お祭り本番:ヨミと筋肉の店
見渡す限りの人、人、人!
この場に何百人集まっているのやら。ヨミの店を中心に集まった大勢の人々が通りを埋め尽くしていました。そのせいで関係ない人や馬車まで渋滞を起こしている始末。周りの店にとっては営業妨害も甚だしい状況です。
「ヨミ君はいったい何をやらかしたのかな? ウル君、知ってるかい?」
『ううん、このへんに人がいっぱい集まってるのは何度か見たけど、理由はまだ聞いてないの。今ちょっとあの子に聞いてみるわね――――もしもし、突然のお念話失礼します。ちょっとお時間よろしいですか? なの』
「ウル君。なんだい、その喋り?」
迷宮同士はどれだけ離れていても、各々の本体を介していつでも会話をすることが可能です。ウルの切り出し方がおかしいのは、迷宮都市の魔王ハウスや日本のリサの実家で変な知識を仕入れて影響を受けた結果でしょう。
『ふむふむ、なるほど……え?』
「へえ、ヨミ君はなんだって」
『えっとね、よく分かんないんだけど……早く助けて、って』
「え、助けて?」
その時です。ウルが言い終えるよりも早く、レンリ達の前の人波が真っ二つに割れました。どうやら人だかりの先頭付近にいた人々が、それも見るからに一般人とは違う貴人オーラを纏った貴族達が、配下である従者や護衛の騎士に命じて道を開けるよう言ったようなのです。必要以上の威圧や暴力的な手段こそ用いていませんでしたが、この場の大多数を占める民間人は大人しく道を開けるほかありません。
これはまず間違いなく、ウルがヨミに連絡して、そのヨミが何らかのアクションを起こした結果でしょう。レンリ達や迷宮達を通すための道を開けたというわけです。肝心の『助けて』というメッセージの深刻さについてはよく分かりませんが。
「ねえねえ、ここで回れ右して帰ったらちょっと面白くない?」
『はいはい、気持ちはちょっと分からなくもないけど、さっさと行くのよ』
空気を読んだ上でわざと空気を壊すようなイタズラを提案するレンリの言葉を聞き流して、一行は人だかりの中に一本通った道を進んで先程も訪れた『降霊術の館』にまで辿り着きました。
遠くから眺めていた時は気付きませんでしたが、不思議なことに人だかりの前のほうに進むほど、集まっている人間が見るからに身分が高そうだったり裕福そうだったりしています。
そういった、いわゆる偉い人というのは普段から特別扱いされるのが当たり前。まず自分で催し物の行列に並ぶことなど普通はありませんし、せっかく並んでいるのに後から追いこされでもしたら気分を害するのが当然の反応でしょう。なのに。
「おお、あの子らが例の……!」
「うむ、閣下達が仰っていた方々に相違あるまい」
「ありがたや、ありがたや。一目拝んだだけで寿命が伸びそうですなぁ」
怒るどころか迷宮達を見て何やら感激している様子。
この反応、つい最近もどこかで見たような既視感がありました。
「あっはっは、これはもしかしてヨミ君やっちゃったかなぁ?」
『うーん、これはやっちゃったかもしれないの』
正直なところ、レンリ達としては今すぐ帰って何も見なかったことにしたかったのですが、残念ながらそういうわけにもいかないでしょう。意を決して『降霊術の館』へと足を踏み入れました。すると、そこには。
『わぁっはっはっは、いや愉快愉快! おお、これはこれはヨミ様のお姉様達ですな? ご機嫌麗しゅうございまする。我輩、お会いできて感激の至り!』
『うむ、間違いなかろう。おっと、申し遅れました。我輩は国王陛下よりこの地を任されておりますそこな小僧の祖父の祖父の祖父の……はて、何代前だったかな? まあ良い。ほれ、現当主よ。お前も早うこっち来て皆様にご挨拶せぬか!』
「ちょ、ちょっと、ご先祖様、もうちょっとお静かに……おおっと、これは皆様! 申し訳ございません。只今、少し立て込んでおりましてですな……ヨミ様! ヨミ様ぁーっ、どこですか!?」
テントの中にいたのは見渡す限りの筋肉の群れ。
ただでさえ狭い中に、はち切れんばかりの筋肉を纏った巨大な男達がぎゅうぎゅうに詰め込まれていました。まるでボディビル会場に迷い込んでしまったかのようです。
髪色が白くなっていたり、皮膚に皺があったりと多少の個人差はありますが、彼らの素性は一目で明らか。この場の筋肉達の中で唯一の生きた筋肉であるエスメラルダ伯爵の先祖達が、ヨミの能力によって実体化したものでしょう。こんな体格のそっくりさんが赤の他人のはずがありません。
で、どうしてヨミが助けを求めていたかに戻りますが。
『おっと、そこの玄孫よ。我輩またそろそろ消えそうである』
『おお、すわ一大事! ヨミ様、次はそちらへお願いいたす、とうっ』
テントの中が薄暗いのと服装が黒っぽいせいで見えにくかったのですが、どうやらヨミが筋肉達の間で次々とパス回しされているようなのです。まるで球技のような表現ですが、本当にパス回しとしか言えません。
それもかなりのスピードです。
小さなヨミの身体があっちへ手渡され、こっちへ投げ渡され、ちょっと目を離したら今どこにいるのかも分からなくなってしまうほど。察するに、一度触れたら一分ほどで実体化が解除されてしまう能力の縛りのせいでしょう。筋肉達は一分以内にどんどん触れる力業で今の状態を維持しているようです。
『わっはっは、いや実に懐かしい! 生きていた頃はこうやって孫を高く投げて遊んでやったものだ』
『お祖父さま、我輩も覚えておりますぞ! 我輩も年を取ってからは同じように子や孫と遊びましたとも。どの子もよく喜んでくれて何度もせがまれたものです。ほら、こんな感じに!』
口ぶりからするに筋肉達はヨミに確かな敬意を持っている様子なのですが、今の状況についてはほとんど誰も疑問を持っていない様子。生きた子孫と話せた嬉しさで気が昂っているのか、あるいは死後長く経ったせいで生前の常識をところどころ忘れかけているせいか。そもそも生前からして彼らの常識がちょっとおかしかったという線もありそうです。恐らくは、その全部の合わせ技でしょう。
「ヨミ様、ご無事ですか!? ご先祖様、ちょっ、ヨミ様を投げちゃメッでございま……ぬおっ、惜しい!」
ただ一人、まだ生きている伯爵だけはどうにかヨミを助けようとしているらしいのですが、敬愛する先祖が相手ではあまり強引な手段に出るわけもいかず、また単純に狭い空間の中で思うように動けずパスカットに失敗し続けていました。
『遺憾。想定外。うぅ……ぅ』
ふと、虚ろな目で投げ飛ばされるヨミとレンリの目が合いました。
そして――――。
『ぅう、うわぁーん……我、悪くないもんっ!』
普段の澄まし顔はどこへやら。
まるで普通の子供のようなヨミの泣き声が大きく響き渡りました。




