続・レンリの授業
レンリの授業はまだまだ続きます。
「それじゃあ、ルカ君。そうして物質化した鉄棒を、そうだね蝶結びにでもしてくれたまえ」
「うん……こ、これでいい?」
「ああ、バッチリだとも。生徒諸君も見てくれたかな……くっくっく、まんまと誘き寄せられてくれたねぇ。これが五分後のキミ達の姿だ!」
「ひ、人は……結ばない……よ!?」
今度は先程のルグのように、指輪に紐づけた概念から物質化した物体を変形させる実験です。人の腕くらいありそうな太い鉄棒を、ルカはまるで飴細工のようにグニャグニャの蝶結びにしてしまいました。もちろん人間は結びません。
普段のやり取りが身に染み付いているせいか、最先端の学問についての講義だというのに、何かと漫才のような寸劇が挟まります。助手の二人は真面目に手伝っているのに、レンリが一方的にボケてくるだけですが。
まあ、そのおかげで教室内のお堅い空気が和らいで、笑い声があちこちから聞こえることもしばしば。好意的に解釈すれば、そのおかげで受講生の緊張が解れて内容がスッと頭に入るようになる……と、ギリギリ言い張れなくもないかもしれません。
「では、実験の続きといこう。今度は別に用意した同じ太さ長さの鉄棒を、真っ二つに折ってみてくれたまえ。さあさあ、見逃さないようにね」
「う、うん……えいっ」
実験の続きです。
ルカは先程と同じ材質、太さ、長さの金棒を具現化すると、それを棒の真ん中あたりでポキっと折りました。すると、先程との違いが明確になってきます。
グニャグニャに折り曲げた鉄棒は今もそのまま残っているのに、二つにへし折ったほうの鉄棒は、その姿が空気に溶けるようにして見るみる間に消えてなくなってしまったのです。
「さて、今の二つの鉄棒の違い。折り曲げたか二つに折ったかで、その後の反応が変化したわけだが、私はこれについて元となる物体が欠損したことが消失の原因なのではないかと仮説を立てた。ルカ君、もう一度折ったほうの鉄棒を出してみてくれたまえ」
「う、うん……」
ルカが指輪に魔力を込めると、先程とそっくり同じ鉄棒が壊れていない状態で具現化されました。いくら破損しても、消失後に再出現させたら破損前の状態に戻る。これも武具などへの広い応用が考えられる技術です。
「では今度は棒の一部を、まずは一つまみ分くらい毟り取って……うん、破損はしたけどまだ消えないね。それじゃあ今度はもう少し大きく、先端からちょっとずつ一センチ刻みくらいでねじ切っていこうか」
普通なら専用の工具など用意しないと難しい実験ですが、ルカがいればお手軽に素手で行えます。受講生の一部が手を叩いたり歓声を上げたりと、手品や大道芸と勘違いされているフシもありますが、まあ便利なのは良いことです。
で、肝心の実験結果ですが、長さ二メートルほどある鉄棒の端から少しずつ千切っていき、それが二十センチに届いたあたりで先程の二つ折りと同じように棒全体が消えてしまいました。
「見ての通り。およそ体積の一割ほどが失われると全体が消えてしまうようだ。材質や形状を変えて試してみたところ多少のブレ幅はあるが、大体5%~25%ほどの欠損で形を保てなくなってしまうらしい。術式の改良や相性の良い素材の組み合わせなどでより大きな破損にも耐える可能性はあるが、そのあたりのデータ取りには時間と人手と予算がかかるからね。細かい条件等については今後の課題というわけだ。ここからは配った資料を見ながら具体的な材質との……おっと」
そこまで話し終えたところで、授業時間の終了を報せる鐘が鳴りました。途中で受講生との広義のコミュニケーションに時間を費やしたせいで、予定よりも少しばかり時間が押してしまったようです。
とはいえ、これで初日の内容についてはほぼほぼ語り終えました。あとは翌日以降で軽く補足すれば簡単に取り返せる範囲です。
「やれやれ、無粋な鐘め。まあ次の講義が詰まっていることだし、もうお昼の時間だし、先程の続きが気になる人は明日以降も私の授業を受けに来てくれたまえ。こらこら、いい大人が『え~』じゃないの。アンコールはそもそも何か違うでしょ。授業は以上だ、さあ散った散った。私は帰る」
まだ物足りなさそうな受講生の声など何のその。あっさり授業を打ち切ると、レンリは助手二名を引き連れてノシノシ歩いて大教室から一番に出て行ってしまいましたとさ。




