再会
「うん? ……あ。誰かと思ったらレンちゃんじゃないか、久しぶりだねぇ!」
「……その節はどうも」
再会早々に印象を下げにかかったラックは、特にしらばっくれるでもなく、それどころか聞かれるまでもなくレンリと知り合いであることを認めてしまいました。これで、少なくとも列車強盗の件に関しては有罪確定です。
「やあ、よく来てくれたねぇ。会いたかったよ!」
「いやいや、さっき『……あ』って言ってたし。明らかに私の顔忘れてただろう」
「そんなはずないじゃないか! キミと僕の仲だろう? もっと仲良くしようじゃないか」
「はっはっは。犯人と証人の間柄でどうして仲良くできると思うんだい?」
容疑に関して自供したに等しい状況ですが、ラックは鉄格子ごしに陽気に語りかけてきます。恐ろしいほどに空気というものを読んでいません。
レンリは、隣にいるシモンのほうを向き、
「確認終わったみたいですし。もう帰っていいですかね?」
「う、うむ、そうだな……」
帰っていいかと確認をしました。
わざわざ証人を連れて来たというのに、あまりに張り合いがなさすぎてシモンも気を抜かれてしまった様子です。
「え、もう帰っちゃうの?」
「そりゃ、もう用事は済んだしね」
「もっとゆっくりお喋りでもしない? ここってひんやりしてて意外と居心地いいんだよ。ほら、最近暑いしねぇ。あ、そっちの騎士さん、彼女たちにお茶でも出してあげて」
「……独房はカフェではないのだがな」
ペラペラペラペラと立て板に水の如く喋り続けます。
先程、レンリたちが来る直前までも、他の騎士や兵士が怒鳴ったり脅したりしながら取調べをしていたのですが、この分だとまるで堪えていなかったようです。逆に誰が相手でもこの調子で関係のないことばかりを話し続け、取調べを担当した者たちは皆、すっかり調子が狂わされてしまっていました。
『じゃ、そろそろ我とお姉さんは帰るの』
「だね」
「あ、待った待った!? よし、分かった! じゃあ、せっかく来てくれたんだし、キミらがいるならそっちの騎士さんの知りたいことにも答えてあげようじゃないか!」
ですが、レンリとウルが帰ろうとすると、どこまで本気かは不明ですが慌てて引き止めにかかりました。
「取調べの人ってむさ苦しいオジさんばっかりでさぁ。同じ喋るんでも、どうせなら女の子相手に喋ったほうが興が乗るってもんじゃない?」
「む、それで正直に話すというなら……レンリ嬢。すまないがもう少しだけいてもらえるだろうか?」
「私は……まあ構いませんけど」
『我もシモンさんのお願いなら断れないの』
レンリたちが同席していればシモンの聞きたいことにも答える。
そう言われてしまっては仕方がありません。
シモンとしても決して本意ではないのですが、レンリと、ついでにウルも、もうしばらく取り調べに付き合わされることになりました。
しかし、その前に。
「レンリ嬢、ウル。すまないが、ここから先の話題の中には捜査上の機密が少なからず含まれるのでな。ここで聞いたことは他言無用に願いたい」
「ええ、私はいいですよ。この人、強盗の他にも何かやらかしてるんですか?」
『我も絶対誰にも言わないの!』
この街の騎士団が調べている案件。闇カジノの存在はすでに曖昧な噂という形で流れてはいるものの、あまり大っぴらにしていい話でもありません。
捜査に関しても、まだ水面下で秘密裏におこなわれている段階。
下手に騎士団が調べているという情報が流れれば、裏賭博の首謀者を警戒させる恐れがあります。完全に証拠を固め、逃げ道を塞いで逮捕できる段階になるまでは極力密やかに物事を進める必要があるのです。
「では、聞こう。そなたが巡回の兵に自首を申し出た時に言っていた闇カジノだが、その場所はどこだ?」
少しばかり回り道をしましたが、ようやくシモンは本題に入りました。
現状、騎士団ではラックについて強盗犯兼、自称「闇カジノの関係者である」ということしか分かっていません。賭博を仕切る組織の中でどういう立ち位置にいるのかは不明……というか、実際は組織の一員ですらない一見客なのですが……どんな下っ端だろうと、本当に関係者ならば少なくとも賭場が開かれている場所くらいは知っているでしょう。
それさえ分かれば、こっそりと現場をマークして、タイミングを計って犯行の現場を押さえるだけで芋づる式に一味を確保できるはず。恐らく荒事担当の用心棒なども用意してはいるでしょうが、シモン個人の武力に加え騎士団の組織力があれば、武装戦力の十人や百人は軽く制圧できるでしょう。
「へえ、この街にも闇カジノなんてあるんだね」
『なんか、キケンな香りがするの』
すでに元々の役割を終え、この場にいるだけの置物と化した二人は呑気なものです。
ウルは当然として、レンリもギャンブルは故郷にいた頃に遊びでちょっと触れたことがある程度。多少の好奇心は覚えても、それほどの興味はないのでしょう。
そんな外野を他所に、カジノの位置を問われたラックは口を開きかけ……、
「そうだねぇ、それが実は……」
「実は?」
「う~ん……このまま教えるのも芸がないよねぇ」
「……おい!」
やっぱり気が変わって止めました。
ラックは人をイラつかせることに関しては天才的な才能をもっているようです。
普段から紳士であるよう努めているシモンも思わず声を荒げてしまいました。
「もう、拷問とかでサクっと吐かせちゃえばよくないですかね? こう、一枚一枚爪を剥いだりとか」
「怖っ、レンちゃん発想が怖いよ!」
「そうしたいのは山々なのだが、生憎とその手の捜査方法は我が国では違法でな。法廷での証拠能力がなくなってしまうのだ」
「そうしたいんだ!? しないでくれてありがとう!」
『じゃあ、足の裏とか脇の下をコチョコチョってくすぐるのはどうかしら?』
「そっちの小さいキミは発想が可愛い! そのまま純粋に育ってね!」
色々と面倒になってきたレンリが拷問を提案しましたが、残念ながらその手の方法は使えません。正確にはそれで吐かせても、罪に問うことができなくなってしまいます。
ウルの方法は違法ではありませんが、いくらなんでもくすぐられて音を上げるってことはないでしょう。むしろ幼女にくすぐられたりしたら喜びそうです。
三人それぞれのセリフに律儀に反応を返したラックは、一つ咳払いをしてから言いました。
「……じゃなくてさぁ、別に話さないなんて言ってないだろう?」
「どういうことだ?」
「結局、話すのか話さないのかハッキリしたまえ」
『そーなの、そーなの!』
ラックの不規則な言動に振り回された三人は胡乱な表情を浮かべています。
しかし、ラックは対照的な笑顔を浮かべ、ズボンのポケットに手を入れて中身を取り出しました。凶器になり得る物は事前の身体検査で没収されています。出て来た物はなんの変哲も無い……、
「サイコロ?」
「サイコロだね」
『サイコロなの』
取り出されたのは、正六面体のサイコロが三つ。
ナッツくらいの大きさの、どこにでも売っているような物です。
「ゲームをしよう」
「ゲーム、だと?」
「キミたち三人の一人でも勝てたら、なんでも正直に話すと約束するよ。賭博師の誇りにかけてね」
ラックはそのサイコロを掌で転がしながら告げました。
どうやら自分は群像劇を書きたいらしいのですが、これってもしかして滅茶苦茶難しいジャンルなのでは?……と今更になって気が付きました。
二章に入ってから特に場面がポンポン飛んでますけど、分かりにくくないですかね?