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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
十三章『迷宮武者修行』

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大怪獣レンリ


 アイが恐るべき力を秘めていることは分かりました。

 とはいえ、しょせん相手は赤ん坊一人。六体もの覚醒迷宮に加え、人類有数の強者、知恵者が手を組んで負担を分散すれば、さして苦労することもなく被害を抑え込めるだろう……、



『だぁ、きゃい!』


「帰ってきたら俺の家がなくなっておる……」



 ……と、そんな風に考えていた時期がシモンにもありました。一晩で更地になった屋敷を見て、すぐにその甘い考えを改めることになったわけですが。


 徹夜作業で書類仕事の前倒しとスケジュール調整を終え、今日の勤務前に着替えだけでもしようかと明け方頃に一旦帰宅したら、僅かな残骸を残すのみで自宅が綺麗さっぱり消えていたのです。


 芝生の生えそろった庭部分には、呑気にグースカ寝ているレンリと、途方に暮れたように立ち尽くしている他の面々が揃っていました。



「シモン」


「ライム、俺の家はどうなったのだ? いや、建物は最悪どうでもいいのだが、屋敷が壊れて皆に怪我などなかったのか?」


「大丈夫」


「そうか。しかし、いったい何があったのだ? またアイの生み出した怪物が暴れたのか? だとすれば、よく被害を敷地内だけに抑え込めたと言うべきだろうが」


「違う……ん。違わない? ちょっと違う?」



 シモンが留守にしている間に、この家で何があったのか。

 現場で見ていたライムも、見た上で正直全てを分かっているわけではありません。アイの能力で怪物が現れた……も、誤りというわけではありませんが、果たしてどう説明したものか。ライムも頭を悩ませています。


 なので、憶測を交えず起きたことだけを一つずつ順番に。



「まず、家がお菓子になってた」



 いつどの瞬間にそうなったのかは不明ですが、椅子やテーブル、ベッドにタンス、屋根や柱まで、気付いた時には全部が食用になっていました。

 ドアは板チョコ、ベッドはマシュマロ、壁はビスケット。湯船にお湯を張ろうと蛇口を捻ったらオレンジジュースが出てくる始末。



「話に聞くニホンのエヒメ県のようだな……ああ、いや、アレは冗談なのだったか?」



 その時点で時刻は深夜。

 寝ずの番は迷宮達に任せ、睡眠を必要とする人間の皆は既に眠りに就いていました。それが良くなかったのかもしれません。



「あれ? さっき私こんな夢を見てたかも?」



 異変に気付いた迷宮達に起こされて早々に、レンリがそんな心当たりを口にしました。ついでに板チョコと化したドアも口にしました。


 どうやら、アイが眠っているレンリの夢のイメージを拾い上げてしまったらしい。そう推測できたのは不幸中の幸いでしたが、しかし原因が分かったところで何をどうすればいいのやら。しかも夢にはまだ続きがありました。



『あぅあ?』


「アイ君のお菓子は美味しいね。地元で贔屓にしてた老舗の菓子店にも引けを取らないというか、そっくり同じ味な気が? 私のイメージを元に味付けされてるからかな?」



 板チョコのドアを早速平らげたレンリは、続いて手近にあったクッキーの長テーブル、飴細工の窓ガラスまで躊躇うことなくバリバリムシャムシャ。

 まあ、ここまでなら量的にも奇行的な意味でもレンリならやりそうな範疇であったので、他の皆もさして気にしていなかったのですが、ここから先は普段の彼女とも違いました。



「なんだか、今夜はやけにお腹が空くねぇ?」



 壁も床も天井も、ドアも柱も屋根までも、レンリは凄まじい勢いで食べ進めました。他の皆も変化した屋敷の調査中にちょっぴり味見したりもしましたが、その比ではありません。


 そもそもサイズからして違います。

 巨人でもなんでもないはずのレンリの身体が、食べ進めるにつれて次第に巨大化。何故だか着ている服や靴まで大きくなっていました。

 大きく口を開けてマシュマロのソファを一口で丸呑みに。それでまた巨大化が進行したと思ったら、今度はヌガーの階段をバリっと食いちぎる有り様。しかもレンリ本人はその行動にも自身の状態にも、まるで違和感を抱いていない様子なのです。



「どれほど奇妙な内容でも、夢の中で『これは夢だ』となかなか気付けないようなものか?」



 シモンの推測が当たっているかは今後の検証課題としておくとして、食べれば食べるほど巨大化するレンリは、とうとう屋敷の床や天井を突き破るまでになってしまいました。まさしく怪獣。

 屋敷の残骸を軽々と手に持って口に運ぶ様子からすると肉体強度も相応に上がっていそうなものですが、元の貧弱ぶりを思うと下手に攻撃もできません。



「で、今は元に戻っているようだが?」


「ん。全部食べたら戻った。ついさっき」



 つまり、シモンの屋敷は欠片も残さずレンリのお腹に収まったというわけです。現在、一人だけのんびり寝こけている姿を見る限りでは、到底そこまでの質量と体積が収まっているようには見えません。それはまあ普段からして割とそうなのですが、流石のレンリも屋敷一軒相当の食物を一度に食べ切ったことはありません。間違いなく今までの大食い最高記録でしょう。



「そういえばネムとモモの姿が見当たらんな。一から建て直すとなると流石に手間だし、可能なら家を元通りに直してもらいたいものだが」


「買い物中。皆の朝ごはん」


「そうか、元々あった食材も全部食われてしまったのだったか。そういえば俺は着替えを取りに来たのだったが、それもか……ネムがどうにかできなければこの時間から開いている服屋を探さねば……」



 まさに、何もかも悪い夢だったかのようです。



「おお、噂をすれば二人が帰ってきたようだ。どれ、俺もついでに朝飯を済ませていくか」



 何はともあれ、何をするにも、まず腹ごしらえから。

 幸い、人数が多いからかネム達は十分な量のパンや果物、ハムやソーセージなど色々と買ってきているようです。シモン一人飛び入りする程度では足りなくなることはないでしょう。



「くんくん、食べ物の匂い……あれ、私なんで外に寝てるの? ていうか、屋敷はどこいったの? まあいいや。それより早くご飯にしよう。いやぁ、ぐっすり寝るとお腹が空くよね」


『おぁおじゃまぅ!』


「おや、アイ君。もしかして、おはようございますって言ったのかい? お利口さんだね。えらいえらい」


『あい!』

 


 食べ物の匂いでレンリが目を覚ましたので、やはり足りなくなるかもしれませんが。

 彼女自身は昨夜のことを何も覚えていない様子。

 肉体が拡大縮小した影響による違和感などもなさそうです。



「とりあえず朝メシにするか……」


「ん」



 非生物のみならず生物をも変質させるとなると、また新たに対策を考えねばなりませんが、空きっ腹ではその気力も湧きません。一同はやたらと風通しの良くなった庭先で、食器がないため全部丸かじりのワイルドな朝食を摂るのでありました。



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― 新着の感想 ―
[一言] おおぅ、下手に悪夢も見れねぇな
[良い点] やっぱりおうちがなくなった(笑) とりあえず、暫くは段ボールハウスがシモンの自宅になるかも? レンリも今回片方担いでるんでアイの遊び相手になってもらおう。 [気になる点] アイの能力が物凄…
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