しっかり確認、前提条件
「……と、とりあえず今日はもう遅いのでお開きにしよう! そうしよう!」
咄嗟に機転を利かせて解散を命じた国王の判断は、あの場でできる最上のモノだったと言えます。
国を救った英雄が、国家の重鎮が集まる場で神の使徒を僭称した……まあ実際には僭称ではなく単なる事実なのですが、将来的には使徒どころか神そのものになる予定なのですが、今日初めて会った彼らにそんなことが分かるはずがありません。下手をすれば、あのまま感情任せの糾弾が始まってもおかしくありませんでした。
『まだそんな遅くないと思うのよ?』
『まあまあ、姉さん。こっちはお招きいただいた側ですし』
元々、今日の宴の後はそのまま王城の客間に泊まるという話になっていました。迷宮達は急なお開きに首を傾げつつも侍従に案内され、そのまま今夜の寝床へと引っ込んでいきました。
問題はここからです。
宴に出席していたH国の貴族達や高位の役職持ちの神官、そういった人々から国王に対して次々と声が浴びせられたのです。
「陛下、先程の妄言、まさか聞こえなかったとは申されますまいな!」
「うむ、只人が神の遣いを名乗るなど不届き千万! いくら子供とはいえ公の場であのような言葉を吐いた以上、然るべき罰を与えねば!」
大方、王も予想していたような内容です。
相手が本当にただの詐欺師か何かで、それが神の遣いを名乗っていたのだとすれば、国王としても彼らが言うような処分を下すことに何ら異論はありません。
近年はほとんど見られなくなったものの、数十年数百年前の古い時代には同様の名乗りで神の威光を悪用して、敬虔な信者からお布施を騙し取るような詐欺が横行していた時代もあったのです。
本殿を擁する神聖国としては、当然それらの犯罪者には厳正な処罰を課してきました。罪の程度にもよりますが、どんなに軽くても年単位の労働刑および鞭打ち、重罪と判断された中には厳しい拷問を受けた上で死罪となった者も少なくありません。
当時とは価値観が少なからず変化している現代でも同じような重い罰を課すことになるかはともかく、公の場で堂々と神の使徒を名乗っているのに何もしないというのもまたマズい。下手をすればその態度を惰弱と見られて、王家や神殿の権威までもが損なわれかねません。
「しかしだな、諸君……あの子供達が戦うところをお前達も見ただろう?」
「それは、まあ……」
国王の頭を悩ませている最大の理由は、昼間に迷宮達が見せた異常なまでの戦闘力。もし彼女達を怒らせでもしたら、その力が自分達に向くかもしれないと恐れているのです。
「将軍よ、一応尋ねるが……我が国の軍があの子らに太刀打ちできると思うかね?」
「無理ですな。私個人はご命令とあらば従う所存ですが、まず兵の大半は命令を受けた途端に逃げ出して、軍としての体裁すら保てなくなるでしょうな」
国土や国民を守るという大義があるなら、自分の命を捨ててでも戦おうという兵もそれなりにはいるでしょう。しかし何の意味もない無駄死にをしろと命令されて、素直に従う者がどれだけいるか。将軍の見立てはまず間違っていないだろうと、国王や周囲の人々にも伝わったようです。
強行な手段で処罰を与えようとすれば、それ即ち神聖国の滅亡と同義となる。まあ実際には迷宮達がいくら怒ろうとも、この国の人々を殺しまわったりするはずはないのですが、付き合いの浅い彼らにそう信じろと言うのは酷でしょう。
「では、力づくでどうにかするのはナシという方向で。皆も構わぬな? ならば次善の現実的な案としては、あくまで可能性として考え得る案の一つであり決して余個人がそうすべきと考えているわけではないが……見なかった、聞かなかったことにするのはどうだろうか?」
使徒の名乗りなど、この場の誰も聞いていなかった。
そういう風に最初から何もなかったことにできれば、それが一番簡単です。
