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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
十三章『迷宮武者修行』

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レンリの授業


「ちぇっ、そう簡単に隙を見せてはくれないか」


 自身が講師を務める講座の直前。貸与されている準備室で準備を進めながら、呑気にもレンリはそんな悪態を吐いていました。

 出番まで時間潰しがてらに受講していた講座の内容に、これといって不備を指摘できそうな隙が見当たらなかったせいでしょう。流石は一流として名を知られる博士達。そう簡単に隙を見せてはくれません。


 レンリにできたことと言えば精々、有用そうな他人の発表内容から得た知識や発想を元に自身の研究を進歩させる程度のこと。つまりは大変に興味深く役に立ったわけですが、それを素直に喜べないのが彼女の面倒臭いところです。



「まあ、いいさ。今日のところは勘弁しておいてやろう。今はこちらの出番に集中だ。キミ達も準備はいいね?」



 緊張が消えることはありませんが、助手二名、ルグとルカも数々の修羅場を不本意ながらも潜り抜けてきたのです。性格的な向き不向きはあれど、別に何か喋るわけでもない授業の助手役くらいなら問題はないでしょう。


 計五日間ある講座の初日が始まりました。





 ◆◆◆






 当然ですが、レンリは今回の講師陣の中でも最若年。

 昨今話題となっている概念魔法の発見者および第一人者として名前は知られつつありますが、知名度においては他の講師陣から一段下がるというのが、客観的な評価でしょうか。



「ほう、若いとは聞いていたが予想以上だな」


「アレがあの頭のおかしい家の」


「しっ、目を合わせるな。見た目で小娘と侮るなよ。あの家の者の執念深さを甘く見たら大変なことになるぞ。前に研究を盗んだ奴は見せしめとして一族郎党……」


「ま、まさか殺……」


「いや、ホタルのように尻が発光する身体にさせられたらしい。どれほど分厚い服を着ても隠せないほどの眩しさだったそうだ」


「なんと恐ろしい!?」



 どちらかというと、レンリ本人よりも実家の知名度が先行している状態でしょうか。ちなみに上記のホタル人間の件については、今から五十年ほど前の事件なのですが、証拠不十分のため原因不明の奇病として処理されています。

 数ヶ月ほど経ってから“偶然”にも奇病の特効薬の開発に成功したレンリの家からの“善意”の提供により、研究を盗んだ本人とその一族は無事元の身体に戻れたのですが、すっかり懲りて学問の世界からは足を洗って遠い田舎に引っ込んでしまいました。



「やあやあ、諸君。それでは授業を始めよう。どうも用意したレジュメが足りなさそうなのでね、近くの人にも見せてあげてくれたまえ」



 しかしレンリ本人の知名度や人気が他の講師陣から一枚落ちるとはいえ、それでもなお、二百人が入れる大教室に立ち見が出るほどには注目されていました。

 大学の印刷室を活用して、席が埋まってもいいように各二百部の資料を用意しておいたのですが、これでは到底足りそうにありません。明日以降の講座では更なる増刷が必要でしょう。



「ここにいる者は概要くらいは把握していると思うのだけど、もしかすると私の研究テーマについて何も知らず、この美貌に招き寄せられて来たうっかり者もいるかもしれないからね。おっと、ここ笑うとこだよ? すでに発表したことではあるけれど、まずは概念魔法の基礎から軽くおさらいを始めるとしよう」



 よくよく教室内を見回してみると、隅のほうに固まっている貴族風の少女達、現在は学都在住のレンリと同郷の娘達が壇上へと熱い視線を送っています。

 時折会ってお茶などしているものの、具体的なレンリの研究内容についてはチンプンカンプンのはずですが、まあ騒いでいるわけでもありませんし本人達が幸せそうなのでこのまま放置でいいでしょう。



「――――基本となる術式についてはこの通り。私は専門ということもあって何かしらの道具に刻印として刻むことが主だけれど、オーソドックスな呪文詠唱としても発動可能なことも確認済みだよ。どれ、ここからは実際に概念魔法を刻んだ道具を見ながら話を進めるとしようか。ルー君、こちらに」



 まず初心者向けに概念魔法の概要を軽く流しました。

 すでに論文として発表済みの内容とあって、多くの受講生にはさほどの驚きはないようです。ここから先、未発表の研究成果まで大盤振る舞いしての、成果物の披露こそが本番となります。



