ドワーフの地下帝国
時は、先日の「黒い虎」事件のすぐ翌日。
迷宮御一行様は南の島から遥か北、ドワーフの地下帝国を訪れていました。位置的には学都や迷宮都市の北東、かつて勇者を召喚したA国の真北あたりになるでしょうか。
何千キロもの大移動ですが、今のウル達には外部展開した迷宮に一瞬で移動できる能力があります。船や列車に乗った時のように旅情を楽しむことができないという欠点はありますが、便利なことには違いありません。
もちろん昨日までいた南の島や、そこに移動するまでの洋上にも移動の拠点となるポイントをいくつも作成しています。この調子でいけば、彼女達が世界中どこへでも好きに移動できるようになる日も遠くはないでしょう。
『ここは良いところね。我、気に入ったの!』
『ええ、姉さん。さっきの温泉も気持ちよかったですし。あ、店員さん、ソーセージとハムステーキの追加をお願いします。とりあえず十人前ずつ』
さて、そうして訪れたドワーフ達の国で、迷宮達はすっかり観光を満喫していました。昨日の南の島での売上金で大きな宿を取り、匂いがキツい硫黄泉やシュワシュワとした刺激が特徴の炭酸泉、様々な薬草の成分を加えた薬湯に、怪我や病気によく効くと評判のミスリル泉など、多種多様な温泉の入り比べを満喫。
まあ彼女達に対して温泉の健康効果が発揮されるのかというと不明瞭な部分もありますが、とりあえず入ってみて気持ちが良かったことだけは間違いないようです。
そうして温泉を楽しんだ後は、宿の食堂や周囲のレストランでのご当地グルメ巡り。前評判通りドワーフ国は肉料理の質が高く、ボリュームも満点。山間の牧草地で育てられた牛や豚のステーキや煮物や揚げ物が、どこの店で頼んでも大皿に山盛りで出てきます。小食のヒト種やエルフなら持て余してしまいそうですが、このあたりはドワーフ基準ということなのでしょう。
『でも一番有名なのはお酒なのですよね? ドワーフの人達は子供でも飲んでるみたいですし、モモ達もちょっと舐めるくらいなら……』
『こらっ、モモってば! お酒はまだダメって言ってるでしょ』
ちなみに一番の名物であるお酒、特に度数の高い蒸留酒の類については、好奇心から味見をしたがるモモやヨミを真面目なヒナが見張って止めていました。
どうやら地元のドワーフ達は年齢一桁の子供の頃から水代わりに飲んでいるようなのですが、見た目はヒト種の子供である迷宮達が堂々と飲酒をするのは流石に外聞がよろしくない。
彼女達なら仮に湖いっぱいのお酒を飲み干したところで身体を壊したりはしないはずですが、下手に味を知ってドワーフ国以外での飲酒が常態化するとトラブルの種になりそうですし、ここは自重しておくのが賢明でしょう。
ちなみにドワーフの『地下帝国』とは言われていますが、この時点で迷宮達が滞在していたのは空がはっきりと見える地上部分。国土の七割ほどは、大陸中央を東西に走る山脈の表層部に、残り三割ほどが『地下帝国』の名の通り地面の下に存在しています。
地上部分に点在する温泉は保養地として他国にもよく知られており、療養や休暇で訪れては長期滞在する他種族の者も珍しくありません。
第一の主要産業である金属製品の輸出に次ぐ産業がこの観光業。ウル達が初めての土地をこうして楽しめているのも、観光地として来訪者を歓待する文化が元からできていたおかげです。
多分、周囲からは富裕層の家族旅行か何かだと思われているのでしょう。子供だけであちこちウロウロしていても、奇異の目で見られたり過剰に心配されたりしないのも助かります。
『くすくす。平和ですねえ』
『同感。懸念。いやいや、平和なのは結構だけどね。これでは困っている人に恩の押し売りをして、我々の商材を買わせるという毎度の手が使えないじゃあないか』
しかし、どこからどう見ても平和な観光地だからこそ、ヨミ達にとっては都合が悪いとも言えます。この前日のように適当な魔物でも襲ってきてくれれば恩を売る口実も得られるのですが、見たところ魔物どころか酔っ払いのケンカすら見当たりません。
様々な国から身分の高い人間も訪れるだけあって、治安の維持にはかなり注力しているのでしょう。それ自体は大変結構なのですが、仮にこのまま迷宮達が自分達の像やら絵やらを売ったところで、大きな反応は見込めそうもなし。
いえ、そもそも誰の許可もなしに無断で商売をすること自体が、アウト寄りのグレーゾーンなのですが。南の島では伝説の魔物を退治した勢いでそのあたりを有耶無耶にして押し通せましたが、この平和そのものの土地で同じことをやるのは難しいと言わざるを得ません。
『平和ならそれでいいんじゃないですか? こうして観光を楽しめたというだけでもプラスではありますし、人助けや商売についてはまた適した場所を探すということで』
姉妹の頭脳担当であるゴゴからは、そんな穏当な意見が出ましたが、
『え~、せっかく来たのに何もしないなんてつまんないの! それに、地下帝国って言うくらいなのに、まだ地面の下を見てないでしょ? 探したらきっと何かあるはずなの!』
姉妹の勢い担当であるウルには不満がある様子。
特にこれといって具体的な案があるわけではありませんでしたが、たしかに地下帝国に来て地下を見ずに帰るのももったいないかもしれません。
地下にはドワーフ国の富の源泉である希少金属の鉱床や、秘匿された鍛冶技術を扱う工房区画など、許可を持たない他国民がうっかり入り込んだらそれだけで犯罪扱いとなるような場所もありますが、一般に解放されている部分をちょっと見学していくくらいなら大丈夫なはず。
観光気分で浮かれていた他の姉妹達も、なんやかんやとウルのプランに賛成し、ちょっとした物見遊山気分で地下区画の見物に向かったのでした。
まあ、もちろん平穏無事には終わらなかったのですけれど。




