お祭り本番:続・武術大会本戦
(※中略)
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「ぜっ……はぁ……これでっ、どうだ!」
『おーっと、突如体勢を崩したところにルグ選手の強烈な一撃がヒット&ダウーン! カウント1、2、3……10! 試合終了、終始押され気味だったルグ選手がまさかの逆転勝利! 決勝進出だーっ!』
言語を絶するほど凄まじい激戦続きだった武術大会……全部の試合を律儀に描写していたらそれだけで二十話くらいはかかっていたであろう……も、いよいよ佳境に入ってきました。
決勝の対戦カードは、ここまで危なげなく勝ち上がってきたライムと、ギリギリかつフラフラながらも辛うじて準決勝に勝利したルグの対決となります。
ルグのここまでの戦績はというと、本戦の一回戦は幸運にもシード枠をクジで引き当てて試合免除。おかげで魔力や体力を大きく温存することができました。
二回戦の相手は雷の魔法に秀でた魔法使いだったのですが、前の試合で強敵相手に魔力をほとんど使い切っていたため本来の実力の半分も出せなかったようです。辛うじて一発だけ出してきた雷撃に対しては手にした剣を前方の地面に投げて突き刺し、それを避雷針代わりとすることで回避。縮地法ダッシュからの飛び蹴りを頭に見舞って勝利していました。
ですが、幸運で勝ち残れたのはそこまで。
今さっきまでの準決勝の相手は、巨大な大剣を小枝のように軽々と操る恐るべき剛剣士。どのへんが恐るべきなのかというと、なんと剣のサイズが十メートル近くもあったのです。いくら大剣と言っても限度というものがあるでしょう。よく通路を通って試合会場まで持ち込めたものです。
とはいえ、その長さの鉄の塊をブンブン振り回すわけですから、それだけでかなりの脅威です。戦闘範囲が制限された今回のような試合ルールとは、特に上手く噛み合っていました。
両手に持ってグルグル高速回転しながら近付くだけで、相手はどんどん後ろに追い詰められて場外に落とされてしまいますし、剣自体の重さに怪力を合わせた振り下ろしは巨大な石舞台を真っ二つに割るほどの大威力。身軽さや回避に秀でたルグが相手だから良かったものの、殺したら負けのルールをうっかり忘れていたとしか思えない凄まじい一撃でした。
まあ、その一撃で舞台に大剣が深々と食い込んだ隙を突いてルグが間合いを詰め、逆転勝利へと繋がったわけですが。一度は鋭い反射神経で斬撃を躱されたものの、空振りだったはずの攻撃で何故か大剣使いが大きく体勢を崩して武器を取り落としていたおかげでしょう。大きく避けすぎてバランスを崩したというわけでもないのに不思議なこともあったもの。その隙に一撃入れて勝利を掴むことができました。
しかし思い返してみれば、ルグは予選でも剣を当てずに相手選手に何らかのダメージを与えていました。その時も今の準決勝でも、喰らった相手は怪我らしい怪我をしている様子がなかったのが一層不気味。少なくない観客やすでに敗退した他の選手達もルグの空振りの不可解な結果には疑問を覚えたようですが、まだ誰もその正体を掴んではいないようです。
『《魔拳姫》ライムと《空振り》のルグによる決勝戦は、今から二十分間の休憩の後に開始ィィィ! こいつは見逃し厳禁だぁーーっ!』
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「あっははは、今の《空振り》って運営の人が考えたルー君の二つ名かな? いや《空振り》ってダサ、あははは……やばっ、変なツボ入った……!」
観客席で観戦していたレンリ達もずいぶんと楽しんでいました。
二つ名はさておき、ここまでに珍しい武器術や格闘術、魔法を色々と見ることができました。多様な発想を得たおかげでレンリのインスピレーションも刺激されっぱなしで、帰ったら早速新作の剣の設計に取り掛かるつもりのようです。
「もう……あんまり、笑っちゃ……可哀想、だよ?」
「ああ、ルカ君ごめんごめん。うん、もう笑わないから……ぷっ、あ、いやホント。今ので最後だから物理的に手で口を塞ごうとするのは怖いからやめてねごめんなさい」
そんな反応こそしていましたが、ルグが決勝まで残ったこと自体はレンリも喜ばしいと感じています。これというのも普段からの地道なトレーニングの積み重ねと、シード枠や対戦相手の疲弊という幸運と、あとはレンリ作の新作魔剣によるものでしょう。何を隠そう、《空振り》という不名誉な二つ名をルグが得ることになった諸悪の根源は、よりにもよってレンリ自身だったのです。
「あの剣……そんなに、強い、の?」
「いや、それなりに良い品ではあるけど、切れ味や頑丈さはそこらの店で買える武器と大差ないよ。ただ、ちょっとした効果が付与してあってね」
