カラフル
800話です。
突然ですが、ここで科学のお勉強の時間です。
火の色が変わるのにはいくつか条件があります。
まず代表的なのが様々な物質を燃やした際に発生する「炎色反応」。
特定の物質を燃やせばそれに対応した色に変わる。そういった性質を上手く利用して花火として人々の目を楽しませたりもするわけです。
そして、もう一つの色が変わる条件が「色温度」。
こちらは単純に火の温度ごとに色合いが変化するという現象です。
赤色は1500℃。
黄色は3500℃。
白は6500℃。
青は10000℃以上。
先程の炎色反応などの影響もあって多少のブレはありますが、炎の色からおおよその温度を推測することができるわけです。
さて、そういったお話を踏まえて話を本筋に戻すとしましょう。
◆◆◆
ヒナの高圧水流を模した高圧マグマ流。
あんなものを喰らっては人どころか迷宮達も一瞬で穴だらけです。
皆で一斉に精錬所で一番大きくて頑丈な大炉の陰に避難しました。いくら頑丈とはいえ何発も耐えられそうにありませんが、正確な狙いを付けさせないだけ幾分マシというものです。
実際、(目も耳もないのにどうやって他者の存在を感知しているのかは不明ですが)皆が姿を隠したとほぼ同時にマグマを飛ばして攻撃してくることはなくなりました。ヒナの海水と押し合っていた大波も明らかに勢いを落としています。
もしや目の前に敵がいたから暴れていただけで、本当は自分から積極的に人々を襲うような好戦的な魔物ではないのではないだろうか。
精錬所を放棄せざるを得ないのは痛手だとしても、このまま地下に通じる通路を塞いで封印すればそれで済むのではないか……なんて、そんな甘い推測は全くの的外れだったのですが。
『あれ、なんだかあの辺の色が変わってきたみたいなの?』
ウルが魔物の体色の変化に気付きました。
正確には魔物の一部。つい数分前まで赤色が主だったものが、いつの間にやらカレー染みめいた黄色に変化していました。全体としてはまだ赤い部分が多いものの、まだら状に色が変化する部分がどんどん増えていきます。そして皆の見守る前で、今度はどんどん白っぽく……。
「あちゃちゃちゃ!? 全力の冷気でガードしてもこれか。どんどん温度が上がってるようじゃの」
『目視からの推測だと、今は大体5000℃くらいですかね。ちなみに、鉄の沸点が2862℃です。熱を特定箇所に集中させて温度を高めるとか、そういう感じでしょうか?』
ゴゴの推測が大当たり。そして肝心の、いったい何のために温度を高めているのかという疑問への答えですが……。
『あの壁の穴から出てるモヤみたいなの。アレって、さっき言ってた霊脈ってやつじゃないのです?』
『理解。納得。なるほどね、あれほど熱くなれば岩盤を掘り抜くのも容易。ただ魔力が流れてくるのを待つだけじゃなくて、どんどん霊脈沿いに地下を掘り進めて更なる糧を得ようとしているわけだね』
なにしろ、ここは『山脈の血潮』のエサ場だったのです。
下手に時間を与えれば、豊富な栄養源を元にどんどん成長・拡大するのは自明。このままでは地下帝国どころか、この惑星中に血管のように張り巡らされている霊脈全てを喰らい尽くされてしまうかもしれません。
『とりあえず、おじいちゃん達は我が海水の膜でガードしたけど……大丈夫なの、アレ? なんだか今度は青くなってきたっていうか、電気みたいのがバチバチいってるけど!?』
『ああ、あのバチバチ鳴ってるのはプラズマ化ですね。簡単に言うと、温度が上がり過ぎて原子から電子が分離した結果ああなるそうですよ』
『くすくす。ゴゴお姉様は博識ですねぇ』
まだ青色にまで達している部分は少ないものの、大部分は黄色か白。熱を一点に集中させているのだから、熱を奪われた箇所については逆に冷めてきそうなものですが、特にそういう様子もないのはエサとなる魔力が大量に供給され続けているおかげでしょうか。
保有するエネルギーの総量自体が増大しているのだから、熱を奪われた末端の部分もすぐに元通りになる、と。
さて、そうこうしている間にマグマの水面が水位を下げていきました。あまりに温度が上がり過ぎて地面がどんどん融け出しているのでしょう。
地下空間を支える無数の石柱もどんどん融けて、あるいは連続する水蒸気爆発で砕けて用をなさなくなっています。
『げげっ、こっちじゃなくて残ってる柱を撃ち始めたの!?』
「ふむふむ。この地下空間そのものを崩落させてしまえば、チマチマ狙うまでもなくワシらは全滅。あっちは核さえ守ればノーダメージ、と。クレバーな戦略じゃのう」
もはやマグマと呼びべきなのかも不明ですが、『山脈の血潮』は青白く輝く自らのカラダを高密度に圧縮し、まだ残っている石柱を次々と砕いています。更には壁や天井に向けても手当たり次第に。
『あれ、あそこの穴から空が見えるのですよ? 山を上まで撃ち抜いたってことです!?』
「あの辺は山の北側か……あの辺は斜面が急で家を建てるのに向かねぇから人はいねぇはずだが……他も時間の問題だろうな」
モモが指摘した通り、精錬所からナナメ上辺りに位置する天井が撃ち抜かれ、直径数メートルの穴がぽっかり開いていました。皇帝曰く、人のいるような場所ではないということですが、まあ気休めでしょう。
他のもっと地面が分厚い箇所なら、こんな風に簡単に撃ち抜けないかもしれませんが、何発何十発と攻撃を集中させたら遠からず撃ち抜かれてしまいます。
職人ドワーフ達が避難してからしばらく経ちますが、上の住人や観光客が全員安全な場所まで逃げられるほどの時間ではありません。いえ、運悪くに撃ち抜かれるよりも、地下帝国を支える岩盤が砕かれて崩落に巻き込まれるほうが先でしょうか。
この絶望的な状況を打開する手は……まだ、ある。
それを思いついた本人も極めて気乗りしない作戦でしたが、もうそんなことを言っていられる場面ではないでしょう。
『……仕方ないの、この手だけは使いたくなかったけど』
もはや手段を選んでいられる状況ではありません。
ウルは重々しい覚悟を秘めた顔を浮かべ、そして……。
『えっ、姉さん!?』
『もう怒ったの! 我が全部飲み干して消化してやるのよ!』
灼熱のマグマさえ焼く火精の炎、それも全力の真っ青な炎を身に纏ったウルは、眼下を埋め尽くす『山脈の血潮』へと飛び込み、変身。更には分裂。
『ぺっぺっ……おっと、吐き出しちゃダメだったの。マズい、もう一杯!』
巨人の如き巨体と化したウルが狭い地下空間に何百体も出現し、一斉にマグマの海を飲み干そうと動き出したのです。




