大炉の修理
山脈の内部をくり抜くようにして建造された地下帝国。
その中でも最も深く、また国家の要とも言える場所が、迷宮達の目の前にある地下精錬所でした。
ここまで降りてきた通路がある方向以外の三方をマグマの海に囲まれ、それがどこまでも続いています。天井も相当に高くなっており、地下空間にしては狭苦しい圧迫感はありません。
自然のものを利用しているのか、あるいは魔法か何かで作ったのかは不明ですが、マグマの海にはところどころ巨大な石柱が立っており、それが天井の支えとなっているようです。
「たしかによく見りゃ汗ひとつ掻いてねぇ。そのガキ共が人間じゃあないってのはいいだろう……が、テメェがここへ連れてきた理由には全くなってねぇだろうがよ、ああん?」
「じゃから、それを今から説明すると言っておるだろうに。あんまり短気だと早死にするぞ。あの大炉じゃが、まだ直っとらんのだろう?」
そして精錬所の中でも特に重要なのが、中央の巨大な溶鉱炉。
周りの小炉と区別するため、大炉と呼ばれている部分です。
一度に金属を熔かせる量も、その温度も、他の炉とは比べ物になりません。たとえばオリハルコンや他いくつかの融点の高い魔法金属を鉱石からインゴットにできるのは、鍛冶の名手として知られるドワーフの国でもこの一箇所しかありません。
どれほど希少で有用な金属も鉱石のままでは不純物が多く、ここで一旦加工しないことには質の高い製品にはできないのです。他いくつかの大国には類似の設備がないこともないとはいえ、一度に扱える鉱石の許容量には何十倍何百倍もの差があるでしょう。規模と質の両面において、ここ地下帝国の大炉に勝るものは世界中探してもないと断言できます。
『……で、そんなスゴい炉が故障してるというわけですか。先程のお話から推測すると』
「うむ、ゴゴちゃんは賢いのう。まあ完全に動かないわけではないんじゃが。最近どうも温度が上がりきらんでな」
「一応それ国家機密だからな、ジジイ?」
ドワーフ皇帝が老賢者に釘を刺します。
大陸中に優れた金属製品を輸出する地下帝国の、よりにもよって材料の供給の要となる大炉が不調で復旧の見込みも立たないなどとなれば、機密扱いになるのも当然の処置ではありますが。
現在は元々ストックしてあった分の各種インゴットを用いて製品を作っていますが、それも遠からず底を突くでしょう。そうなったら必然的に輸出もストップ。ドワーフ国は主要な財源を失い、取引のある国々でも経済が大混乱するのが目に見えています。
『分かったの、これを修理させるために連れてきたのね! とりあえず、こういうのは強く叩いたら何とかなると相場が決まって……』
『はいはい、姉さんストップ。あっちで大人しく見学してましょうね。我がやってもいいんですけど、詳しい構造を正確に理解する手間がありますからね。ここは一番向いているネムに任せるとしましょう』
非生物全般を操れるゴゴですが、精密な部品の集合体に手を入れるとなると、まず構造を正確に把握することから始めないといきません。ついでに付け加えるならば、ウルが言うように強く叩いたら多分トドメになってしまうので論外。
ゴゴの方法でもいいのですが、今回のような急を要する状況ならば、構造の理解が曖昧なままでも何となく直せてしまうネムのほうが適任でしょう。
「ほう? よく分からんが、要はその嬢ちゃんが炉を直せる魔法だか何だかを使えるってことか? 一応、賢者とか言われとるそこのジジイが見ても何も分からんかったんだぞ」
「やかましいわ。直せんのはお前らも同じじゃろうが……というわけでな、能無しジジイ共のケツを拭かせるようで悪いが、ちとお嬢ちゃんの力を貸してはくれんかの?」
『くすくす。はい、お任せくださいな』
ネムも快諾してくれました。
ここまで思いつく限りの案を試してみて駄目だったのです。
駄目で元々。万が一にも上手くいくなら儲けものと、意外にもドワーフ皇帝も素直に提案を吞み込んでくれました。
「おう、野郎共! 炉の火を落とせ!」
「「「へい、親方!」」」
出せる範囲の熱を出させていた大炉も一旦停止。
皇帝陛下の号令にしてはずいぶんと砕けていますが、ここではこれが当たり前の流儀なのでしょう。周囲で作業をするドワーフの技師達の動きは迷いなく、熟練の技術を感じさせるものです。
ほどなくして大炉が完全に停止。急速にその温度を低下させ、煌々と赤く光っていた姿も黒くなり、その動きを止めました。
『ネム、いいのです? 戻しすぎて炉そのものを原材料まで分解するとか、そういうやりすぎは絶対に駄目なのですよ? はい、復唱』
『はい、モモお姉様。やりすぎないように頑張りますわ』
一番の懸念点はネムがうっかり直しすぎてしまうことですが、モモ達が周囲で見守りながらの作業なら恐らく問題はないでしょう。そう信じるほかありません。
『それでは』
姉妹や大勢のドワーフ達が見守る中で、ネムは『復元』を発動させました。その効果は覿面で、千年以上にも渡って使い込まれてきた大炉が、見るみる間に真新しい金属の輝きを放ち始めたのです。
まさに炉が作られた時そのままの新品同然。本音ではまるで期待していなかったドワーフ皇帝も、これには目を丸くして驚いていました。
……しかし。
『あらあらあら?』
『ネム、どうかしたのです?』
直した当人であるネムは何か疑問でもあるのか、しきりに首を傾げていました。その様子が気になったモモが尋ねてみたところ……。
『これ、古くはなっていましたけれど、壊れてはいませんでしたよ?』




