お祭り本番:続・武術大会予選
「おーい、勝ったぞ……あれ?」
予選を勝ち抜いたルグが観客席の仲間のところへやって来ると、そこにはレンリ達以外の意外な人物がいました。
「やあ、本戦進出おめでとう。僕もレン達と一緒に試合を見させてもらったよ」
「あ、どうも、感謝っす。えっと、レンの叔父さんは試合見物で?」
そこにいたのはレンリやウルの居候先の家主であるマールス氏。
植物に関係する魔法の研究で有名な、学都でも名士として知られる人物です。
「ああ、叔父様なら見物じゃなくて運営側だってさ」
「うん、実はそうなんだ。前々からウル君に協力してもらって研究してた技術がようやく形になってきてね。ところで、ルグ君はさっきの試合で怪我はしなかったかい?」
「はい? えっと、なんとか無事でしたけど……」
やや唐突な話題の転換にルグも首を傾げてます。
知り合いの身を案じている、とも違う様子。幸い、苦戦はしたものの怪我らしい怪我はしていなかったルグは、そのことを正直に伝えました。
「そうか、それは残念。せっかく実験できるチャンスだったんだが。なに、まだまだデータ取りの機会はいくらでも……ははは、ちょうど手頃な怪我人が出たようだ。ちょっとそこで見ていたまえ」
「え、ちょっ」
マールス氏は観客席と競技場の間の仕切りを跳び越えると、すでに予選の第二試合が始まっている武舞台へと駆け寄って行きました。ルグ達が止める間もありません。
比較的怪我人も少なく穏当に終わった第一試合に比べると、第二試合はずいぶんと荒っぽい展開になっているようです。殺したら負けというルールがあるため最後の一線は守られていますが、場外には打撲や切り傷、魔法攻撃による火傷など負った敗者が早くも山積みになっていました。
「痛ててて! 骨が……」
「おやおや、腕の骨折だね。ふむ、少し触らせて貰うよ? なるほど、細かく砕けた骨の破片が神経や血管を傷付けてしまっているようだ……が、安心したまえ!」
「は、ちょっ、アンタ何を!?」
素早く診断を終えたマールス氏が懐から植物のタネらしき物を取り出すと、なんとそれを負傷者の傷口へとズブリと埋め込んでしまったのです。相手が抵抗する間もない早業でした。しかも、それで終わりではありません。
「はっはっは、安心したまえ。僕は大会の運営側にボランティアで協力しているリングドクターだからね。でね、ここからが面白いところなんだ。埋め込んだ種にこの試験管の成長促進剤を振りかけるとだね」
続いて取り出した試験管の中の極彩色の薬品をタネを埋め込んだ傷口に注いでいくと、ようやくその行動の真意が明らかになりました。
「あれ、折れた腕が動く……?」
「うんうん、それは良かった。肉の中に張った無数の根が元の神経や血管の代わりをしてくれるのさ。こうして術者が細かい調整をする必要はあるけど、折れた骨も元の位置に戻した上にちょっとやそっとではズレないように巻き付いて補強してくれるのだよ。何時間か安静にしておけば、今日のうちには違和感もなく動かせるようになると思うよ」
これがマールス氏がウルの肉体を解剖して、隅々まで調べることで実現したという研究結果。迷宮の化身が身体を動かす仕組みを医療方面に応用して開発した新技術でした。人間の魔力や体液を吸って育つ寄生植物の品種改良を根気強く繰り返し、怪我や病気の治療に応用できるようにしたのです。
肉の中に張られた根が神経や血管、筋繊維の代替としてそのまま機能し、元の器官が回復する頃には外科手術で摘出する手間もなく自然と分解・吸収される。また本人の体液を栄養源として育つためか拒絶反応の心配も無用……と、それだけ聞けば一切のデメリットがない夢の医療技術のようにも思えますが。
「へえ、もうほとんど治っちまったみたいだ。スゲェ医者だなアンタ……ん? ぎゃあぁぁぁ! 死ぬほど痛ぇぇぇぇ!?」
「はっはっは、そりゃあそうさ。無数の根が肉にズブズブ食い込んでる上に、砕けた骨を力尽くで元の位置に戻してるんだもの。残念ながら麻酔の類は根の成長を阻害するから使えなくてね。おっと、痛すぎて気絶しちゃったかな? うーむ、この辺は今後の課題だね」
治療を受けていた選手は複雑骨折の痛みを大幅に超える激痛で、全身の穴という穴から汁という汁を垂れ流しながら気を失ってしまいました。特にズボンのあたりが見るも無惨な状態になっています。