あくまで、できれば、ですが。
「陛下、それは王家の威信と引き換えになりますぞ?」
「分かっておる、言ってみただけだ……」
簡単に済むとはいえ、それは代償までもが軽く済むことを意味しません。この場に集まったお偉方は表面上は王家に忠誠を誓っているものの、その本心は必ずしもそうとは限らない。
特に王家と縁戚関係にあるような高位貴族、実質的に王族にとって分家のような立場の家などは、隙あらば本家たる国王の席を狙おうとしているわけで。ここで大勢に対して王家の不利になるような秘密を握らせるのは、どう考えても上手い手とは言えません。案の一つだと前置きして出した現状でもギリギリです。
先述のような貴族家の者が先述のような下心込みで賛成に票を投じたものの、結局はこの案も反対多数。まあ当然でしょう。
「他に妙案のある者はおらぬか? 誰でもよい、爵位や役職の高低は問わぬぞ。良き考えであれば相応の褒賞も約束しよう」
国王がここまで言うも、建設的な提案は皆無。
なにしろ一歩間違えば国そのものが滅びかねない(と思い込んでいる)重大な問題なのです。いくら褒美で釣ろうが、並大抵の度胸では軽々に口を開くことなどできようはずがありません。
長く、重々しい沈黙が、華やかなはずの宴席に満ちていました。
「陛下」
「おお、将軍か! 何か思いついたのか?」
その沈黙を破ったのは知恵者として知られる将軍でした。
もっとも、彼も状況を打開する妙案を閃いたわけではないのですが。
「恐れながら、この事態を解決する策が出たわけではございませぬ。それ以前の前提条件を、こうして論じる前にまず確認すべきではないかと」
「前提条件、とな?」
そもそも真っ先にその部分を論点とすべきだったのです。
あまりにも彼らの常識から逸脱しているあまり「僭称」とばかり思い込み、頭から決めつけてしまっていたわけですが。
「は、前提条件とはつまり『彼女らが本当に神の使徒であるのか?』の確認です。あの子達が、もし本当に神の使徒であらせられるのであれば、そもそも我々がこうして頭を悩ませる必要すらありませぬ。なにしろ神の使徒が、まさにその通りの名乗りをしただけなのですから問題などあろうはずがない」
「将軍、流石にそれは……いや、だが、あれほどの力……もしや、あり得るのか?」
「神の使徒」を自称した迷宮達が本当に「神の使徒」であると確認できたなら、全ての問題が一気に解決します。いえ、最初から問題など何ひとつなかったという形になるのです。
普通ならあり得ない、確認するまでもないことなので、かえって思考の盲点になっていたのでしょう。昼間に見た彼女達の現実離れした強さも本物説の説得力を補強する形になっていました。
「もしも彼女達が本当に偉大なる神が遣わした存在であるのなら、その方々を歓待した事実は我が国の誉れとして未来永劫語り継がれることになるでしょう」
「う、うむ、そうか? そうだな……」
『使徒様』の御力により未曽有の国難を救われ、そのお礼として宴席を設けて彼女らの働きに感謝したという一連の流れを真実として証明できたのなら、このH国は神の寵愛を受けた国として、これまでとは比べ物にならない権威権勢を得ることができるでしょう。
迷宮達と直々に言葉を交わした面々は、端役としてではあっても新たな神話の一ページにその名を遺す栄誉に与れる可能性すら現実味を帯びてきます。
もちろん全ては彼女達が本物であると証明できてこそ。
現時点ではただの妄想にしか過ぎません。しかし頭から本物説を否定して糾弾する方向で考えるよりは、どうにか本物であると証明する方針のほうが希望が持てるのは確実。
そんな欲望と保身と、もう夜遅いから早く帰って寝たいという気持ちなどが合わさって、とりあえずは今後数日かけて迷宮達と交流を深めながら本物説の真偽を見極めるという方向で、この日は決着することとなったのです。




