経過報告
迷宮達の仕掛けた罠に誘き寄せられた「黒い虎」……という異名を持つ巨大な海老。とりあえず戦いに持ち込めば何とかなるだろうと大雑把なプランで臨んだわけですが、意外にもそこからが大変でした。
『出オチかと思ったら意外と強かったの……』
長く伸ばしたゴゴの刃やモモの髪を、当たる寸前に垂直に百メートル以上も跳躍してヒラリと回避。両手の指を大蛇に変えて絡め取りにいったウルの攻撃も、レーザービームの如きヒナの高圧水流のカッターも、殺気に反応してか器用に身体をくねらせて的確に躱していました。
より大規模・大火力の攻撃での力押しならワケもなく倒せますが、今回の目的は「黒い虎」の亡骸を島の人々に見せて安心させること。また島の自然環境を大きく破壊しては元も子もありません。
跡形も残らないような強力な攻撃は使えない縛りゆえ、実力では迷宮達が大きく勝っていても決して簡単な仕事ではありませんでした。
『観察。発見。海老とかカニって海にいる時は美味しそうだけど、ああやって陸上をカサカサ動いてると虫感が強くてあんまり食欲が湧かないね』
木々のしなりを利用してジャングルを軽快に跳ね回る「黒い虎」。
それを止めたのはヨミが覚醒して会得した新技です。
ジャングルの一画に『奈落城』の一部を展開。ブラックタイガーがその地点を通過するように他の姉妹が追い込んで、決着となりました。
移動速度が速くなるのに比例して、際限なく体感時間が引き延ばされるという性質は、今回のように戦闘に応用すれば恐ろしいほど有用です。
魔物の海老の精神性がどんなものかは不明ですが、多少なりとも知性がある生き物なら、何年何十年という主観時間をほとんど身動きできないまま体感すれば、とても正気を保ってはいられないでしょう。
ちなみに覚醒したことで『奈落城』のそういった性質も、ヨミがある程度任意で調整できるようになっていたりするのですが、それについてまあ後日に詳しく説明するとして……精神が破壊されてピクピクと痙攣するだけになった「黒い虎」の頭部にゴゴが刃を刺し入れて楽にしてやり、島を脅かす魔物は無事排除されたというわけです。
◆◆◆
『……ということがあったのよ』
「へえ、そういうことがあったのかい」
そして場所は変わって学都のレンリの部屋。ウルは遥か南の島での事件の顛末を、レンリに語って聞かせていました。
「大きい海老か、なかなか美味しそうだね」
『うん、身がプリプリで甘くて美味しかったのよ! 海老にココナッツの衣をまぶして揚げたのとか、お塩に包んで焼いたやつなんか絶品だったの。いやぁ、お姉さんにも食べさせてあげられたら良かったんだけど、うっかりしてたの! てへっ』
「こらこら、可愛く言えば許されると思ってるんじゃあないよ」
退治した「黒い虎」をウル達が担いで町まで運んでからが、また更なる一騒動。とはいっても、トラブルの類ではなく宴会ですが。
「黒い虎」の甲殻は強力な武具の材料になり、その身肉は極上の食材として扱われるのです。サトウキビを好んで食べるという食性が、肉の味に影響していたのかもしれません。
『うーん、この活きの良いお魚! 港町だけあって、すっごく新鮮ね!』
「ぐぬぬ、ウル君このやろう」
街を挙げての宴会は今もまだ続いており、今この学都にいるウルは南の島にいるウルとは別個体。別の自分がリアルタイムで味わっているご馳走の食レポをレンリに聞かせて、歯噛みする様子を見てからかっているというわけです。普段はからかわれることが多いウルによる、ささやかな復讐といったところでしょうか。
『我のグッズもいっぱい売れたし、ついでにお礼でお砂糖とか果物もいっぱいもらったし大満足ね! 次はどこに行こうかしら? イカと海老で海鮮づいちゃってたから、今度はお肉が美味しそうな場所がいいの』
「肉料理かい? それなら迷宮都市からちょい北に行った先にある、ドワーフの地下帝国なんかが有名だね……って、こらこら。ウル君、本来の目的を忘れたわけじゃあないだろうね? キミ達には私に世界各地の美味しい物を献上するという大事な使命があるだろう」
『あっはっは、そんなの知ったことじゃないの! ていうか、それならお姉さんも一緒に来れば良かったのに。三人くらいなら簡単に運べるのよ?』
「そうできれば良かったんだけどね、そういうわけにもいかないのはコレを観ればキミにも分かるだろう? まったく、面倒な家業は姉様に押し付けてきたはずなんだけどな……」
そう言ったレンリの机に置かれているのは、山積みになった資料の束。一見すると普段の光景と変わりませんが、これらはレンリ自身が学ぶためではなく、人に教えるために用意したものなのです。
「やれやれ、短期講座とはいえ大学の先生をやってくれとは、あの伯爵さんもなかなか無茶を言ってくれる」
以前から学都の新市街地に建設していた大学。
レンリはそこで学生としてではなく、人にモノを教える側として教壇に立つことになっているのです。




