バーニング・ウルと炎上未遂
……とまあこのように、太陽と見まがうような巨大な火球と化したフレイヤと、それを迎撃すべく跳び上がったウルが激突しました。時刻はまだ日が明けるか明けないかといった早朝。まだ眠っている人も多いというのに、なんとも迷惑な話です。
で、その無駄にハイレベルな戦力同士の衝突の結果はというと。
「……ふふふ、強くなったねウルちゃん……がくり」
『歌のお姉さんも強かったの。でも、それは間違った強さだったのよ。主に時と場所とかを間違ってたと思うの。すっごく近所迷惑だったから……』
なんと、結果はウルの大勝利。
両の拳を突き出す形で突撃を敢行し、見事に大火球を貫きました。
まあフレイヤは身体を貫かれて爆発四散した火の粉の状態からでも平然と復活していましたが、それでも先程までの熱エネルギーは大半が失われていました。今は二人して地上に降りて謎の小芝居を繰り広げています
街中の気温は秋頃の早朝だというのに真夏並みの暑さになっていましたが、これくらいなら数時間も経てば自然と元の気候を取り戻すことでしょう。少なくとも、地域一帯がうっかりミスで消し炭と化す心配はもうないはずです。
「いや、でもホントびっくりだよ。すごい強くなったね、ウルちゃん! それともしばらく修業とか戦いとかしてなかったから、アタシのほうが弱くなったのかな?」
『ふっふっふ、その心配は要らないの。ただ、我がちょっと天才すぎただけっていうかー』
しかし、何故ウルは勝てたのでしょう?
以前にも何度か燃やされていた通り、これまでのウルは力量差というより相性の問題でフレイヤに手も足も出ませんでした。身体の一部、あるいは全部を植物や動物へと変化させて戦うウルにとって、鉄をも蒸発させる炎は実に厄介な相手だったのです。
たとえば熱に強い生物、火炎の息吹を吐く竜であるとか、火山の火口を寝床にする火龍などを模して耐熱性に優れた鱗や体組織へと肉体を変化させても、まだ不足。並の魔物や魔法使いが操る炎くらいなら焦げ跡すら付かないほどの頑丈さでも、フレイヤの炎には通じません。
今でこそ世界の歌姫ですが、彼女の前職は魔王軍の大幹部。
一人一人が国家と戦争できるほどの実力を有する四天王の中でも、こと戦闘力においては随一とされていたのです。いくらマグマだろうとフレイヤにとってはぬるま湯同然。溶岩そのものが意思を持って動き出したようなスライムやゴーレム、またそれらを捕食するような竜種であろうと、まとめて焼き尽くしてしまえます。
つまり、他の生物を模す限りウルに勝ち目はないのか。
いいえ、そう断じるのはいささか早計というものです。
何に変身すべきかは、慎重に考えねばなりませんが。
まず前提として、保有するエネルギー量の桁が違う魔王のような存在に変身しても、そのふざけた頑丈さまではコピーできません。勇者達やシモンなら「熱さ」そのものを斬って周囲への影響を無効化できるかもしれませんが、ウルにそんな器用な真似はできません。高度な魔法力のコントロールで強制的に相手を炎から生身の状態に戻すことも無理。いくら使い手の姿をそっくりそのまま真似たところで、彼ら彼女らが使う技術まで扱えるようにはならないのです。
しかし、そもそもそんな器用な真似をする必要などなし。
ウルの知る再現可能な生物の中にも、フレイヤの超高熱に耐え得る生物がちゃんといたのですから。それも、すぐ目の前に。ウルは激突の直前にそのことに気付き、フレイヤの属する火精という種族の体質を、限りなくゼロに近い刹那の時間で解析して自らの身体で再現。そして同種の能力者同士の激突へと持ち込んだのです。
これほどの速度でコピーに成功したのは、すでに迷宮としての覚醒を果たしていたからこそ。単純な情報処理能力も、ただの迷宮であった時に比べると格段に成長しているのです。そうでなかったら発想に行動が追いつかず今回もこんがり黒焦げになっていたでしょう。
こうなれば炎の身体同士、条件は互角。
