ゴースト・ナイト・パレード③
ドン、ドン、ドドーンと夜空に花火の華が咲きました。
赤、青、黄色。形も色も様々です。
地上の誰かが盛り上げるために打ち上げたのでしょうか?
「こんな感じでいい? えへへ、結構上手いもんでしょ?」
いいえ、そうではありません。
地上の人々には知る由もありませんが(一座の仲間なら予想は付くでしょうが)、これは火薬を使った花火ではなく歌姫フレイヤの魔力の炎。燃え盛る花々は更に数を増やしていき、みるみる間に空を染め上げていきます。
しかし、それらの花火は本命ではありません。
次なる仕込みに移るための、ただの目くらましです。
「ただ船に乗ってぐるぐる飛んでるだけじゃつまんないもんね」
いつの間にやら、学都の空を飛んでいた黄金船は影も形もありません。
レンリとルカとロノを一旦休ませるため、さっきの花火で人々の意識が逸れた隙に、ルカ達の屋敷の庭へと降りていたのです。庭は高い塀で囲まれていますし、モモが船の視認性を弱めていたので、地上の人々はほとんど誰も気付いていないはず。自宅であれば食べ物飲み物を補給して一息入れることも容易です。
では、残りの迷宮達がどこに行ったのかというと、もちろん別の場所で休憩しているわけではありません。せっかく信仰心大量ゲットで力がどんどん湧いてくるような状況なのです。このボーナスタイムを最大限利用しない手はないでしょう。
「おい、ギルドの建物の上に誰かいるぞ?」
「あれって、さっきの使徒様? ……だよな」
「下に降りてきて、どうしたんだろ?」
ウル達は街の中でも特に賑わっている学都の中央広場前の、ちょうど適度な高さがあった冒険者ギルドの屋上に飛び降りていたのです。そして人々が気付いたのに合わせて叫びを上げました。
『イッツ、ショウターイム! なの!』
『ここでスペシャルゲストの登場ですよ。さあ、どうぞ!』
ウルとゴゴの紹介に合わせて登場したのが誰か?
わざわざ言うまでもないでしょう。
「みんなー! 盛り上がってるー?」
ウル達に手を引かれて下から見える位置に来たフレイヤの姿に、広場中から歓声とも悲鳴ともつかぬ絶叫が響き渡りました。もちろん全員が全員彼女を知っているわけではありませんが、それでも流石の知名度。
生者死者を問わずこの場の半数を優に超える人々が、かの歌姫について知っていたようです。つい一時間ほど前までやっていた音楽ライブの会場から近い場所だったのも良かったのかもしれません。会場から流れてきたファンが、まだこの辺りに多く残っていたようです。
「色々気になるかもだけど、細かいことはあとあと! 今は思いっきり楽しんでってねー! さ、行くよチビっ子ちゃん達!」
『うん、せっかくだし一緒に歌うの!』
どうして歌姫が『使徒様』と一緒にいるのか?
いったい彼女達の間にどういう関係があるのか?
そんな当然の疑問を口にする人もいましたが、それも歌が始まるまでの話。
「ちょっと腰を屈めて、っと。じゃ、一曲目いっくよー!」
フレイヤを真ん中に第一から第六までの迷宮達ががっしり肩を組み、声を揃えて一斉に歌い始めました。迷宮の中では控えめな性格のヒナあたりは直前まで恥ずかしがっていましたが、ここまで来たら行くところまで行くしかないと腹を括ったようです。
ちなみに《ヤキトリ・オブ・フェニックス》なる珍妙な曲名は、フレイヤの持ち歌の中でも《ファイアドラゴン・ステーキ》と並んで特に人気がある曲の一つ。迷宮達も事前に各々の本体経由で、一通りの歌詞や音程についてのデータを頭に叩きこんでありました。
「凄いね、モモちゃん! 歌唱力の強化とかできるんだ?」
『んふふ、それほどでもあるのです』
素の実力でも世界トップクラスのフレイヤの歌唱力がモモの強化を受け、更には周辺数百メートル以内の人々の感受性までをも強化。二重の強化による相乗効果の威力は絶大なものがありました。
歌の上手さというものは単純に数値化しにくいものではありますが、控えめに見ても元々の千倍くらいは良い方向に感じられるようになっているのではないでしょうか。歌声が心の深い部分にまで突き刺さって、脳の快楽中枢を思いっきり揺さぶってくるのです。それは最早ある意味暴力的なまでの効果を発揮することとなりました。
「うおおぉぉ、ヤバい泣ける! 感動的すぎて死ぬ!」
『私も死んでるけど良すぎてもっぺん死にそう。今の音楽ってこんな凄いんだ……』
「いやいや、普通はここまでじゃねっすよ。フレイヤちゃん、さっきのライブより更にキレッキレだわ。いや、ほんとマジスッゲ!」
『使徒様ちゃん達もかわいいー! 小っちゃーい!』
感情がめちゃくちゃに振り回されて、別に悲しい歌でもないのに涙をだらだら滝のように流しながら、満面の笑顔で感動の叫びを上げる人々。イケないお薬をキメても中々こんな風にはならないでしょう。もう本人達も何がなんだか分かっていませんが、とりあえずウケていることだけは間違いありません。
「みんな、ありがとー! それじゃ次はこんな感じはどうかな?」
一曲目が終わると、フレイヤの足の裏から炎が噴き出し、迷宮達と肩を組んだままの状態で空を飛び始めました。そして今度は全員で飛びながら歌っています。
「あはは、ありがとー!」
そしていつの間にやら、歌に合わせた楽器の音色が流れてきました。
どうやら地上の音楽家達が自主的に演奏してくれているようです。
時には未熟な奏者が音程の外れた音を出したりもしていますが、そのあたりはご愛嬌。ちょっとやそっとの音程のズレなど、あまりにも圧倒的な歌唱力の前ではすぐ気にならなくなってしまいます。
歌って飛んで、飛んで歌って。
たまにどこかの建物の屋上に降りて、踊りながら歌って。
それらを繰り返して、どれくらいが経ったでしょうか。
一度歌った曲を別の場所でも何度も歌い、時には空中宙返りなどアクロバット飛行をして見せて、もう街中が沸きに沸いています。もうすぐ日付が変わるくらいの時間だというのに、まるで時間が経つほど賑わっていくかのようで……。
「あはは、もうこんな時間かー……って、今、何時!?」
『時間がどうかしたの? あと一分くらいでちょうど零時なのよ』
「ごめん、ちょっと抜けるね! えっと、そう、ピンチがトイレで!」
『そ、そうなの?』
時間を忘れるほど盛り上がり過ぎて一世一代の大事な約束をすっぽかすところでしたが、フレイヤはギリギリのところで危うく気付いたようです。まあゲストとしての働きも十分以上。途中で抜けたとしてもウル達も文句はありません。正直、あまりの気迫にちょっと気圧されてもいました。
「じゃ、そういうことで!!」
約束の時間まであと三十秒ほど。
フレイヤは来た時と同じく嵐のように去っていきました。
『きっと、よっぽどウン……トイレの我慢がギリギリだったのね?』




