吸引力の変わらない、ただ七つの迷宮
迷宮が魔物を引き寄せているのではというゴゴの仮説。
もしそれが本当だとしたら大変です。世間に知られたら『使徒様』への現状の好印象が、そっくり裏返る一大スキャンダルになりかねません。
「だからといって、頭ごなしに感情論で否定するのも芸がないよね。じゃあ、そうだね。まずはこのあたりから反論するとしようか。諸君はこれまで普通に学都をうろついてたわけだけど、今までは特に魔物が寄ってくることもなかった。これについてはどう考えるかな?」
無論、仮説はあくまで仮説。
確率としては相当に低いものでしょうけれど、迷宮達が各国で強大な魔物に遭遇したのも単なる偶然でなかったとは言い切れません。ここ数日の学都近辺での魔物の異常行動も別の原因がないとも言い切れないでしょう。
それにレンリが指摘したように、迷宮達はこれまで学都で平然と街中を闊歩していましたが、それだけで同様のトラブルが発生したことなどなかったのです。
対するゴゴの反論は以下の通り。
『その点については二つの原因があるものと考えています。まず一つは我々の力が、正確には神としての性質が最近になって急激に強まったこと。体感ですが覚醒前の我々を一とすると、覚醒直後の時点で百、立場をある程度まで公にした現在では三千から五千ほどの神力を各々蓄えているように感じます。伸び率を考えると一万を超えるのもそう遠くはないでしょうね』
「ふむ、つまりゴゴ君はこう言いたいわけか。神としての力の総量が高まったことで、その影響力も比例して増大していると」
『ええ。それともう一つは一緒に行動していた人数ですね。旅行中はほとんど六人で集団行動でしたし、最近もアイの面倒を見るために皆で集まってたことが多いですよね。これまでは姉妹で長時間一緒の場所にいることってそんなに多くなかったですし、集まってもせいぜい二、三人なことがほとんどでした。そこで思ったのですけど、もしかすると神の力を持つ者同士が一箇所に集まっていると、その影響が単純な足し算以上に増幅される共鳴作用のような現象があるのではないでしょうか?』
「いささか飛躍しすぎてるような気もするけどね。とはいえ、一応のスジは通るか。試しに検証してみる価値はあるんじゃない」
仮説の上に仮説を重ねた考えでは、とても真実を証明したなどとは言えませんが、すべて偶然で片付けてしまうのも乱暴でしょう。今後の方針をどうするにせよ、まずは検証してゴゴの考えの真偽を検めなければ何も始まりません。
学都外に彼女達が移動した場合に魔物の発生件数に変化はあるか。
移動先の地域での魔物の発生件数に変化はあるか。
神力の保有量的にも良識的にも流石にアイは付き合わせられませんが、他の姉妹達が一人から六人まで一箇所に集まった際の影響範囲の広さの変動はどうか。あらかじめ周囲の魔物の種類や生息地域を下調べして、具体的に何キロくらい影響があるかを大まかにでも割り出す必要もあるでしょう。
「――――と、調査項目はこんなところかな。いやぁ、なんだか楽しくなってきちゃったね」
『ふふ、レンリさんらしいですねぇ』
皆で地図を眺めながら、どこで何をどのような方法で調べるかも決めて、早速この翌日からゴゴの仮説の真実を確かめるべく動き出しました。
◆◆◆
まあ、困ったことに真実だったわけですが。
最初は学都から十キロほど離れた無人の平野で、次はこれまで訪れた国々の近辺で。更には人間の集落から離れた山奥や砂漠や海上でも、来るわ来るわ。
どこに移動しようと関係なく、周囲一帯の生き物が興奮状態に陥って向かってくるのです。迷宮が一人か二人ならまだ影響は軽微ですが、四人を超えると半径三百メートル前後の、五人で半径三十キロ、アイを除く六人が集まると影響範囲は推定ですが五百キロを超えるものと見られます。
事前に周辺に生息する動物や鳥達に無毒の水性塗料で目印を付けて、分裂したヒナが上空から移動する方向や距離を測定したのでまず間違いはないでしょう。
「騎士団の者達や街の人々の変化についても謎が解けたな」
そして同時に判明したことですが、迷宮達が集合したことによって発生する現象はただ生き物を引き寄せるだけのものではありませんでした。これについては、もっと早くに気付くべきだったかもしれません。
ここ最近の騎士団や街の住人の異常なまでの身体能力や魔力の伸び。いくらモモの『強化』で上達しやすい場所を用意しているからといっても、その成長率は明らかに異常でした。
それが迷宮達が集合したことによる影響だとすればどうでしょう。
仮に彼女達の有する神の力に、周辺の生き物の魔力・体力・生命力などを広く強める働きがあるとすれば色々な疑問に説明が付いてしまうのです。
そして、その力は恐らく近くにいればいるほど強力に作用するはず。
学都に襲撃してきた魔物達が敵わないわけです。なにしろ街から離れた野外に暮らす魔物と、より迷宮達の近くにいた街の住人達とでは、同種の現象が働いていても強化率が大きく違います。
一部、元々強かった龍種などが更に強くなった場合は流石に民間人の手に負えませんが、このまま強くなり続けたらそこらの民間人の一人一人がドラゴンより強大な力を手にすることになりかねません。
「ふっ、ゴゴ君や、その理論には穴があるよ。キミ達のそばにずっといたクセに貧弱なままの私という存在がその証拠さ!」
『そこまで自信満々に弱さを誇るのはちょっとどうかと思いますが……そうですね、この働きは何かの練習や学習をした時により効果が強くなるのでは? あとはその人物の適性や素養によっても何が伸びやすくなるのか変わるのかもしれません。レンリさんの場合は例えば食欲が、とか?』
「ふっ、そこは頭脳がと言って欲しかったかな!」
この部分については更なる追加検証が必要ですが、状況証拠としては十分なモノが出揃ったと言えるのではないでしょうか。
魔物や動物が集まってくる理由にもそれで説明ができます。
この生命力が強化される感覚は生き物にとって心地良いもの。鋭敏な感覚を持つ野生の生き物にはそれが一際顕著に感じられたと考えればどうでしょうか。より強く、より近くで、と思うのも自然なことです。
学都に来たのは普通の動物ではなく一定以上の戦闘能力を備えた魔物ばかりでしたが、多数の生き物が同じ場所目指して本能的かつ直線的に集まってくる状況で踏破能力の関係で断念したか、同じ方向に移動中だった魔物の餌になったとすれば、これも説明可能。
その生き物が心地良く感じる、より近くに行きたいと思う効果は、多少なりとも理性や思考能力があれば無視できるくらいにささやかなものなのでしょう。そう考えれば人間や、知性を持つ高位の魔物が引き寄せる対象から外れているのも納得。もしそうでなかったら学都はかれこれ何度目かの大量の人口流入に見舞われて、今度こそ経済が完全に破綻していたかもしれません。
「ま、そのあたりは正直まだまだ仮説の域を出ないけどね。そう考えれば現状に説明が付くってだけで、学生のレポートなら赤点モノだよ。もっと余裕があれば納得いくまでじっくり調べてもいいんだけど、今はそのあたり後回しにしてでも目の前の問題を片付けないとね」
謎が全て解けたわけではありませんし、今回は謎を解いただけで全てが解決するわけでもありません。むしろ、ここからがようやくの本番。
これまではアイの能力をどうにか制御すべく皆で協力していたわけですが、他の六姉妹も神としての性質で無自覚に周囲に影響を与えていたわけで。奇しくも、これで他の姉妹もアイと同じような問題を抱えることになってしまったのです。




