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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
十三章『迷宮武者修行』

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南の海の迷宮達


『いいわよ、助けてあげる。まだ神様じゃないけどね』


 陸地など見えない海のど真ん中で、しかも今にも巨大なクラーケンに喰い殺されそうになっている状況で、『コンガーイール号』の船員達はそんな如何にも場違いな幼女の声を聞きました。


 あまりの絶望で頭がおかしくなって幻聴が聞こえたのだろうか……なんて、疑問を抱く暇もありません。



『とりあえず、船が宙吊りのままじゃ落ち着いて話せそうもないわね』



 瞬間、船体に巻き付いて高々と持ち上げていたクラーケンの足が一本残らず切断されたのです。必死に船にしがみついていた船乗り達には、そして当のクラーケン自身にも何が起こったかも見えなかった、いえ仮に見えていたところで理解できたかは怪しいところですが。


 第三迷宮『天穹海』の化身であるヒナにとって、周囲全てが海水で満たされた洋上は、自身の能力を最大級に発揮できる絶好のロケーション。四方八方から超高圧で撃ち出された海水の刃は、回避も防御もまず不可能です。クラーケンの巨体も、こうなっては良い的でしかありません。



「な、何だ、魔物がいきなりバラバラに……」


「うおっ、落ち……ない!? なんだ、ピンクの糸みたいなモンが身体に巻き付いて……?」


『こらこら、ヒナひーちゃん。いきなりバラしたら船の人達が海に落っこちちゃうのですよ? モモが髪の毛で全員キャッチしたから良かったものの』



 船を持ち上げていたイカ足がいきなり切断されたわけです。

 そのままでは当然『コンガーイール号』諸共に船員達は海に投げ出されるところでしたが、海面スレスレでモモが髪の毛を使って一人残らずキャッチ。先に力尽きて落下していた数名も、魔物の口に入る寸前に無事捕獲済みです。


 そして、半壊した船の上で船員達は確かに見ました。

 幼い子供達が先程まで自分達を苦しめていた魔物を大きく蹴り飛ばし、切り刻み、果ては口から火を吹いて丸焼きにするところを。

 その現実離れした光景は、まさに神話的とすら呼べるでしょう。船乗り達は誰が言い出すともなく自然と両手を組んで膝をつき、自分達の救い主に祈りを捧げていました。



『ねえねえ、あの魔物って食べられるかしら?』


『どうでしょう? 普通の大王イカはアンモニア臭くて食用には適さないそうですけど、なにしろ魔物のイカですからね』


『珍味。興味。とりあえず試してみるのがいいと思うよ』



 まあ、実際には食い意地が張っていただけなのですが。

 まず海面を走ってきたヨミによってクラーケンの巨体が大きく蹴り上げられて全身を宙に晒し、次いで手足を刃物化した上で長く伸ばしたゴゴが食べやすいサイズにカット。最後はウルが口から炎を吐いて、完全に炭化しない程度に加減して焼き上げたらクラーケンのイカ焼きの完成という寸法です。


 こうして何が何やら分からぬまま、『コンガーイール号』とその船員達は無事に命を救われることとなったのです。







『船長さん、海に捨てた荷物はこれで最後かしら?』


 戦闘後。逃げる途中で船を軽くするために捨てた食料や交易品も、ウル達が海に飛び込んで軽々と拾い上げてきました。これで陸に到着しても彼らが路頭に迷う心配はないでしょう。

 先程までの嵐もすっかり止んで、というよりヒナが周囲の雨や海水を強引に落ち着かせました。今は船の周り数百メートルの範囲だけ日が差して海面が凪いでいるという、見るからに異常な状態になっています。



『くすくすくす。これで怪我をされた方は最後ですね?』


「お、おう、何から何まですまねぇな嬢ちゃん達……ボロクズみたいになってた船まで新品同然にしてもらっちまって」



 船の損傷や怪我人についても、ネムが『復元』してすっかり元通り。今さっきの魔物との遭遇によるものだけでなく、元々の持病や古傷まで治っているのは、勢い余ってのご愛嬌といったところでしょうか。

 かなり年季の入っていた船も、まるで新造船のようにピカピカに輝いています。


「嬢ちゃん達、いや、お嬢さん方。コイツらを生きておかへ帰してやれるのはアンタ達のおかげだ。船長として礼を言わせてくれ」


「あ、ああ、嬢ちゃん達は命の恩人だ!」


「そうだ、命の恩人万歳!」



 一通りの後始末が済んだところで、ようやく落ち着いて話ができるようになったようです。船長以下、船員一同、深々と頭を下げて改めて感謝の意を伝えました。



『このイカ焼き、結構イケるの』


『同意。美味。海水の塩味だけでも悪くないけど、今度は醤油を塗ってから焼くのはどうだろう?』


『おや、どうしました? 船の皆さんも遠慮せずどうぞ。見ての通り、まだまだ沢山ありますからね』

 


 まあ迷宮達としては気楽なもの。

 甲板上に山積みになっているイカ焼きを味わうのに夢中で、あまり話を聞いていません。ちなみに甲板に乗り切らなかった分のイカは、海上に外部展開した迷宮越しに、彼女達の本体に輸送済みです。

 いくらクラーケンが強力な魔物とはいえ、彼女達の感覚的には羽虫を追い払った程度のもの。あまり重く受け取られると、かえって気疲れするというのが本音でしょうか。

 


「お、おう……野郎共、恩人のご厚意だ。残すんじゃねぇぞ! しかし、命を救われた上に食い物まで恵んでもらうとは……なあ、お嬢さん方。できれば何か礼をさせてもらえねぇか? 世話になる一方じゃあ海の男の名がすたるってなモンだ。ワシらに出来ることなら何だってさせてもらうぞ」



 かといって、遠慮しすぎても船長の面子を潰すことになってしまいそうです。ここは素直にお礼を受けておいたほうが良いでしょう。具体的に何をしてもらうかというと……。



『そうね、それなら……ゴゴ、例のブツは?』


『ええ、姉さん。心得ていますとも。さぁさぁ、船の皆さん。ここに取り出しましたるは我々の姿を模した精巧な手乗り像。これを本日はですね、なんと皆さんに一体当たり銀貨十枚のお値打ち価格でご紹介させていただこうかと』



 先程までとは違う意味で、何やら雲行きが怪しくなってきました。



作品ページ上部のシリーズ欄に新作の『幼い女神の迷宮遊戯』を追加しました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とりあえず、あぶったイカと冷えたカンがいい [気になる点] 料金発生 船会社に【航海保険】だけでなく【女神保険】も作らないと ただでさえリスキーな航海が【大後悔時代】と呼ばれるくらい海賊や…
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