騎士団もりもり成長中
いつの間にやら秋も深まり、冬も間近といった頃。
朝の学都をレンリとウルが歩いていました。
他の面子はこれから向かう先で合流する予定です。
「第七迷宮、名前はアイ君だっけ? これまでずっと寝てたのかい?」
『うん、ちょっぴりお寝坊さんなの』
「ちょっぴりかなぁ?」
話題は神造迷宮の最後の一人、アイという迷宮について。
とはいえ、この迷宮について語れることは現状あまり多くありません。別にウルや他の姉妹が隠しているわけではなく、単純に彼女達も第七迷宮について知っていることが少ないのです。これでは交流など持ちようがありません。
ネムに施されていた封印とも違います。
女神によって創造され、誕生して間もない頃に眠りにつき、そのまま今の今まで眠り続けているのです。
「で、それがそろそろ起きそうだと?」
『そう言ってたの』
つまり、起きた本人に会ってみないことには何も分からないということです。神様案件に行き当たりばったりで対応するのは、ある意味いつものこと。
行き当たりばったりのベテランとも言えるレンリ達ですが、何しろ相手は最後の迷宮。危険度も厄介さも過去最大級になるのではという推測を、ウルも否定はしませんでした。
前情報が少ないなりに、できる準備はしておくべきでしょう。
それが、今二人が向かっている目的地に関係あるわけですが。
「まあ、いつもの騎士団なんだけどさ」
『あっ、皆もう来てるみたいなの』
やってきた場所は学都南端にある騎士団の訓練場。
最近のレンリは短期講座の件にかかりきりで足が遠のいていましたが、それでも以前から何やかんやと通い慣れた場所ではあります。
勝手知ったるとばかりに入り込み、先に来ていた仲間達と合流し……しかし、そこで意外な驚きを得ることとなりました。
騎士団の人員はすでに鍛錬の真っ最中。
今は一般人の参加者を入れず団内の人員だけで訓練をしている時間帯です。いくつかの班に分かれて、器具を使った筋力トレーニングや走り込み、実戦に近い形式の個人戦や集団戦形式の試合など、いずれも熱心に行っています。
冬も近い時期の午前とあって、そろそろ防寒着が手放せない気候になりつつあるのですが、ここだけは真夏に逆戻りしたかのような熱気に満ち満ちていました。見学に訪れたばかりのレンリ達を除くと、全員が滝のように汗を掻きながら己の肉体を虐め抜いている様子が窺えます。
一般人向けの手加減をする必要もなく、従ってトレーニングや試合の内容もより高度なものとなっている。それ自体は自然なことです。
シモンが率いる学都方面軍は以前から全体的な士気が高く、訓練でも適当にサボって手を抜くなどということがない。当然、一人一人の兵の練度も国内外の軍事組織と比べて高い水準にある。これも、まあいいでしょう。
「だからって、いくらなんでも強すぎない?」
『そうかしら? 皆こんなもんだったと思うのよ?』
しかし、あまりにも強い。強すぎる。
レンリ達の、正確には定期的にこの場の訓練に参加しているウルやモモやルグを除いた面々の驚きは、その点にありました。
団長のシモンが強いのは分かります。
四六時中、自身の肉体に重力で負荷をかけつつ、暇さえあれば鍛錬に費やしているのです。元々の才能に師匠やライバルの存在、それに加えて本人があれだけ努力していれば、あれほど強くもなろうというものでしょう。
「あそこで試合してる人達、動きが速すぎて見えないんだけど」
「わ、わたしも……残像しか……」
けれど一般の団員までこれほど強いとなると、これはもはやちょっとした異常事態です。
流れるように繰り出される洗練された剣術。
かと思えば一気に間合いを詰めて拳や足、肩や肘を叩きこむケンカ殺法さながらのラフプレイ。緩急激しいフットワーク、幾重にも仕掛けられたフェイントが、それらの手数を何倍にも見せかけているのだから、並大抵の剣士では何をされたのかも分からず打ち倒されてしまうでしょう。
レンリやルカの目には、一般団員同士の試合ですらまともに捉え切れません。どうやら高度な身体強化と縮地法にも似た歩法を組み合わせ、しかも幾度となく連続使用している様子。
縮地法は膝の力を抜いた脱力と体重移動で初速を稼ぎつつ予備動作を最小限に抑え、相手の意識の隙間を狙って踏み込むことで実際以上の速さに見せかける技術。対してこちらの歩法は、初速を稼ぐまでの流れは同じでも脚部強化の出力を瞬間的に急上昇させることで速度を出しているようです。