《空振り》の魔剣に特に銘は付けていませんでした。
が、しいて名付けるとすれば……。
「名前を付けるとしたら、そうだね……魔剣『五感殺し』ってとこかな?」
「五感、ころ……なんだか、怖そう……」
『五感殺し』の名は大袈裟ではありません。その剣に秘められた力を受けた者は視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚の全てに恐ろしい被害を受けることになるのです。
「具体的にはだね、まず味覚! お酢をジョッキ一杯飲み干したくらいの酸っぱさがいきなり口内に来る!」
「え……お、お酢? お酢って……あの、お酢?」
「うん、そのお酢。嗅覚は、だいぶ腐敗が進んだ生ゴミに鼻を近付けて思いっきり深呼吸したくらいの臭い。聴覚は、耳のすぐ横で大きめの爆竹をバチバチ鳴らした騒音でしょ。それから触覚は、脇腹とか足の裏を羽箒でコチョコチョとくすぐられてる感じ。最後の視覚は、ちょっと捻りが足りないかとも思ったけど真昼の太陽を直視したくらいの眩しさだね。で、これが全部いっぺんに来る」
「それは……すごく、怖いね……」
『五感殺し』という名前を聞いた時とは若干ニュアンスは異なりますが、ルカにもその恐ろしさは伝わったようです。なまじ想像しやすい不快感ばかりなだけに、よりリアルにイメージしやすいのかもしれません。
しかし、その威力はここまでの試合を見ても明らか。これらの効果を一気に喰らったら、かなりの達人だろうとまずマトモに戦えなくなってしまいます。魔法の効果は放っておいても数分で切れますが、戦闘中に使うであろうことを考えればむしろ長すぎるくらいでしょう。
「一つの剣に五種類も概念を付与できたのは最高記録だったからさ、実際使われるのを見てみたかったんだよね。いやぁ、なかなか大変だったよ。わざわざ市場のゴミ捨て場まで行って『悪臭』の概念を回収してきたりとかね。正直ちょっと吐いた」
使い道はさておき、高度な技術が使われているのは間違いないようです。
魔剣『五感殺し』に付与された概念効果は相手の精神に直接働きかけるため、目を瞑ったり鼻を摘まんで息を止めたりしても防げません。魔力を込めて発動状態になった剣に近付いただけで即アウト。
実際に網膜が焼けるわけではないので、いくら心が眩しいと感じていても実際に相手の目をダメにせず済むあたりは利点とも言えるでしょうか。
「効果範囲は魔力を込めた状態で切っ先から一メートル以内ってとこかな。魔法攻撃とすると極端に射程が短いけど、武器の間合いが実質一メートル伸びたようなものと思えばなかなかだろう。別に当てなくてもいいわけだし」
これが《空振り》のカラクリというわけです。
剣そのものを避けても、切っ先から一メートル以内に位置していたらアウト。
攻撃の軌道を正確に見切り、なるべく最小限の動作で避ける動きが身に染み付いている達人ほど引っ掛かりやすいという悪質な罠。仕掛けを知らずに回避するのはまず不可能です。
「なるほど」
恐るべき『五感殺し』の効果をマトモに受ければ、ルグがライムに勝利するまさかの展開もあり得たかもしれません。実戦ならともかく、ルールのある試合であれば万が一もあり得ました。過去形ですが。
「おや、ライムさん、後ろにいたのかい。もしかして今の聞いてたり?」
「ん」
「そっかぁ、それはルー君には悪いことしちゃったかな」
会話に気を取られていたのと気配が薄いせいでレンリもルカも気付いていませんでしたが、ライムは後ろの席でずっと二人の会話を聞いていたようです。これでルグの勝ち目はなくなりました。まあ元が0.01パーセントくらいだったものが完全なゼロになっただけなので大した違いはありません。
嫌がらせのようなふざけた魔剣を喰らわせてライムの怒りを買う危険があったことを思えば、むしろ助かったと言っても過言ではないのではないでしょうか。
「おっと、そろそろ始まるようだね。じゃあ、私達が言うのもなんだけど」
「その、なるべく……お手柔らかに……」
「ん」
返事をするとライムは高く跳躍して、観客席から武舞台の中央へと降り立ちました。
先に待っていたルグは、苦虫を嚙み潰したような困り顔で相対しています。
万が一の勝機に賭けて(魔剣の秘密がバレていることにも気付かず)『五感殺し』を仕掛けようか、それともどうせ負けるなら最後くらいは魔剣に頼らず正々堂々戦うかで迷いがあるのかもしれません。
が、迷いが晴れるのを周りが待ってくれるはずもなく。
『いよいよ、お待ちかねの決勝戦ンンンッ! 勝つのは《魔拳姫》か《空振り》か? 今っ、その運命のゴングが鳴ったぁ、試合開始ィィィーっ!』
果たして、タネが割れた上で奇跡の大勝利があるのかどうか。
いよいよ運命の決勝戦がスタートしました。




