お祭り本番:開始
ウル達が逃げ出してから二時間ほどが経ちました。
「ふぅん、今朝はやけに暖かいと思ったらそんなことがあったのかい」
寝ぼけまなこでウルから今朝のトラブルについて聞いていたレンリは、さして驚くでもなく呑気に欠伸をしています。ちょっとした弾みでちょくちょく滅亡しかけることに定評のある学都。眠っている間に街が焼け野原になりかけていたと聞いても、いまさら大した動揺はありません。
「その滅亡未遂も半分近く、いや六……八割くらいは身内か顔見知りのやらかしだしね。よくある、よくある」
『困ったことにまったく否定できる気がしないの』
近隣一帯が経済的に破綻しかけたとか、住人全員が洗脳されて頭がハッピーセットになりかけたとか、そういう変化球を未遂のうちに加えても、ますます身内のやらかし率が高まるばかり。無駄に滅亡未遂のバリエーションが豊富です。幸いほとんどの事件は隠蔽に成功しているので、それだけ頻繁に街が滅びかけていると認識している人間が多くないのが一応の救いでしょうか。
「まあ、そんなことはいいとして」
辺り一面焼け野原になりかけたのを「そんなこと」で流すのはどうかと思われる向きもあるかもしれませんが、レンリの関心はもうそちらを向いていないようです。
「今日はいよいよお祭りだからね。あちこち巡って楽しまないと」
『それもそうなの! 我のスケジュールはもうビッシリなのよ』
なにしろ本日はいよいよ待ちに待ったお祭り当日。
関係者のコネで事前にいくつかのスポットを巡ったとはいえ、まだまだ見ていない場所が大多数。今日だけの特別メニューを出す食べ物屋や、イベント事も盛り沢山です。きっちり計画を立てて効率的に回らなければ、とても楽しみ切れません。
「たしか開会と同時に大きな花火が打ち上がって、それを合図に営業だのイベント受付だのがスタートする段取りだったね。伯爵さんの開会式の挨拶やらは、まあ、つまんなそうだしスルーでいいか」
『ねえねえ、ルグお兄さん達と待ち合わせしてるって言ってなかった?』
「おっと、いけない。今日は会場前で落ち合う約束だったね。そろそろ出たほうが良さそうだ」
いつものレンリならここから二度寝や三度寝に突入することもある時間ですが、今日ばかりはすっかり目も覚めています。今日という日を最大限楽しむべく、レンリとウルはいつもより明るく賑わう朝の街へと飛び出していきました。
◆◆◆
「やあ、ルー君。これ全部参加者かい? これはまた随分と集まったものだね」
そうしてレンリとウルが向かったのは、新市街地に出来たばかりの巨大な運動競技場。そこで首尾よくルグやルカと落ち合えたまでは良かったのですが、周りを見れば人! 人! 人!
まだイベント参加受付の開始前だというのに、今日のイベントに出場すると思しき人々で入場口付近はごった返していました。それもただの民間人ではなく、剣や槍など携えていたり、重そうな全身鎧を着込んでいたり、鍛えられた筋肉を誇示するかのような半裸姿だったり。なんとも暑苦しい光景です。まあ、『武術大会』の受付ともなれば無理もないのかもしれませんが。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……と、大雑把にカウントした感じだと今の時点でも二百人くらいはいそうだね。これを一日で予選から本戦まで全部やるとなると運営も大変そうだ」
「ルグ君……け、怪我しないように……ね」
「ああ、危なそうなら棄権するから大丈夫だよ。ルカ、応援よろしくな」
レンリ達が真っ先にこの会場を訪れたのは、この武術大会にルグが出場したいと言ったからです。優勝賞品として事前に告知されていた業物の魔剣や、なかなかの額の賞金も魅力的ではありますが、ルグの主目的は力試し。普段戦えないような強者達を相手に、自分の成長具合を知ることが最大の目的でした。
武術大会は大まかに予選と本戦に分かれています。
最終的な参加人数によって多少変動するものの、一グループ当たりおよそ十五から二十人くらいずつのバトルロイヤル形式で戦い、最後まで勝ち残った各グループの上位二名ずつが本戦へと進出。試合の制限時間をオーバーした場合は、その時点までの試合内容を見て審判団による判定で決着とします。
また本戦では通常の格闘試合などでよく見られる、一対一のトーナメント形式での進行となるようです。予選終了後から本戦が開始される正午までの間に本戦出場者へのインタビューなども行われ、実況による紹介もされるとか。そういったルールや段取りについては、数日前から新聞や街中の掲示板によって広く告知されていました。
「ま、なんとか本戦に出るくらいはしたいかな」
景品の豪華さに釣られてか思ったより多くの参加者が集まってはいましたが、この予選の試合形式なら組分けのクジ運次第で、有力選手同士が早い段階で潰し合って番狂わせが起きる可能性も大いにあります。ついでに今日のためにレンリが用意した秘密兵器もありました。これならルグにも勝ち抜ける目は十分にあるでしょう。
「じゃ、ルー君。なるべく頑張って準優勝を目指してくれたまえ」
「う、うん……準優勝でも……すごい、よね」
「ああ、まあ、うん。そうなるよな……」
どうせなら目指すは優勝!