その様子を満足そうに見届けたマールス氏は治療の観察結果を手早く手帳に記すと、ニコニコと笑顔を浮かべながら他の選手達へと目を向けました。
「あははは、怯えることはないさ。農家の放牧中に怪我をした家畜とか、あと迷宮の魔物なんかを相手に動物実験は山ほど繰り返しているからね。いやぁ、人体実験が合法的に、それもこんなに沢山できるなんて嬉しいなぁ。こういう大会に出る人達なら体力も人一倍だろうしね。スタッフの枠に入れてくれた伯爵閣下には感謝しないと」
「ひっ!」
「く、来るな、このイカレ野郎……なっ、動けねぇ!?」
「こっちもだ、足に何か絡まってやがる!? や、やめ……ぎょぇぇぇ!」
負傷して治療待ちだったはずの選手達は必死にマールス氏から逃げようとしますが、軽傷のまま場外負けになった一部を除き、ダメージで鈍った身体では素早く逃げることも不可能。
ついでに、いつの間にか発動していた植物魔法で地面のあちこちから生やしたツタを素早く伸ばし、場外に出た選手のほとんどを拘束していました。たかがツタといっても魔力で強化されたそれは鋼鉄の鎖に勝るとも劣らない強度を誇ります。おまけに頑張って一本や二本を千切れたとしても、その間に十本二十本と新たに絡みついてくるのです。
暴力的なイメージとはかけ離れた温厚な紳士といった印象のマールス氏ですが、実は選手としてこの大会に出ても上位に入れるくらいの実力があるのかもしれません。
「ははは、魔物で実験した時はちょん切れた脚も繋がったからヒトでも試してみたいなぁ。そうそう、筋肉や神経用とは別のタネも色々用意してるんだ。四肢だけじゃなくて破損した臓器の代替としてもちゃんと機能するか確認しないとね。まだ残ってる選手諸君。そんなわけで大怪我しても簡単には死なないと思うから安心して戦ってくれたまえ」
こうして哀れな負傷者達は次々とマールス氏の手にかかり、悲鳴と共に次々と健康体にさせられていくのでありました。さて、そんな阿鼻叫喚の地獄絵図を眺めていたルグやレンリ達はというと……、
「マトモそうに見えるけど、あの人もやっぱりレンの叔父さんなんだなぁ……」
「おや、それは心外だね。私はもっとマトモ寄りだと思うんだけど?」
「いやいや、どのツラ提げて言うんだよ。鏡見ろ、鏡。お前の一族、話に聞く限りだと今のところ驚異のマッド率100%だろ。いやもう驚異というか脅威だわ」
「えぇ~?」
……などと呑気に話しながら、他人のフリをしていました。
◆◆◆
さて、続く第三試合は前の試合とは打って変わって実に静かなものでした。
試合開始のゴングから僅か二秒後、武器を構えた選手達が急に意識を失ってその場にバタバタと倒れ始めたのです。ライム一人だけを残して。
「ぶい」
リング外でウキウキと次の負傷者を待ち構えるマールス氏にとっては残念ですが、誰一人として怪我らしい怪我もしていません。ライムは超音速のフットワークと秒間十回を超える空間転移の合わせ技で素早く連続移動し、他の選手全員の顎先を手加減した掌底で打ち抜いて脳震盪を起こさせたのです。
「ん?」
が、なかなか決着を告げる実況の声が聞こえません。
それもそのはず。やっていることがあまりに高度かつ高速すぎて、そもそも何が起きたのかを把握できた人間が実況や審判含めほとんどいなかったのです。
『お~! エルフのお姉さん、また腕を上げたみたいなの』
「お、おったまげたべ。ほとんど影しか見えねがった……都会の娘っ子はあんな強ぇんだなぁ……」
ごく一部、ライムの動きが見えた者もいるにはいましたが例外でしょう。
娯楽の見世物としての意味合いも大いに含む大会でのこのような展開は、いくらレベルが高かろうが塩試合もいいところ。会場内の空気もヒエヒエです。観客もただただ困惑するばかりで、前二試合でそれなりに盛り上がっていたはずの会場はシーンと静まり返ってしまいました。
『え~、会場の皆様お待たせしました……審議の結果、予選第三試合の勝者はライム選手一人となります。ええと、本戦進出おめでとうございます?』
その後たっぷり三分間ほど経過し、審判団による審議結果を伝えられた実況がライム一人だけの本戦進出を宣言して第三試合は終了。本来は上位二名進出のルールですが、この状況では仕方のないことでしょう。
「むぅ」
それにしても、せっかく張り切って勝利したというのにこの反応の薄さ。
ライムは不満そうに頬を膨らませるばかりでした。
◆◆◆◆◆◆
《オマケ・モモ》




