『夢現』の研究と対策
そして早くも数日が経ちました。
初日に屋敷が食われた後もトラブルは頻発し、ネムや『復元』した屋敷が今度は人型の巨大ロボに変形合体してライムと激闘を繰り広げた末に粉砕されたり、またもや直した屋敷の床下を突き破って温泉が湧き出てきたりもしましたが、トラブルが発生する範囲が屋敷の敷地内だけで収まったのは不幸中の幸いでした。
それに苦労に見合うだけの収穫も多々ありました。
「――――見えた! 斬らせてもらったぞ、アイ」
『あぃ?』
「お見事、シモン君。これで六回連続だね。もう百発百中と言ってもいいんじゃない?」
「うむ。『夢現』の発動にアイの意が伴わぬ分だけコツを掴むのに苦労させられたが……おっと、七回目」
アイの能力への対策を複数発見することができました。
まず一つめは、このようにシモンが剣でもって能力を斬る方法。他の迷宮達や多くの人間の武芸者などとも異なり、アイの能力は彼女自身の意思によるものではありません。
ある意味で、無念無想の境地に至った達人が攻撃の意思や殺気を伴わず肉体に染み付いた反射のみで技を繰り出すようなものであり、今のシモンであっても勘所を掴むのには数日もの時間を要しました。いえ、難度を考えるとたったの数日で成し遂げたとするのが正確なところでしょうが。
ちなみに彼の言う『夢現』とは、ライムが考案したアイの能力の名前です。話題に出すのにいつまでも名無しでは不便なため、ひとまず暫定的にそのように名付けました。
「そういえば、俺の剣も未だに名無しのままであったな。ううむ、どうもネーミングセンスには自信がなくてな。特に不便はないのでつい先延ばしになっていたが……ライム、ついでに頼めるか?」
「ん」
ネーミングの件はさておき、シモンによる対策は有効ではあっても完璧ではありません。いくら彼でも不眠不休で気を張り続けることはできませんし、日中は仕事に出なければなりません。
おんぶ紐でアイを背負ったまま仕事する案も出ましたが、あまりにも不都合が多そうなので却下。下手をすれば婚約発表をして間もないというのに隠し子の噂が立ちかねません。
『じゃあ、今度はモモがお預かりするのです』
「うむ、交代だな。頼んだぞ」
二つめの『夢現』対策は、モモの『強弱』でその射程や効力を弱めるというもの。単純ですが、これがなかなか効果的。大まかな目安ですが本来であれば影響が敷地内全域に及ぶであろうものが屋敷の建物部分だけに、被害規模も屋敷の全壊から半壊くらいまで抑え込むことができるのです。
とはいえ、モモの対策も完璧ではありませんが。
「あっ、モモとアイ! すまん、今『強弱』って使ってるのか!?」
『どうしたのです、ルグさん? そんな慌てるなんて珍しいのです』
「さっきから目線の高さに違和感があると思って巻き尺で測ってみたら、身長が昨日より二センチも伸びてたんだよ! 頼む! ちょっとだけ、ほんの何分かでいいから能力を解いてくれたら十……いや、五センチくらいは伸びるかもしれないだろ?」
『いやいや、ダメなのですよ? というか、こないだのレンリさんを見る限り、生き物の身体が変化するのは一時的なものだと思うのです』
「くっ、そ、そうか……」
モモの『強弱』では出力を最大限に高めたとしても、『夢現』の影響を完全にゼロにすることはできません。その結果、このルグの背丈のような些細なトラブルが頻繁に発生することとなっていました。
完全に影響をゼロにできるとはいえ様々な制約で対応できる時間が限られるシモン。影響を弱めたとはいえ発生そのものは止められないモモ。それぞれ一長一短といったところでしょうか。
そして有効となる対策はもう一つ。
『モモ、交代の時間なのよ』
『我に任せておくがいいの』
『大船に乗ったつもりでいるといいの!』
小人サイズの小さなウルがアイの周りを取り囲むように何百体も現れました。この第三のプランの方針は『夢現』の対象となり得る母数を増やすことで、無害な願いが叶えられる確率を高めようというものです。
『あっ、どこからともなく焼きたてのステーキのお皿が飛んできたの!』
『こっちはすごい速さで高速スピンするお寿司なの! きっと、こないだ魔王様達に連れていってもらった回転寿司の影響ね!』
『それっ、我たちで捕まえて美味しくいただいちゃうの!』
ここ数日の観察によりレンリが発見したのですが、アイの能力の射程距離は彼女と発生した現象の元となったイメージ主との距離からして、およそ六十メートル前後。それぞれが屋敷内で過ごす場所や就寝場所などを逐一記録して、その時間にアイがいた場所との距離を計測することでおおよその範囲を割り出すことに成功しました。
その範囲内であれば、近ければ近いほど『夢現』の対象になりやすいということはなく、射程距離内にいる知的生命体であればアイとの距離に関係なく全員が等しく能力が及ぶ候補となり得るようです。
ちなみに人間や迷宮に限らず「知的生命体」としたのは、庭をねぐらにしている鷲獅子の夢を叶えたと思しき大量のヤギが現れたことがあったため。ざっと三十匹ほども元気よく庭を駆け回っていましたが、ロノとレンリによって大体半々ずつペロリと平らげられてしまいました。
ウルの対策は、まさにその仕様を逆手に取った方法でした。
範囲内にいる誰の夢が叶うか分からないのならば、恐らく無害そうな願いしか考えないであろう誰かを大量に配置して、それ以外の者が対象となる確率を出来る限り下げてしまえばいいというわけです。
『ぎゃー、なの!』
『アイ、我を頭から食べちゃメッなのよ!?』
『そうなの、早くペッてするの!』
もちろん、これも完璧な対策とは言えません。
ウルの抱くイメージも常に安全とは言い切れませんし、限られた範囲内に多くの分身を配置するがゆえのトラブルも起こります。あくまで確率を下げるだけなので低確率で他の誰かのイメージを拾うこともあり得るでしょう。
様々な試行錯誤の末に実用化に至った対策でも、その効果は一長一短。体力はともかく主に対応する面々の精神疲労も無視はできません。
「だけど最初に比べたら上々だろう。これは、そろそろ『アレ』を考えてもいい時期なんじゃあないかな? シモン君が帰ってきたら一度皆で行ってみないかい?」
ひとまず最低限の安全対策は確保できました。
問題解決に向けて歩を進めるためにも、ここいらで一段上の課題に取り組んでも良い頃合いでしょう。レンリの言う『アレ』とはすなわち。
「公園デビューだ」