「彼には私の助手を務めてもらっているのだけど、ほら手を上げて。この通り、両手の十指それぞれに指輪を嵌めているのが見えるかな?」



 助手役であるルグ達は、基本的には喋ることなく言われた通りに動くだけとなっています。ルグはあらかじめ決めていた段取りに従って、両手の全部の指に嵌めた指輪を見せました。

 材質はそれぞれ違い、金、銀、真鍮など。それぞれに細かい刻印が刻んであり、ダイヤやパールなど宝石がくっ付いている物もいくつかあります。



「ほら、この通り! うんうん、男性がアクセサリを着けるのにとやかく言う趣味はないけど、この数は流石に悪趣味が過ぎるかな。物事には程度ってものがさぁ」


「お前が着けろって言ったんだけどな!?」



 成金趣味丸出しの見た目については改良の余地がありそうですが、今回の本旨はそこではありません。



「では、右手の親指側から順番に発動させていってくれたまえ」


「はいはい」



 ルグが打ち合わせ通り右手親指の指輪に魔力を流すと、その効果は一目瞭然。なんと簡素なシャツにズボン姿だった彼が、一瞬にして重そうな全身鎧を着込んだ姿に変わっていたのです。

 早着替え……否、変身とでも言ったほうが適切かもしれません。どんな早着替えの達人だって、まさか一瞬で鎧兜まで装着することはできないでしょう。



「これが概念魔法の応用形。元々物体として存在していた鎧を形や重さを持たない概念へと昇華させ、その指輪へと紐づけておいたというわけだ。ああ、ちなみにこの鎧そのものは特別な物ではないよ。この街の防具店で普通に売られていた安物さ」



 魔力を通せば概念化された物質が実体化して、この通り装着した状態で具現化するという仕組みです。たとえば鉄製の防具なら真鍮にエメラルドを嵌めた指輪が定着しやすいなど、物体を構成する情報と紐づけられる対象との相性はありますが、根本的には材質や形は問いません。



「さあさあ、今度は左手だ。変化は一瞬だから見逃さないように両目をよく見開いておきたまえ」



 ルグが今度は左手の親指に魔力を通すと、今度は彼の身長よりも長そうな大剣が手のひらに現れました。重すぎてルグの扱う剣技との相性は良くなさそうですが、実際に戦うところを見せるわけでもなし。見た目のインパクトをアピールする分には十分です。


 その狙いがまさに的中。

 大教室に詰めていた受講生、恐らくは学生ではなく教師や研究者といった一定以上の知識を備えた者を中心に、次々と手が挙がりました。



「講義中失礼する! 助手の少年よ、その剣や鎧に触れてみてもいいだろうか?」


「運んでいる最中は質量や体積が完全にゼロになるということか? 術の難度や使用条件にもよるが流通の世界に革命が起こり得るぞ!」


「いや、商業分野への応用を考えるのは時期尚早だろう。疑うわけではないが、その概念化とやらの過程で材質に劣化が生じていないのかの確認は重要だ。術の対象とする前後での質量の計測も必要だな。そのあたりの検証はお済みだろうか?」


「やれやれ、うちの助手へのお触りは禁止……と言いたいところだけど仕方ない。ルー君や、ちょっとそのオジサン達が満足するまでキミのモノを触らせてあげなさい」


「こらっ、言い方!?」



 反応は上々。あらかじめ組んであった予定からは外れますが、講義の内容に少なくない数の受講生が食い付いてきた状況そのものは悪くありません。時間には多少の余裕を持たせてありますし、数分くらいなら予定外のデモンストレーションで興味を煽る判断もアリでしょう。



「ああ、ちなみに各種データ関係はもちろん計測済みさ。そのあたりの内容は明日以降で扱う予定だから、気が向いたらまた受講を検討してくれたまえ」



 純粋な知識欲に基づいて夢中でルグへのお触りを敢行する受講生達に、果たしてその声が届いているのかどうか。たとえ聞こえていなくとも、この調子であれば彼らが翌日以降もレンリの講座に出席するのは、まず間違いないものと思われますが。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 全員ホタル~田舎暮らし( ̄▽ ̄;) この一族の教訓レンリの一族に関わるな。 [気になる点] 他の魔術師からの会話だけなら 〉あの一族やベー奴らばかりだから、関わるな! レンリ幼少時代友達少…
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