お祭り本番:武術大会予選
「おっ、これはイケるね。ルカ君も一本どうだい?」
観客席の最前列に陣取ったレンリ達は、応援もそこそこに買い込んだ屋台料理に舌鼓を打っていました。ルカだけはまだ予選の第一試合が始まる前から心配そうに試合場を眺めていたのですが、次から次へとあれこれ勧めてくるレンリやウルを前にしては、ずっと緊張感を保ち続けるのも難しいようです。
「あっ……これ、おいしいね……キノコ?」
「素材の味って言うのかな。シンプルな調理法だけど、なかなか悪くないだろう」
『そっちが気に入ったなら、こっちもオススメなのよ。同じお店で買ったの』
キノコの串焼き。マッシュルームに似た一口サイズのキノコを串に刺し、焼き鳥のように炭火で炙って塩を振っただけの単純な料理ですが、これが案外オツな味。噛み締めると芳醇な旨味の汁がじゅわりと溢れてきます。
続いてウルがオススメしたのは一口サイズのサイコロステーキ、ですが獣肉ではありません。こちらは先程とは別種の大ぶりなキノコを、バター醤油で焼いて食べやすいようにカットしたキノコステーキ。察するに、その屋台はキノコ料理専門の珍しい店なのでしょう。食べ歩きしやすいようにか、使い捨ての木製フォークが付いていました。
「うん、そっちもイケる。ウル君、なかなかの屋台選びのセンスだね」
『ふっふっふ、まあそれほどでもあるの。あ、また次のを持ってきたのよ。ありがとなの、我。どういたしましてなの、我』
先程の品をちょうど食べ終えたタイミングで、今度はハチミツを果汁で割ったジュースを両手に持ったウルが観客席までやってきました。ウルは自分自身を何人も増やせるという特技を生かして、こうして観戦場所を確保しながら同時に買い出しもしているのです。今飲み物を持ってきた以外にも、他にも何十人ものウル達が学都のあちこちで動き回っています。
「あ……もう、始まるみたい……」
「おや、第一試合とはクジ運が良い。勝っても負けても本戦前までにあちこち回れそうだ」
『もうっ、そんなイジワル言わないの』
さあ、いよいよ選手達が会場入りしてきました。
抽選の結果、ルグもこの第一試合に振り分けられています。
色々な用途に使える運動競技場ですが、本日は運営側の魔法使いの手によって直径五十メートルほどの円型の石舞台が設けられていました。誰もいない時はかなりの広さに見えましたが、予選に出る選手達が二十人も乗ると一気に狭苦しく感じられます。
試合のルールですが、選手は高さ一メートルほどの舞台から落下するか、攻撃を受けて気絶するか、大きな声で降参するかしたら敗北。他にも、見るからに大きな怪我をしてドクターストップがかかったら、いかに戦意をアピールしようと敗北。他の選手を殺したら敗北。判定の際の基準など細々としたルールは他にも幾つかありますが、このあたりさえ抑えておけば戦うのにも観戦するのにも支障はないでしょう。
円型の石舞台のどこで試合開始を待つかは自由ということになっていますが、中央付近では周囲の選手から一斉に攻撃を受ける恐れがありますし、かといって円の端に立っていては場外負けのリスクが高まります。
まだゴングが鳴る前ですが、こうした試合前の位置取りから既に勝負は始まっているということなのでしょう。ちなみにルグは、他の大柄な選手の影に隠れて見えにくいですが、レンリ達の席のちょうど反対側あたりの円の端に陣取っていました。
「ルグ君、頑張って……」
「うん、まあ大丈夫じゃない? 今回ルー君に渡した魔剣はなかなかの……っと」
まだレンリが言葉を言い終える前でしたが、カーンとゴングが打ち鳴らされ、予選の第一試合が始まりました。
◆◆◆
そして早くも予選一回戦は佳境に入りました。
序盤の混戦は小柄なルグには有利に働いたようです。
本人的には素直に喜んでいいのか微妙なところでしたが、近くにいた大柄な選手達の身体に隠れて他の連中から見えにくくなっており、ほとんど狙われることがなかったのです。
が、そうして有利に立ち回れたのは人数が多かった最初だけ。数分も経つ頃には残り人数も半分を割っており、嫌でも生き残り同士警戒しなければならなくなります。
「おお……っらぁ!」
「ぐぉ!?」
ですが、そんな状況でもルグはまだほとんどダメージもなく残っています。
今も重厚な全身鎧を纏った戦士の兜に剣を叩き付けてよろめかせ、その隙に鎧の腹を強く押すように足裏で蹴りを入れると相手は転倒。その際に脳震盪でも起こしたようで完全にノビてしまいました。
「ふぅ……っと、もう一息!」
こうして勝利したのも束の間。
大勢が一斉に戦うバトルロイヤル形式では、敵に勝利して気が緩んだ瞬間こそが最も危険なのです。ルグが一呼吸の間に気を引き締め直すと、残りの選手達へと目を向けました。
この時点での残りはルグを含めて四人。
うち二人は顔に見覚えのある学都のベテラン冒険者。
もう一人は見覚えのない騎士風の金髪美青年。ルグにはじっくり観察する暇はありませんでしたが、先程まで一度に三人に狙われていたのに一歩も引くことなく正面から打ち破った強者です。
前二者はすでに熾烈な鍔迫り合いの真っ最中。そこに下手に割って入って注意を引くのは、両者から狙われる可能性を考えると上手い手とは言えません。
ルグの次の相手は後者の美青年剣士になりそうです。予選では各グループ上位二名ずつが本戦出場となるため、恐らくこの相手を倒せば勝ち残りとなるはずです。相手も同じように判断したようで、ルグと目が合うや一気に間合いを詰めてきました。
