ご当地シリーズ学都編
学都近辺における魔物の大量発生。
今のところは騎士団や冒険者や善良な一般市民の皆様があっさり撃退しているので大きな問題にはなっていませんが、なんなら食肉や衣類の材料となる毛皮が大量に安く供給されて喜ばれてすらいますが、そこで釣られて思考停止するわけにもいきません。
『あっはっは! 我の活躍の成果を見るがいいの!』
「おお、ウルちゃんスゲー!」
「おお使徒様や、獲物は南の広場に持ってっておくんなせぇ。そこで一括で解体やら買い取りやらしとるでの」
幸い、安易に空気に流されることのなかった街の有力者達も早急に対策を講じました。基本的にコトが起きるまでは動けない衛兵達に任せるだけでなく、学都周辺の森や山など魔物がいそうな場所へ冒険者を派遣して先んじての討伐。
それでも対応が難しいような一部の強敵に対しては、指揮を優先せざるを得ないシモンの代わりに迷宮達の何人かに街の防衛を依頼。特に人数の融通が利きやすいウル、ゴゴ、ヒナの姉妹の上三人が、屋敷でのアイの世話と並行して学都および近隣の集落、人の行き来する街道に接近する魔物を仕留めるか穏便に追い返すかしています。
「おおっ、今日は龍なんていたんですか! 普通はもっと西の深い山の中にいるはずなんですけどね。しかも、これほどの大物とは……」
「なんだ見てなかったのか。さっき急に空が曇ってゴロゴロ鳴ってたろ? アレだよアレ。流石に街の人間じゃあ手に負えんけども、使徒様が守って下さるならなんも心配はいらねぇな」
『その通り! ドーンと我に任せておくがいいの!』
いくら強くなったとはいえ、時にはこうして一般市民の手には負えないような大物も紛れてきます。ヘビのように細長い胴に短い手足が生えた龍は、翼もないのに魔力で自在に宙を飛び、頭部のツノから風や雷を発する強敵。全身を覆うウロコは並大抵の武器では傷ひとつ付かないでしょう。
そんな龍が雲に隠れて学都上空八千メートルあたりから急降下しようとしていたのをウルが見つけ、ピョンと跳びあがってからガツンと叩き落としてやったのです。
長い年月を生きた竜や龍は高度な知性を有し人語を解するのですが、この龍はそれほどの格を持たなかったのでしょう。言葉が通じる可能性があるのならと、ウルも一応は説得してお引き取り願おうとしたのですが、その返答が特大の雷であったのだから仕方ありません。
全長およそ三百メートル、重さについては何百トンあるか見当も付きません。龍の肉体は高級な防具の素材となるウロコや、武器の素材となるツメや牙、それ以外も内臓や血まで捨てるところがない宝の山。それも百年に一度市場に出るかどうかの大物となると、かなりの大商いになるのは間違いないでしょう。
「えっ、残りの支払いはよろしいのですか!?」
『うん、小切手とかよく分かんないし面倒くさいの。余った分は困ってる人にあげちゃってほしいのよ』
もっとも金額の査定にも相応の時間を要しますし、高額すぎて支払いも現金ではなく領主である伯爵家の発行した小切手でという形になります。
そういった手続きの面倒を嫌ったウルは他の獲物と大差ない、実質的に二束三文とも言える安値で売り払ってしまったのですが、それは龍の市場価値をよく知らないがゆえでしょう。もし、どれほどの値が付くか後で知ったら地団駄を踏んで悔しがるのは間違いありません。
「流石は使徒様、なんと欲のない……!」
「ああ、あの気前の良さ。とても真似できねぇや」
『ふっふっふ、よく分かんないけど褒められるのは気分が良いの』
まあ、そうした判断が逆に信仰を集める結果に繋がっていたりもするので損ばかりとも言えません。正体を隠さなくて良くなった成果と言えるでしょう。
なんだか街に押し寄せてくる魔物がどんどん強くなってきているような気もしましたが、ウル達が強くなるペースはそれ以上に早いのです。ついでに付け加えるならば、実戦経験を積んで腕を上げたのか魔物の対処に当たった人間達もますますその強さを増しています。
『我が守ってれば何も心配は要らないの。退屈な日常に添えられた、ちょっとしたスパイスってとこね!』
と、ウルは深く考えることなく戦闘を楽しんでいたのですが……。
◆◆◆
『魔物の発生する原因が分かってしまったかもしれません』
そんな生活が続くこと数日。
ゴゴが屋敷の皆の前でそんなことを言い出しました。
『まずは、そうですね……どうやら、ここ数日の魔物の大量発生と異常行動は学都だけの現象であるようです。我が調べた限りですが、周辺の国々や国内の他の都市ではむしろ魔物の目撃例や事件が急激に減少しているようです』
「うむ。それは騎士団でも把握しておる」
ゴゴの報告をシモンが裏付けました。
これ自体はどちらかというと良いニュースでしょうか。
たまたま異常に防衛力が高い学都がターゲットだったから良かったものの、これが他の街や国であれば今頃とっくに壊滅していたかもしれません。
察するに、魔物達が本来の生息地や縄張りを離れてまで学都を目指している。その原因については騎士団や新聞社、研究者なども調査していますが、今のところこれといって有力な説は出ていません。
そこにゴゴが新たに出してきた仮説。
それこそが問題でした。大問題でした。
『姉さん、皆も。我々が色んな国に行った時に必ずと言っていいくらいよく出てきたじゃないですか、伝説の魔物。途中までは我も偶然かと思ってたんですけど、最後に行った海沿いの国あたりで流石に違和感を覚えまして』
各国各地のご当地伝説の魔物。
迷宮達が立ち寄った国には必ずと言っていいくらい出たものです。
『しかも我々が到着した時点でもう襲われてるとか、我々が立ち去った後でそういう襲撃事件があったとかではなく、狙ったようにピンポイントのタイミングで。まあ、地下帝国のスライムについては微妙かもですけど』
アイの目覚めの報せを受けて国巡りは中断したわけですが、もしあのまま次の国に行っていたら、そこでもまた伝説と呼ばれるような強大な魔物が襲ってきていたかもしれない。それを単なる偶然や悪運で片付けてしまっていいものでしょうか?
ゴゴが何を言いたいのかというと、つまり。
『我々、魔物引き寄せてません?』




