独房区画
学都南街、商業区の往来にて。
樹界庭園の試練と、その後のちょっとしたごたごたを終えたレンリは、シモンから列車強盗事件の犯人と思しき人物の面通しを頼まれました。
レンリたちは普段から訓練やら何やらでシモンには世話になっています。
その依頼に関しては快諾しましたが、
「じゃあ、私はちょっと行ってくるね。ルカ君のことは頼んだよ」
「ああ、ちゃんと家まで送っておくよ」
レンリの言葉にルカを背負ったルグが応えました。
会話の途中、“何故か”貧血で気絶してしまったルカを放っておくわけにもいきません。
レンリやルグは彼女の住んでいる正確な場所を知りませんでしたが、それに関してはこの街の冒険者ギルドに情報が登録されており、同じパーティの仲間であるルグが尋ねれば窓口で教えてもらえることでしょう。
とはいえ、これはルカにとっては非常にマズい状況です。意識がないので、それを自覚してすらいませんが。
書類上ではルカはギルド経由で借りた部屋に一人で住んでいることになっているのですが、実際にはあと三名ほどいるワケでして。
ルグもグランニュート号の事件で犯人の顔を見ていますし、バッタリ鉢合わせにでもなったらまとめてお縄になりかねません。
そんな事情は露知らず、レンリは逆方向にあるギルドへ向け去っていくルグに、ちょっとした忠告を……。
「あ、寝てる間にエロいことはしないようにね」
「しないしない」
「だが、どうしてもというなら一揉みまでは目を瞑ろう!」
「いや、揉まねぇよ!? じゃあな!」
「うん、またね」
割とロクでもない忠告を聞き流し、今度こそルグたちは去っていきました。
そうして仲間の二人と別れ、シモンたちと一緒に、街の更に南にある騎士団の施設を目指して歩きだしたレンリでしたが。
「ところで、なんでウル君も付いてくるんだい?」
『んゆ?』
何故か幼女姿の迷宮の化身、ウルも一緒に来ていました。
『べ、別にお姉さんのためじゃないのよ!』
意味不明なツンデれ方をしていた彼女ですが、
『あ、シモンさん、さっきのお姉さんみたいに我もおんぶして欲しいの!』
「うむ、よいぞ。ほら乗るがいい」
「ホントに私のためじゃなかった!」
どうやらウルの目当てはレンリではなくシモンのようです。
先程優しくされて、すっかり懐いてしまったのでしょう。
王族相手に恐れを知らぬ振る舞い……まあ、そもそも人外の存在に人間社会の権力構造に従えというほうが横暴かもしれませんが……シモンのほうは特に気分を害した様子もなくウルをおぶっていました。
ヒトによっては犯罪臭くなりそうな状況ですが、ウルにとっては残念なことにシモンは彼女を異性として見ていない上に、そもそも彼は犯罪を取り締まる側のトップです。傍目からは仲の良い兄妹か何かのようにしか見えないでしょう。
「ウル君、仕事はいいのかい?」
迷宮からウルを連れ出して詐欺同然の罠にかけたレンリが聞くのもなんですが、果たして問題はないのでしょうか?
『お仕事は大丈夫なのよ? こうしている今も別の我が、っていうか迷宮が本体なんだけど、ちゃんとやってるし。それに、愛があれば歳や種族の差なんて些細なことなの!』
「う、うん、そうかい……まあ、がんばりたまえ」
『うん、がんばるの!』
どうやら問題はなさそうです。
……色々な意味で。
ここにいる子供姿のウルはあくまでも無数に存在する化身の一つであり、本体である迷宮の意向がどうなのかはこの場では不明ですが、恐らくシモンに「帰れ」と言われるまでは付いてくるつもりなのでしょう。
◆◆◆
大陸横断鉄道の駅がある街の南端からすぐ近くに、目的地である騎士団の学都本部があります。レンリにとっては、この街に到着した初日に手配書作りの証言をして以来の訪問です。
ちなみに、ここ最近訓練に参加している学都方面軍の訓練場はここから更に東。騎士や兵が生活する寮のすぐ隣にあります。
「ここに来るのは二度目だね」
『お姉さん、前にも何かやったの? さあ、キリキリ吐くの!』
「ははは、前にもとはなんだい。こんなにも善良な一般市民を捕まえてさ」
『むむっ……我、知ってるのよ。自分で自分を「善良」とか「正義」みたいにいうヒトは、だいたいお腹の中は真っ黒だって。前に主神様に教えてもらったの』
騎士団本部の建物に入ってからはウルは自分の足で歩いていますが、案内されて進む間もずっとこの調子でレンリと仲良くジャレ続けています。
本人たちは否定するかもしれませんが、雨降って地固まった効果か、この二人意外と相性がいいのかもしれません。
その調子で建物内を進み、階段を降りて辿り着いた先は地下二階にある独房区画。
独房は鉄格子と石組みの壁に囲まれた厳重な造りで、中には簡素なベッドとトイレがあるのみ。脱走は、転移術を使える高位の魔法使いでもなければまず不可能でしょう。
ほとんどの房は無人のようですが、時折、焦点の合わない目で見てくる薬物中毒者や、延々と呪詛を呟く呪術師らしき者もいて、人一倍肝の太いレンリやウルも思わず軽口を止めて神妙にしてしまうような陰鬱とした空気が満ちていました。
『ここ、なんだか怖いの……』
「別にそなたは上で待っていても良かったのだが……っと、ここだ」
ウルが怯え始めたタイミングで、ちょうど件の容疑者の入っている房の前に到着しました。
独房区画の最奥というだけでなく、ここにだけ通常の見回りとは別に付きっ切りで見張りがおり、中にいる犯人を決して逃がさぬという意気込みが感じられます。
「団長、お疲れ様です!」
「奴の様子はどうだ?」
「はっ、それが相変わらずの調子でして……そちらのお二人が証人ですか?」
シモンの到着に気付いた見張りの兵が、独房の中からは見えない位置に移動して現状報告を行いました。とはいえ、ここまでの取調べでは目立った成果は出ていないようです。並みのチンピラなら震え上がってベラベラ喋りそうな強面の兵が、すっかり疲れ切っていました。
「ここからは俺が当たろう。終わったら呼ぶから、それまで上で休んでおくがいい」
「はっ、では失礼します」
見張りの兵がそそくさと立ち去り、それと入れ替わる形でシモンと、証人であるレンリ、オマケのウルが房の真正面に立ちました。
独房のベッドに寝転び、鉄格子に背を向けていた容疑者の男は、気配で見張りが交代したのを察したのか……、
「ん、新しい見張りの人かい? はっ……この匂いは女性……! いやぁ、ダメ元で『ちょっとSっ気のある年上の巨乳美女じゃなければ何も話さない』とは言ったけど、まさか叶えてくれるとは最近の騎士団はサービスいいねぇ……おや?」
どうやら匂いだけで女性が来たと判断した男、絶賛拘留中のラックは、無気力に寝転んでいたのが嘘のような勢いで振り向いて立ち上がりましたが、
「……チェンジで!」
「うわ、気持ち悪い……っていうか、失礼だな!」
『あのお兄さん、キモいの……』
とても気持ち悪い言動によって、初っ端から思いっ切り引かれてしまいました。