南の島の迷宮達
そして時は再び現在に戻ります。
魔物に襲われていた船を助けた迷宮達は船乗り達を見送ると、そのまま更に南下して熱帯の島へとやってきました。港町には北方の大陸、すなわち学都や迷宮都市のある大陸から訪れた交易船が所狭しと押し寄せて、街全体に活気があります。
『ねえねえ、ヤシの実ジュースが売ってるの!』
『ここは果物が安いみたいね。南国っぽいフルーツなら我の第三迷宮でも採れるけど、種類とか品種とかはここの市場のほうがずっと多いみたい』
『さっきの船長さん達にずいぶん儲けさせて貰いましたし、ちょっと買い食いするくらいなら大丈夫ですよ。ついでにレンリさん達へのお土産も確保しておきましょうか』
先程助けた船に布教用の像を販売したおかげで、懐はずいぶんと温まっています。ちょっとした買い食い程度ならビクともしません。
なにしろ全壊しかけた船をネムの能力で新品同様に直した上に、一度は海に投棄した宝石類まで回収してあげたのです。最初は面食らっていた船長達も、気前良く迷宮の1/8フィギュアを買い上げてくれました。
ちなみに販売用の迷宮グッズは、見本品としてゴゴの能力で生成した物以外は、学都の職人に発注して人の手で作り上げた品ばかり。大陸各地に展開している遊園地の収益から費用を捻出して、きちんとした契約に基づいて制作されています。
全てを迷宮の能力だけで作ることも当然可能……というより、そちらのほうがお金もかかりませんし短期的にはお得なのですが、レンリのアドバイスによりあえてコストをかけて工房に依頼することにしたのです。
そうすることで仕事や雇用が発生し、職人達が材料となる木材や鉱石を買い求めることで商人や、木こりや、鉱山で働く労働者の収入源となるわけで。
現時点では、どこまで需要が伸びるかまだ未知数ですが、今後グッズの売上が順調に伸びていくようなら、それらの生産や流通に携わる人間は自然と迷宮達を好ましく思うはず。その気持ちが信仰と呼べる域まで達するかは人によるでしょうが、試してみる価値くらいはあるのではないでしょうか。
『このあたりの船の積み荷はほとんどサトウキビみたいなのです。それに精製済みの砂糖も売ってますね。白いのに黒いのに茶色いの、細かいの以外にもレンガみたいなブロック状のやつとか色々あって飽きないのです』
『くすくすくす。お茶に入れるためのお砂糖を買っていきましょうか?』
『否定。非推奨。このあたりにあるのは業者向けだから、タル単位での取引が基本になるみたいだ。お土産分込みでも流石に持て余すだろう……いや、タル一杯の砂糖をそのままジャリジャリ食べそうな人もいるけど、そこは人として越えさせちゃいけない一線な気がするよ? 迷宮である我が言うのもなんだけどね』
異国情緒溢れる市場というのは自然と心が沸き立つもの。
それはどうやら人ならぬ存在であっても同じようです。
市場で働く人々の邪魔にならないように、あちこちの店を見て回り、屋台で買い食いを楽しみ、学都や迷宮都市の知人に渡すお土産を選び歩いていたら、あっという間に何時間も経ってしまいました。
『はっ!? これじゃ普通に観光してるだけなの!』
『是。無問題。こうして我々が観光を楽しめているということが、すなわち平和であることの証左というわけだよ。ちょっとしたケンカくらいはあるようだけど、その程度で我々が介入したらかえって大事になってしまうからね』
『それもそうね! じゃあ気にしないことにするの』
平和な港町を歩いていても、都合良く恩を売れそうな相手はなかなか見当たりません。ヨミの言うように、住民同士の軽いケンカくらいはあるようですが、その程度の些細な問題であれば迷宮達が出しゃばるまでもないでしょう。
『ふふ、平和なのは結構なことじゃないですか。余所者や観光客が珍しくないおかげで見た目子供の我々だけでも変に目立たずに済みますし……おや?』
ゴゴが話している途中で、港町の外から何か大きなモノが壊れる破砕音が聞こえました。それなりの距離があるため周囲の人々は気付いていないようですが、特に意識して耳を澄まさずとも迷宮達の感覚の鋭さは並ではありません。
単に地元の人間が使わなくなった家や荷車などを壊しているだけという可能性もありましたが……。
『恩の押し売りチャンスなの! 皆、我に付いてくるのよ!』
迷わず走り出したウルを追って、他の皆も港町の外へと駆けていきました。先程までいた市場からは五キロ以上も離れていましたが、建物の屋根や塀を足場にして直線的に走ってきた彼女らが到着するまで一分もかかりません。
音の出どころは町と周囲の村々とを繋ぐ街道だったようです。
木々が繁るジャングルの中を切り開いただけの道で、舗装もされておらず土がむき出しになっています。
そんな街道のど真ん中で、元は大型の荷車だったらしい木片が散乱していました。先程の破砕音の正体は間違いなくコレでしょう。
車を牽いていたと思しきウシとカバを掛け合わせたような姿の大きな動物が、半ばでロープが千切れた牽引具をずるずると引きずったまま、道沿いに生える草をのんびり食んでいました。
「だから俺は見たんだ! あ、あの恐ろしい姿……アレは間違いなく伝説の黒い虎だった。ソイツが道の横から飛び出て来たと思ったら積み荷のサトウキビをくわえて跳んでっちまったんだ!」
荷車の持ち主らしき男性は、集まってきた周囲の人々を相手にそんな主張をしました。幸い、軽い擦り傷がある程度で目立つ怪我はしていないようです。が、問題はそこではありません。
「黒い虎だって? あの伝説の魔物!?」
「見間違えじゃないのか?」
「二十年前に現れた時は島中のサトウキビ畑が丸裸にされる寸前までいったんだ。もし本当なら大変なことになるぞ……」
迷宮達にはさっぱりですが、地元の人々の間では荷車を襲った「黒い虎」なる魔物は畏怖の対象として語られる存在であるようです。その気になれば簡単に退治できる程度の相手なら、大の大人がこんなにも慌てふためくなんてことはないでしょう。
『これこれ、こういうのを待ってたの!』
そして、だからこそ迷宮達にとっては恩を売りつける絶好のチャンスというわけで。どうやらクラーケンに次ぐ彼女らの獲物は、伝説の「黒い虎」に決まったようです。
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