……とは誰も言いません。
もっとも、それも無理のないことでしょうが。
「ん。おはよ」
殺気だった男達の群れがその少女を前にすると自然と道を開けました。
別に彼女が意識して周囲を威圧しているわけではありません。
ですが、この街を拠点に活動している冒険者であれば彼女を知る者は少なくありませんし、事前知識がなくとも一定以上の使い手であれば隙のない立ち居振る舞いや、底知れぬ魔力量から計り知れない実力を読み取ってしまえます。
結果、何も分からずにいるのは出場者の中でも力量が劣る未熟な者ばかり。そういった者達も、見るからに自分より強そうな連中が動くのに合わせて、訳も分からないまま一緒に道を開けていました。
「がんばる。がんばれ」
「あ、うっす。お手柔らかに」
「ん」
こうしてライムが到着した直後、ドンドンドーン、と大きな音が連続して街中に響き渡りました。空を見上げればカラフルな花火があちこちで打ち上げられています。
開会の合図でもある花火に続き、どこからともなく楽しげな音楽――伯爵の雇った音魔法使いが街中に生演奏の音を届けているようです――も聞こえてきました。
それを待っていたとばかりにあちこちの屋台や出し物も一斉に呼び込みを開始。調味料に漬け込んだ肉がジュウジュウと焼ける音や、フルーツやハチミツをふんだんに使った甘味の匂いが漂ってきて、嫌と言うほど食欲を刺激してきます。
お小遣いを握り締めた子供達が先を競うように目当ての屋台に駆けていき、家族連れや恋人達がどこへ行こうかと楽しげに相談しながら歩き回り、パトロール中の衛兵達はそんな人々の様子をにこやかに見守っています。きっとこの競技場前だけでなく、学都中の至るところで似たような光景が広がっていることでしょう。
さて、早速屋台巡りといきたいところですが、お祭りの開始に合わせて武術大会の受付も始まっていました。グズグズ買い食いなんてしていたら受付を締め切られてしまいます。競技場の係員が手際よく出場希望の行列を捌き、グループ分けのクジ引きが済んだ者から早くも会場入りしていました。
進行表によると遅くとも三十分後までには予選の第一回戦を始めなければならないため、のんびりしてはいられません。選手によっては装備の最終点検やウォーミングアップに費やす時間も必要でしょう。
「じゃあ、私達は観客席で応援しているよ。ルー君はなるべく長く勝ち残って新しい装備の実戦データを集めてくれると嬉しいな。あとライムさんは優勝賞品の魔剣を貰ったら譲ってくれない? ちゃんとお金は払うからさ。あそこの工房の作品は予約が何年も先まで埋まってて滅多に市場に出てこないんだよ」
「はいはい」
「ん。シモンが要らないって言ったら可」
そうして出場する二人と別れたレンリとウルとルカは、付近の屋台でたっぷり買い込んだ軽食や飲み物を抱えて競技場の観客席へと向かいました。
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《オマケ・ウル》




