恐るべき黒い虎
平和な南国に現れた「黒い虎」なる魔物。
その存在は迷宮達が想像するより遥かに大事だったようです。
「く、黒い虎が出たってのは本当か!?」
「だ、だったら領主様に直訴して軍隊を出してもらわねぇと!」
「馬鹿言え、ここいらの弱っちい兵隊が束になったところで黒い虎に勝てるもんか。そこらの魔物とはワケが違うんだぞ!」
ウル達が壊された荷車を見てから一時間もしないうちに、先程まで平和だった港町は明らかなパニックに陥っていました。事情がよく分かっていないのは、「黒い虎」について知らない迷宮達や船乗りなどの余所者ばかりです。
『ふむふむ。聴覚を強化して大まかな情報は把握したのです』
モモが『強弱』で街中の会話から聞き取った情報をまとめると……。
・「黒い虎」なる魔物が出現したのは二十年ぶり。
・「黒い虎」は島の主要産物であるサトウキビを特に好む。以前に出現した時には退治されるまでの数ヶ月で、周囲の村々で栽培しているサトウキビ畑が壊滅的な被害を受けた。
・地元の軍隊は周囲に敵対的な国家や狂暴な魔物がいない状態が長く続いたせいで、数も質も高いとは言えない。普通の魔物ならまだしも、伝説として今なお恐れられる「黒い虎」に勝てる見込みはゼロに近い。
と、このような具合でしょうか。街中の人間が騒いではいるものの、ほとんどはただ混乱するばかりで、解決に繋がる建設的な情報はさほど多そうにありません。
『ねえ、モモ。ちょっといい? 軍隊が勝てないなら二十年前に出てきたのは誰がどうやって退治したのかしら?』
『ああ、それなら北の大陸――モモ達の地元ですね――から「竜殺し」とかいう強い冒険者のヒトを呼んできて退治してもらったみたいなのです。ふむふむ、お砂糖の輸出がストップしてたせいでほとんど依頼のお金を出せなかったらしいけど、島のピンチを伝えたら二つ返事で駆け付けてくれたそうなのです』
『感心。称賛。ほほう、義を見てせざるは何とやらという精神かな。世の中には見上げた御仁もいるものだね』
その「竜殺し」の異名を持つ甘党の冒険者氏の真意が何だったかはさておき、伝説の「黒い虎」も決して無敵というわけではないようです。実際倒した人物がいるのなら、今の迷宮達が束になってかかって遅れを取るということはないでしょう。
しかし、気になる点は他にもあります。
『そういえば、我もちょっと気になったことが。「黒い虎」と言う割には、人間や家畜を直接襲うわけではないようですね。先程の壊された荷車を牽いていた動物や持ち主の方も無傷だったようですし』
『くすくす。きっと、お肉より甘い物が好きな虎さんなのですね。我と気が合うかもしれません』
『サトウキビ好きのベジタリアンの魔物なのかしら?』
積み荷を満載した重い荷車を軽々と横倒しにして砕くだけのパワーがありながら、人間や家畜には目もくれずサトウキビだけを奪っていく。「黒い虎」とは甘い物好きの菜食主義の魔物なのでしょうか。
まあ魔物の生態というのは普通の動物からかけ離れたヘンテコなものが少なくありませんし、個々の個体の好みにも左右されます。「黒い虎」が甘党の菜食主義者だとしても、奇妙ではあってもあり得ないとまでは言えませんが……。
『あとは剣や弓矢を簡単に弾くくらい硬いとか、足がいっぱいあって動きが速いとか、目ぼしい情報はそのくらいなのです』
『そのあたりの特徴は魔物なら特に珍しくもないタイプですね。体毛が金属の針みたいになってるとか、骨格や皮膚の一部が変形して鎧のように体表を覆ってるとか。それなら単に耐久力以上の力で攻撃すればいいだけですし、我々なら問題ないでしょうけど』
ユーシャを連れてきていない現状では聖剣としての本領を発揮できませんが、それでも今のゴゴがその気になれば鉄板をバターのように切り分けるのも容易いこと。いくら伝説として語られる魔物とはいえ、ゴゴが斬れないというほどではないでしょう。
しかも他の姉妹達も一緒に戦うわけです。むしろ過剰な火力で島の自然環境まで破壊してしまわないほうに注意力を割くべきかもしれません。
『あまり長く島の皆さんを不安にさせるのも悪いですし、早速今から行くとしますか。ああ、そうそう。我々が倒したということを証明するために、なるべく原型が残るような倒し方をする方向で』
ゴゴが提示した方針に他の姉妹も賛成。
すでに「黒い虎」を誘き寄せるための作戦も浮かんでいます。
まず港町の外の適当な空き地を探して、そこにウルが肉体の一部を変化させたサトウキビを餌として大量に設置。その匂いをモモが強化して「黒い虎」がまんまとエサに引っ掛かって出てきたところを、隠れていた迷宮達が一斉攻撃……というシンプルな作戦です。
向こうの現在位置や腹具合によっては多少の時間はかかるかもしれませんが、広大なジャングルのどこにいるかも分からないモノを闇雲に捜し歩くよりはよっぽどマシというものでしょう。
迷宮達は早速実行に取り掛かり、そして数時間後。
ジャングルの木々を小枝のように踏み折って姿を現した巨影が一つ。
見事にゴゴ達の狙いが的中しました。
ただし、全てが予想通りであったわけではありませんが。
『そ、そんな……これが「黒い虎」の正体なの!?』
『これは我も想定外でしたね……ぷ、くくっ。し、失礼』
ウルやゴゴ以外の姉妹も、揃って絶句するか口元を押さえて笑いを堪えています。その反応も無理はありません。なにしろ、「黒い虎」の姿というのが……。
全身を隙間なく覆う堅牢な甲殻。
先端が鋭く尖った五対十脚。
頭部から生える二本の長いヒゲ。
くるりと弧を描くような体型。
そして、まるで虎のような背中の縞模様。
そう、それこそが密林の絶対支配者。
伝説の「黒い虎」。
大きさこそ象以上の巨体ですが、まあ要するに……。
『でっかい海老なの!』
海老でした。
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