連続で使い続ければ何秒も持たずに魔力切れを起こすほど高倍率の強化を、ほんの瞬き一回にも満たないほどの時間のみ発動させることで、継戦能力と瞬発力を見事に両立している。
そこまではいいでしょう。
しかし才能や熱意のある一人二人がそういった技を習得したというならまだしも、試合をしている全員が、恐らくは他の訓練をしている他の団員まで大半が使いこなせているとなると、これは明らかに異常事態。
はっきり言って、国内最精鋭として知られる首都の近衛騎士団ですら相手にもならぬ精強ぶり。軍集団としては世界最強と断言できるほどまでに仕上がっていました。
「よく見たら筋トレしてる人のバーベルとかサイズおかしいし。走り込みしてる人達も全力疾走みたいなペースで延々走り続けてるし」
先程の歩法はテクニック面の話でしたが、フィジカル面においても格段の進歩が見られます。片方百キロはありそうなダンベルを両手に持って上げ下げしている者や、数トンはありそうなバーベルで体幹の強化を行なっている者など。まさに鉄塊そのもの。筋トレ器具の大きさが尋常ではありません。
走り込みも、つい数か月前までの全力疾走に迫る速さを維持したまま、どれだけ眺めていてもペースを落とす様子がありません。今来たばかりのレンリ達は知りませんが、彼らが走り始めてからすでに一時間以上が経過していました。
『ふっふっふ、これというのも我がちょっと揉んでやったおかげなの』
『モモがここの地面に本体を展開して強化しっぱなしにしてるからですね。見た目は普通の土と変わらないですけど。ここにいる人達全員の成長率、物覚えの良さとか筋肉の発達具合とか、回復力を強化して疲れが残りにくくしたり、あとは疲労の軽減やモチベーションの維持なんかもできるよう設定してるのです』
「へえ、つまりこの場所でトレーニングするだけで普通の何倍も効率よく鍛えられると。モモ君はすごいねぇ」
『ちょっと! 我のこと無視しないで欲しいの!』
短期間で騎士団全体の能力がこれほどアップしたのは、間違いなくモモの『強弱』によるものでしょう。彼女の『強化』を受けながらトレーニングをするだけで、その成果が通常の何十倍何百倍にもなるのです。
そうして強くなったのが楽しくなり、ますます訓練に熱を入れるようになるという好循環。これがこの成長ぶりの原因の一つであることに疑いはありません。
『あとは例の遊園地効果もあると思うのです。やっぱり魔力の伸び率にかなりの差が出るみたいで。最近だとすぐそこの寮に帰らずに、あっちに泊まり込んでる人もいるのですよ。ただ……』
「ただ、どうしたんだいモモ君?」
『いや、そのあたり込みで考えても、いくらなんでも強くなりすぎな気がするのですよ?』
これほどの成長ぶりは、ハッキリ言って能力を行使しているモモ自身にも想定外。特にそれで困るわけではない、むしろ喜ぶべき状況なので積極的に解決に動くつもりはないのですが、分からないということに据わりの悪さが残るのも事実です。
「モモ君もあちこちで信仰を稼いで成長したんだろう? だったら、その影響で『強弱』の効果まで知らず知らずに強まってたとか?」
『うーん、それもなくはないとは思うのですけど……』
「じゃあ、騎士団で出してる食事に誰かが怪しげなクスリを混入させたとか? これだけ人数がいれば効力や副作用を調べるのにもってこいだもんね」
『レンリさんじゃあるまいし、流石にそんなことする人はいないのですよ?』
「そう? 私がまだ小さい頃に親戚の一人が下町の井戸に錬成した秘薬を流し……っと、いけないいけない。これは詳しく言ったら駄目なやつだった。ああ、大丈夫だよ。誰も死んだり病気になったりしてないから。むしろその辺の住人全員やたら健康になってたから」
『うふふ、それ全然大丈夫なやつじゃないと思うのですよ?』
レンリとモモがあれこれ推論を出し合うも、結局これといった原因は思い当たりません。露見していない犯行の心当たりは出てきそうになりましたが、どうせ追求するだけ無駄でしょう。
さて、そんな風に微笑ましいガールズトークに花を咲かせていると、
「おお、そなたらか! すまぬ、書類仕事で遅くなった」
彼女達のよく知る声が聞こえてきました。




