アイのわくわく公園デビュー
アイを連れての公園デビュー。
まずは歩いてすぐ近くの公園から慣らしていき、それが上手くいけば次はより距離を伸ばし、見守る保護者の側もだんだんと数を減らしていく。最後はアイが『夢現』の制御を覚えて安全に外出できるようになるのが目標です。
「なんだか能力の件に目を瞑ると、普通の赤ちゃんの面倒見てるみたいだね。ルカ君、大丈夫そうかい?」
「うん、今は……落ち着いてる、みたい」
この数日面倒を見て、アイが一番懐いているのがルカでした。
やはり赤ん坊の育児に携わった経験値の差がモノを言った形でしょうか。抱っこやおんぶをするのにも上手い下手の差があるようで、他の誰かが様子を見ている時にふとした拍子にむずがったアイをルカにパスすると、すぐに泣き止んだりしたものです。
「ルカ君、無から子供が生えてくるのも二人目だもんね。これは将来三人目以降が増えても安心なんじゃないかい?」
「さ、ささ三人目とか……っ、そういうのは、まだ早いというか……」
『あぅ? まぁま?』
「はは、ほらアイ君もママだってさ?」
「も、もう……っ」
レンリの冗談に顔を赤くするも、慌てて力を入れ過ぎたり取り落としたりすることもなし。なかなか堂に入った母親ぶりです。
『おぁな!』
「えへへ、そうだね……お花だね……アイちゃん、お花好き?」
『あい!』
本日の目的地である近所の公園が見えてきました。
もう冬近い時期とあって花の盛りは過ぎていますが、それでも丁寧に整備された花壇ではまだ様々な色合いが楽しめます。
「ほう、意外とまだ咲いておるものだな。ダリアに金木犀に、バラはそろそろ終わる頃か。それから秋桜も……しまった!?」
「シモン?」
「うっかり名前を出してしまった!? くっ、今のは花の名前を言っただけだからな! 呼んでいない、呼んでないぞ!」
風流に秋の花を愛でていたシモンが突然奇声を発し、ベンチの裏やゴミ箱の中などを探し回る一幕はありましたが、それ以外は平穏そのもの。
もう日の入り近い時間とあって、遊んでいる子供達や散歩をしている市民の数は控えめですが、本日の目的を考えれば下手に賑わいすぎているよりはこのくらい閑散としていたほうが好都合。
「今のところ目に見える異常はなさそうかな。ほらシモン君も、遊んでないでウル君とモモ君と一緒に備えをしてくれたまえ」
「う、うむ……おっと早速」
公園までの移動中からシモンとウルとモモによる三重の対策を施しているため、特に『夢現』の影響が出ている様子はありません。何かに怯えていたシモンも次第に平静を取り戻し、アイを抱っこしたルカの隣で時折手刀で空を斬っています。他の皆には分かりませんが、能力が放たれた直後にそれを斬り捨てているのでしょう。
小人サイズのウルも皆の肩やポケットの中、公園内のあちこちにいますし、モモの『強弱』も依然発動中。これならば余程のことがない限りは問題など起こりようがありません。
「本当はアイ君に同世代の友達を作ってあげられるといいんだけどね。いや、年齢自体はウル君達とほとんど変わらないわけだし同世代って言えるのかは微妙だけど。まあ今は他に赤ちゃん連れも見当たらないし、それについてはおいおいの課題ってことで」
「ふふ……アイちゃん、可愛いから……きっと、すぐ人気者になっちゃう、ね?」
『あぃ?』
それこそ本当に普通の育児のようですが、そういった良好な人間関係がアイの能力制御の安定に繋がる可能性もあります。もちろん実験協力者たる一般の親子連れの安全に十分な配慮をした上での話になりますが、今後の実験・検証においては有力な案の一つです。
実際すでにシモンが『夢現』を認識できているのです。
彼の能力がそういった感知に向いているからという理由はあるにせよ、張本人であるアイ自身や他の誰かが感じ取れるようになる可能性は十分にあり得ます。アイ自身が『夢現』を感じ取れるようになれば、制御のための具体的な筋道も見えてくることでしょう。
これまで第七迷宮と屋敷の中だけで過ごしていたアイが、見慣れない場所にストレスを覚えるのではないかという懸念もありましたが、今のところは初めてのお出かけらしいお出かけを喜んでいるようです。ルカの腕の中から目に付く花々や公園のベンチ、通りかかった野良猫などを興味深そうに眺めています。
「ま、ちょっと時間はかかるかもだけど。今日のところはグルっと一回り散歩をするくらいで……おや、なんだかあちらが騒がしいね? アレは……騎士団の人が集まってるのかな?」
「はて? 俺は何も聞いておらぬが」
元々屋敷を出る時間が遅めだったこともあり、公園に着いてからさほど時間も経たぬうちに空が暗くなってきました。今日の公園デビューはひとまず成功と言っても良さそうですし、本格的に夜が更ける前に帰ろうか……というところで、公園の周囲が俄に騒がしくなってきました。
公園に接する道を眺めてみれば、パトロール中だったと思しき兵士達が同じ方向に何人も走っていくのが見えます。これが元々予定されていた警備訓練か何かであれば案ずることはないのですが、そういった予定があれば必ずシモンの耳に入っているはずです。
ということは、つまり騎士団の人員が何人も急行する必要があるような事件か事故が発生した可能性が高い。シモンは道を走っていた兵の一人に追いついて呼び止めると、事情説明を求めました。
「おい、何かあったのか?」
「団長殿!? はっ、市民より通報があり上長の指示により現場に向かっておりました! 北地区の住宅街に巨大な魔物がどこからか乱入し、現場にいた一般市民十数名が襲……団長殿?」
「報告、感謝する。皆、すまぬが俺は行かねばならぬ。ウル、モモ。アイについてはそなたらに後を任せるぞ」
最早、一刻の猶予もないと判断してかシモンは兵士の報告を途中で遮り、北の方角へと向き直りました。この公園から現場と推測されるエリアまでは直線距離で三キロ近くもの距離がありますが、今の彼が全力で跳べば到着まで何秒もかかりません。
「私も」
「うむ、助かる。ライムよ、今回は戦闘よりも市民の安全が最優先だ。怪我人がいたら魔物から引き離して治療を頼む。では行くぞ!」
こうしてシモンとライムは他の皆を残し、全力で跳躍。
そして数秒の後、驚愕の光景を目の当たりにすることとなったのです。
ネタが降ってきたので童話っぽい短編を書きました。
『甘党ドラゴンと縄張りの街』
ご興味ありましたらどうぞ。




