地下帝国の地下の地下
地下帝国のドワーフ達に恩を売れそうなアテがある。
そう言った老賢者の案内で、迷宮達は工房が集まった鍛冶区画の隅にある門を抜け、その先の長い階段を下へ下へと降りていきました。
更なる深層への通路は長く、狭い。
背丈の低いドワーフ基準で作られているために、子供体型の迷宮達が通る分には問題ありませんが、高身長の老賢者はしばしば天井に頭をぶつけそうになっていました。
そうして、いったいどれほど潜ったでしょうか。
階段が複雑にカーブしていた上に角度も一定ではないので正確な距離は分かりにくいのですが、少なくとも千メートル以上は潜ったのではないでしょうか。
『かなり深くまで来たみたいですね。気温も上がってきましたし。これは地熱ですかね?』
「うむ。ここいらまで来ると、すぐ壁の向こうをマグマが流れている場所もあるでな。頑丈なドワーフ連中ならともかく、ヒト種やエルフには辛い環境じゃろうな」
『そう言ってるお爺さんはなんで全然平気なの?』
壁や床のすぐ向こう側をマグマが流れているような環境ゆえ、気温は優に50℃を超えるでしょうか。そもそも人間ではない迷宮達と、魔力の冷気で全身を守っている老賢者はピンピンしていますが、常人なら命に関わる危険地帯です。
『あら、あそこがゴールかしら?』
『でっかい門があるのです』
やがて階段の終わりが見えてきました。
通路の先には老賢者の背丈の三倍はあろうかという、巨大な鋼鉄製の門扉が設置されています。たとえ鍵がかかっていなかったとしても、かなりの腕力がなければ重くて開けることすらできないでしょう。
そして、それほど厳重な門で守られているということが、すなわちこの先にあるモノの重要性をも物語っていました。
『これを開ければよろしいのですか?』
『注意喚起。手加減。力を入れ過ぎて壊さないようにするよう忠告しておくよ』
まあ壊してもネムやゴゴが直せるのですが、うっかり「どうせ直せるのだから乱暴に扱って壊してもいい」というような考え方に慣れてしまうと、いつか取り返しのつかない一線を越えてしまいそうですし、無駄な労力を使わないに越したことはないでしょう。
迷宮達と老賢者は巨大な鋼鉄門を壊さないようそ~っと押し開け、そして地下帝国の要とも言える存在を目にすることとなりました。
◆◆◆
真っ赤なマグマの川に三方を囲まれた広い足場。
そこでは中心に聳える小山のように巨大な建造物を中心に、大勢のドワーフ達が忙しなく働いていました。
『あれは……金属を熔かす炉ですか?』
「うむ。キミはゴゴちゃんだったかな? よく一目でわかったの」
『金属とか剣については我もそれなりに親しみがありまして』
小さめの砦のようにも見える建造物は、その全体が金属の精錬に用いる炉だったのです。正確には、特に高い熱を発する中央の大炉と、そこから漏れ出た余熱を利用する百近い小炉。その双方を金属の種類によって使い分けながら、大陸全土へ出荷する金属製品の元となるインゴットを拵えるというわけです。
しかし、そうして興味深げにキョロキョロ見回していたのが悪目立ちしてしまったのでしょうか。中央の大炉の近くで何か作業をしていたらしき大柄なドワーフが、すごい勢いで老賢者と迷宮達のほうへと駆けてきました。
「おいコラ、ジジイ! ワシらの職場にヒトのガキ共を連れて来るたぁどういう了見だコラァ!? あんま舐めてっとマグマん中に叩っ込むぞオラァ! 娘っ子をこんな場所に連れ込んで顔に火傷でもしたら可哀想じゃねぇか、ああん!」
まあ、これについては老ドワーフのほうが正論でしょう。
超高熱の炉を扱う危険な職場に、小さな子供をぞろぞろ引き連れてきたわけです。彼女らについて詳しく知っているならともかく、そうでないなら引率者に文句の一つも言いたくなって当然です。
しかし老賢者は焦らず怒らず、落ち着いて言いました。
「こらこら、ジジイはお互い様じゃろうが。お嬢ちゃん達、紹介するぞい。このジジイがここの精錬所の責任者、というか地下帝国の皇帝な」




