならまだしも、流石のアリスやリサにだって、あの魔王ですらこんな離れ業は不可能でしょう。この周辺数十メートル程度とはいえ、世界の在り方そのものを改変した御業。まさに『奇跡』としか言いようがありません。
『さ、ライム様。お姉様方とヨミも。一緒にお茶にいたしましょう?』
何はともあれ、こうしてネムが一番手で課題をクリアすることとなりました。本人に自覚があるかすらも怪しいところですが。