「ふははははっ、悪いが少年! オラは……じゃなかった、私はこの大会で好成績を残して仕官の口さ手に入れるんだべ……ではない、手に入れるのだ! 早々に決着を付けさせてもらうべ!」
「お、おおっ!?」
さてルグと一対一で戦い始めた美青年氏ですが、これがなかなかの強者。
主に迷宮で魔物相手の戦闘経験を積んできたルグと違い、対人特化の剣術使いといったところでしょうか。こうした遮蔽物のない試合場での戦いでは、両者の戦闘スタイルの差による有利不利は決して無視できない要素となります。
「貧乏騎士の五男坊なんかじゃ嫁も取れねぇ。オラぁ、この大会で有名んなって都会でビッグな夢さ掴むんだべ!」
「アンタ、いきなり口調崩れてるぞ……っと、言ってる内容の割に強いな!?」
「当ったり前ぇだ。オラんとこの村じゃぁ、オラも上の兄ちゃん達も毎日毎日畑の世話ぁすっか棒切れ振る以外なーんもやることが無がったんだ。嫌でも上達すっべ!」
気合が乗り過ぎているためか、ついつい口から漏れ出る言葉に緊張感が削がれてしまいそうです。容姿だけ見れば王都あたりの社交界で数々の浮名を流していても不思議のないハンサムなのですが、どうも色々な苦労があるようで。
が、剣の腕前は本物です。
流れるように繰り出される突き、薙ぎ、払い。
いつの間にやらルグは防戦一方の展開に追い込まれてしまいました。
「うおおおっ! 観客席の娘っ子達、オラの活躍さ見ててけれ! いやぁ、それにしても都会の娘っ子はみんな垢抜けててめんこいべ~」
『おーっと、エントリー番号一七番のペッカー選手、凄まじい気迫だ! 相手のルグ選手は必死に守りを固めるもジリジリと舞台端へと追い込まれている。これは一方的な展開になってきた。それはそうとモテたいなら黙ってたほうが良いと思うぞーっ!』
残り人数が少なくなってきたからか、選手の名を呼んでの実況も開始されたようです。美青年氏改めペッカー選手への的確なツッコミに、会場中からドッと笑い声が上がりました。
しかし無駄口を叩きながらも油断も隙もありません。
正統派の隙のない剣術は守りが堅く、迂闊に無理な攻めを仕掛けたら即座に体勢を崩され反撃を喰らってしまいます。かといって受けに回るばかりでは、実況の言う通りジリ貧になるのは確実。地力で負けている以上、ルグが逆転するには策が必要です。
まず体格で負けているルグが力押しで逆転するのは現実的ではありません。
スピードで翻弄しようと思って繰り出した縮地法による踏み込みからの縦斬りは、素早く迫る刀身の腹を横からそっと押すようにして、ほとんど抵抗なく受け流されてしまいました。刃同士を強く打ち合わせて剣が折れたり刃毀れさせないための工夫でしょう。
流石にシモンは別格としても、同じような芸当をできる剣士がこの街に他に何人いることか。気合が入り過ぎるあまり口から正直な欲望が漏れ出てしまっているのが玉に瑕ですが、間違いなくこの大会全体で見ても上位に入る実力者です。
「……はぁ、仕方ないか」
そうとなれば取るべき手段は限られています。
正直なところルグとしては気が乗らない方法、できれば純粋な剣技の腕で勝ちたかったのですが、もはや贅沢を言っていられる状況ではありません。ルグは背中側へ、場外ギリギリの舞台端に跳んで彼我の間合いを広く取ると、構えた魔剣に魔力を込めていきました。
『ルグ選手いよいよ崖っぷちに追い詰められたーっ! だが、何やら妙な構えを取ったぞ? このまま場外負けか、それとも奇跡の大逆転があるのか――――』
「そんなモンあるはずねぇべ! さあ坊ンズ、よぉ頑張ったけんどこれで終わ…………んぎゃあぁぁぁ!?」
突如、相手のペッカー選手が悲鳴を上げて蹲りました。
そればかりか剣を手放して両手で顔を抑え、ゴロゴロと転げ回っています。流血は見られないので顔に大きな傷を負ったというわけではなさそうですが、明らかに尋常の様子ではありません。
そもそもルグの攻撃は当たっていませんでした。
というか、剣の切っ先を向けてはいたものの剣を振ってすらいません。刃が皮膚に触れてすらいないのに、向かってきた相手がいきなり倒れたのです。
「いや、なんか、本当すんません。でもまあ、一応勝負なんで」
「ぎえっ!?」
倒れたペッカー選手をルグが蹴る、というより足でグイと押し出すようにして場外へ落として決着。ちょうど離れた位置で戦っていた残り二名の勝負も付いたところのようです。各グループ上位二名が本戦に残るルールのため、予選第一試合はこの時点で決着となりました。
「あー……もしもし、聞こえてます? えっと、この剣を作った奴によると、ほっといても何分かすれば勝手に治るらしいんで」
「……だ、だべ」
「あ、そうだ。俺自身は全然権限とかない部外者なんで結果までは約束できないけど、学都で仕事探してるんなら騎士団の偉い人知ってるんで紹介します? いや、なんか申し訳ないんで」
「マジだべ!? ふっ、都会の人情が身に染みるべ……」
かくしてルグは見事に……いえ、見事かどうかはやや怪しいものの、どうにか予選を突破。本戦への勝ち残りを決めました。ついでに後日ルグからの紹介でシモンと面接と試合をしたペッカー氏はその腕前と裏表のない人柄を気に入られ、騎士候補生として念願の就職を果たしたのでありました。




