地下暮らしの迷宮達
それから数日。
迷宮達はまだ地下帝国に滞在していました。
「おーい、ピンク色の嬢ちゃん! また頼まぁ!」
『はいはい、ちょっと待つのです』
正確には、ドワーフ達に乞われて滞在を決めた形になります。
ネムが新品同様にまで『復元』した大炉は、再三に渡る分解・点検を経ても結局故障は見つかりませんでした。ネムが能力の手応えで感じたように、どこも壊れていなかったと判断するしかありません。
壊れていないのに何故本来の性能を発揮できないのかという理由については、まだまだ調査中。一日の半分は炉の火を落としてゴゴや老賢者やドワーフの技師達があれこれ調べているところです。
しかし、別の方法で解決……と言っていいのかは微妙なところですが、一時的に本来の性能を発揮させる方法は見つかったのです。モモが大炉を『強化』することで、不調の原因は依然不明ながらも本来の機能を疑似的に取り戻すことに成功したのです。
『やっといて言うのもなんですけど、これ本当に大丈夫なのです?』
モモが強化した大炉は真っ赤に輝き、ごうごうと大きな音を立てながら大量の金属を呑み込んでいきます。ここしばらくの不調で作業が進まなかった分の遅れを取り戻すため、点検や調査のために炉を止めている時間以外はぶっ通しで動かし続けているのです。
肉体的な疲労や暑さで消耗することはないのですが、ずっと付きっ切りで能力を使い続けているモモとしては退屈で仕方がありません。二日目以降は上の街で買ってきた本やお菓子など暇潰しになるモノを持ち込んでいましたが、それにもだんだん飽きてきました。
「がっはっは、この炉がこんだけ調子良く動くなんざ千年ぶりだぜ! おい、野郎共! 今日中に作業の遅れを取り戻すぞ!」
「「「へい、親方!」」」
辟易した様子のモモとは対照的に、『復元』と『強弱』の合わせ技により、疑似的にせよ新品並みの性能を取り戻した溶鉱炉に皇帝を始めとしたドワーフ達は大はしゃぎ。
明確な故障こそありませんでしたが、千年以上もの稼働期間に細かなキズ、細かサビ、部品の隙間に詰まったススや、まだ表に出るほどではない経年劣化など、細かなダメージは蓄積していたのでしょう。
ネムの『復元』はそういった諸々をまとめて一気に解消したわけです。
エルフに並ぶ長命種族として知られるドワーフでも、この大炉の全盛期の性能を実際見たことのある者はそう多くありません。多くの者はかつてないほど快調に動く装置を前に、忙しくも上機嫌で忙しく動き回っていました。
『くすくす。どこか痛いところは残っていませんか?』
「おう、あんがとな! こんな調子良いのは三百年ぶりだぜ!」
ヒマ潰しがてら、装置のついでにドワーフ達の身体も治していたおかげで、今やすっかり仲間扱いです。鍛冶や精錬の仕事に火傷や切り傷は付き物ですし、不自然な姿勢で長時間の作業をしていたことにより、腰痛や手足の関節痛が常態化していた者も少なくない。こういう仕事をするからには仕方のない職業病というわけです。
国の名物でもある温泉での湯治など不調との付き合い方も心得ており、極端に酷くなるほど悪化するケースはそれほどでもないのですが、まあストレスの元には違いありません。
それらをまとめて一気に治してしまったネムの存在は評判を呼び、たったの数日で鍛冶区画や地上の観光区画からも乞われて出張するようになったほどです。あまり派手にやってしまうと地元の医療者の仕事を奪うことになってしまいますが、迷宮達はいつまでもいる気はありませんし、一時的に患者の数が減るくらいなら多分大丈夫でしょう。
大きな出番のないウルやヒナやヨミも、それぞれできる範囲でドワーフ達の仕事を手伝ったり、仕事に忙殺されている姉妹の分まで観光やグルメを満喫したりと、それぞれ充実した日々を送っていました。
◆◆◆
そんな生活が何日か続いたある日のこと。
とうとう、大炉の根本的な不調の原因が分かったのです。
『なるほど、燃料となる魔力が流れる霊脈に詰まりがあると?』
「うむ。装置そのものに問題がないとあらば、問題は燃料の供給が上手くいっておらんせいじゃろ。詰まりの位置も大方特定しておる」
これに関しては主にゴゴと老賢者の手柄でしょうか。
豊富な知識と無機物に強い性質を活かして様々な可能性を地道に検証しては潰していき、ようやく特定に至ったというわけです。
溶鉱炉の燃料となっているのは地面の下を流れる魔力の流れ。
いわゆる霊脈と呼ばれている場所から必要分の魔力を吸い上げています。国の要たる精錬所が行き来に不便なほどの地下深くに作られているのも、吸い上げる過程で失われる魔力のロスを減らすためなのです。
『でも、そもそもの話ですけど霊脈って詰まるんですか?』
「それ自体はそう珍しい話でもないぞ。たとえば嵐で土砂崩れが起こったり、洪水や地震で地形が変わったせいで魔力の流れが遮られたり、逆に流れが良くなりすぎたりの」
魔力というエネルギーの正体については、この世界の研究者の間で盛んに議論がされていますが、生物由来の生命エネルギーであるという説が有力です。
故に、魔力の濃い土地では動植物の育ちが目に見えて良くなったり、反対に魔力の薄い土地は作物の成長が悪く飢饉に見舞われることが多かったり、など。
それを見越して、多くの国々では新たに都市を建造する際に交通の便や防衛の都合のみならず、魔力の濃淡も土地の選定に際しての重要なファクターとなっています。
『それじゃあ、その詰まりの原因を取り除いたら解決なの! お姉さんのお祖父さん、その場所ってどこなのかしら?』
「うむ、それだがの」
どうやら近くで会話を聞いていたらしいウルも話に乗ってきました。
あとは工事なり何なりして霊脈の詰まりを取り除いたら、これで解決。モモが付きっ切りで面倒を見なくとも、溶鉱炉が本来の性能を取り戻すこともできるでしょう。
ここまで分かれば解決したも同然、と。
そんな風に考えていた時期が迷宮達にもありました。
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