問.適切な問題を自ら設定し解答せよ
ひとまずアイについての情報共有は完了。
その上で、どうしても考えねばならないことがあります。
「アイ君の何をどうしたら『解決』ってことになるんだろうね?」
『あぅあ?』
アイをどうにかしないといけない。
それは皆も分かっています。
しかし、何をどうすれば解決したことになるのやら。
能力を安全に制御できるようになれば?
かつてのアイの姿や人格を取り戻せば?
もしくは、今の赤ん坊のアイを物心つくまで育てれば?
このうち最初の能力の制御は絶対条件。
今の学都はかつての農村時代とは比べ物にもならないほどの住人が暮らしているのです。そんな街中で無秩序に夢と現実とをごちゃ混ぜにしていたら、いったいどんな被害が発生することやら。
そもそも、どうすれば能力の制御ができるようになるのかも不明です。他の迷宮のように覚醒させれば自然と不具合が解消される可能性もありますが、それも確証はありません。最悪、規模と力だけが拡大して被害が学都だけに収まらなくなる事態も考えられます。
「ウル君。神様はアイ君について何か言ってた?」
『ううん。そろそろ目覚めるからよろしくってだけなのよ』
「何をどうヨロシクするのか、もうちょっと明確かつ具体的にして欲しいところだね。駄目な仕様書みたいな指示を出すんじゃあないよ。まったくもう!」
『そんなの我に言われたってしょうがないの!』
恐らくは、問題解決以前に問題を設定する部分からが今回の課題ということなのでしょう。あるいは迷宮らしく試練と呼び変えるべきかもしれませんが。
最後の迷宮だけあって、なかなかの難問。
そもそもの問題文が黒塗りされてるわけですが。
なんという無理難題、無茶振りとすら言えるでしょう。
「まあ、ウル君に愚痴っても仕方ないか。まず最初に考えるべきことはハッキリしてるしね」
どういう形で今後の指針を探るにせよ、まずこの点を決めねばどうにも立ち行きません。最初から大きな賭けにはなってしまいますが。
「アイ君を第七迷宮の外に出すべきかどうか」
あくまで、この第七迷宮の中でのみアイの相手をするならば、何かあった時に被害が街に及ぶリスクを低減できます。接する相手をごく少数に絞り、会話や本の読み聞かせなどしながら精神的な発達を促す――それで普通の赤ちゃんのように成長してくれるかも未知数ですが――比較的安全な作戦と言えます。
目新しい刺激が少ない分、大きな改善を期待できるかというと悩ましいところですが。つまりはローリスク・ローリターンの作戦となるでしょう。
一方で、アイを迷宮の外へ連れ出すのは如何にもハイリスク。
しかもハイリターンである保証もありません。不特定多数の人々の前に連れ出し、より多くの刺激を与える。その刺激が彼女の成長に良い影響を及ぼせばいいのですが、悪影響となる可能性も十分にあります。
あえて能力が多く発動しそうな環境に身を置かせることで、その感覚をモノにできるのではという考えもあるにはありますが、これは相当に乱暴な考え方でしょう。
「補足として、どちらの場合にしても高い戦闘力がある誰かが常に付き添うのは前提だね。あと戦闘力ではないけど、特にネム君には掛かり切りになってもらう必要があるだろうね」
能力の暴発でトラブルが発生しても、それらを元に戻せる算段はあるわけです。しかしゴゴの昔話によると能力の発動はタイミングも内容も完全にランダム。気付かないうちに致命的な変化がどこかに生じていて、気付いた時にはもう手遅れとなるリスクまでは否定できません。
「ローリスクかハイリスクか。とりあえず、多数決でも採ってみる?」
決断しない、という選択肢はありません。レンリの仕切りを受けて、各人ともよく悩んだ末に自分が良いと思う案に手を挙げました。
◆◆◆
で、その結果。
「た、ただいま……」
「あら、遅かった……赤ちゃん? どうしたのよ、ルカ。産んだ?」
「う、産んでない……よ!?」
「冗談だってば。で、どこの子よ? シッターのバイトでも始めた?」
アイの身柄はシモンの屋敷へと。ルカが抱っこして連れ帰ってきたアイを見て、リンやレイルもずいぶん驚いていました。
多数決により採用されたのはハイリスク案。
積極的に刺激を与えて成長を促してみるという結論に。
択を採ったメンバーの性格が反映された形でしょうか。
その次に議題となったのが「迷宮外のどこでアイの面倒を見るか」ですが、こちらは案外すんなりと片付きました。選べるほどの選択肢がなかったせいもありますが、シモンの屋敷であれば最近住人が減ったこともあって部屋は余っています。これなら仲間達が常駐するのにも好都合。
屋敷の敷地は高い塀で囲まれているので、過剰な注目を集めてアイのストレスとなる可能性もいくらか低減できるはずです。まず最初のうちは屋敷の建物内で、次第に庭で遊ばせるようにし、それから近所の散歩へと。
そうして少しずつ刺激を与える過程でかつての記憶を取り戻すか、もしくは新しく物心つかせる。その上で能力の制御ができるようになるというのが理想です。
「へえ、あのチビっ子達の妹? ふーん、この子も神様になるわけ?」
『あぅ?』
「髪の毛が鏡みたいな以外は普通の赤ちゃんにしか見えないわね。ま、いいけど」
メンバーの中でも一番赤ん坊の面倒を見るのに慣れているルカだけでなく、事情を説明すれば同じくらい赤ん坊慣れしているリンの協力も期待できるでしょう。
もっとも現在の彼女は昼間のうちはラックから引き継いだ遊覧飛行の仕事をしているのですが、朝夜だけでも慣れた人間がいるのは心強い。思い切って神様案件の事情を明かしてしまった甲斐があるというものです。
『たのもう! しばらくお世話になるの!』
『くすくすくす』
「ん」
ほどなくして他の面々もやってきました。
一度ルカを屋敷の前まで送ってから、大急ぎで泊まり込みに必要な着替えや道具など持ってきたようです。とはいえ、マトモな荷物は普通の人間であるレンリやルグだけです。
着替えの必要のない迷宮に関してはほとんど手ぶら、あるいは読みかけの本やカードやボードゲームなど玩具の類ばかり。
ライムは普通の着替えも持ってきていましたが、街中の屋敷でもトレーニングに不自由しないように巨大なバーベルや砂鉄入りの特製サンドバッグやそれを吊るすための鉄柱なども持ち込んできています。
ちなみに家主のシモンは当面の間なるべく早く帰宅できるよう、諸々のスケジュールを大急ぎで調整中。今夜は徹夜で残業ですが、明日以降はしばらくラクに過ごせるはずです。
『だぁ、だう?』
果たして、これで上手くいくのかどうか。
それはまだ誰にもわかりません、が。
これまで意外となかった、仲間一堂が同じ場所に泊まり込んでの世にも奇妙な育児合宿は、こんな形でスタートしました。