あとは単純に衝突時の速度の差が勝敗を分けました。速度で大きく上回っていたウルが押し勝ち、そしてこの結果に繋がったという次第です。
『ふっふっふ、自分の才能が怖いの』
ウルは覚えたばかりの肉体を炎と化す能力で、手足を順に炎に変えてみたり戻したり、はたまた指先から線香花火のように火花を散らして見せたりとあれこれ試しています。早くも能力を使いこなしている様子。
これで今後は火炎の類は弱点どころか熱エネルギーを吸収して新たな活力源に。オマケにほとんどの物理攻撃は炎になって無効化することもできるでしょう。他の生物への変身と併せて同時に使えば色々な応用法も考えられます。棚ぼた的な結果ではありますが、どうやらウルは一気に戦力アップを果たすことになったようです。
「へー、ウルちゃんすごい!」
『いやぁ、それほどでもあるの! もっと褒めるの!』
「そうだ! 迷惑のお詫びってわけじゃないけど、意識して見れば真似して強くなれるなら、ウルちゃんに魔界にいるアタシの知り合い紹介しよっか? 雷精とか光精の女の子とか、闇精のお爺ちゃんとか。あとは山より大きくなれる巨人のおいちゃんでしょ。それから、吸血鬼の人達は一族でどこか引っ越したんだったっけ? まあ、いいや。今どこに住んでるか知らない人もいるけど、住所は魔王さまに聞けば分かると思うし!」
『ふっ、光と闇とあと色々が合わさって我がますます無敵になってしまうの! そうだ、我も魔王様やアリス様に目ぼしい知り合いがいないか聞いてみようかしら? いやぁ、我だけ一気に強化イベント入っちゃって戦力インフレに取り残される妹達に悪い気がするのよ、あっはっは!』
大抵の武術や魔法は一度見聞きすれば簡単に目コピ耳コピした上、瞬時に改良までできる天才の知り合いも少なからずいますが、個人あるいは種族固有の特異的体質に由来する能力を真似できるのは今のところウルだけの特技です。この方向で能力を伸ばしていけば、いずれは全盛期の女神や勇者をも超える実力者になるのも夢ではないかもしれません。
『おっと、いけないの。今のうちから慢心するのは良くなかったのよ、もっと気を引き締めないと。だって我はようやく登り始めたばかりだから、この果てしない最強坂を!』
「頑張ってね、ウルちゃん! あっ、アタシ応援ソング歌おうか?」
『とっても良いと思うの! やっぱり我くらいになると専用BGMの一つや二つもないと。そうだ最強になって有名になった時に備えて、今のうちからサインの練習をしておかないといけないの』
こうしてウルは最強への道を歩み出したのです。
◆◆◆
「……ねぇ、そろそろ話終わったかなぁ?」
『あ』
「あ!」
まあ、最強云々は今はどうでもいいのですが。
今はそれより優先すべきイベントがあるのですから。
せっかくやる気を出したところに水を差すようですが、ウルの強化イベントについて本腰を入れるのは今しばらく、具体的には次章あたりまで後回しにしておきましょう。
さて、一応今はまだ恋愛話のターンが継続中。
すっかり存在を忘れられていたラックが寂しそうに声をかけてきました。
「えぇと、なんていうか二人とも無事で何より、なんだけどさぁ……」
ラックの困惑も無理はないでしょう。
数日ぶりの再会ではありますが、今この場の妙なテンションに晒されて即座に恋愛方向に思考を切り替えるのは無理があるというものです。しかも問題はそれだけではありません。
「こらっ、悪ガキ共! 朝っぱらから騒ぐでねぇ!」
「あれ……ねえ、あの子って歌姫じゃない! サイン貰えないかな?」
「真実かよ! 俺、今日のチケット最前列取ってるんだ!」
「なんだか今日暑くない?」
オマケに先程から大声で騒いでいたせいか、ご近所の皆様や通行人からも大いに注目を集めてしまっています。どうやら有名人であるフレイヤの顔を知っている者もいたようで、その声に釣られてさらにゾロゾロと野次馬が増える一方。まあそもそもの話をすれば、いくら人通りの少ない早朝とはいえ、天下の往来で騒いでいた側に問題があるわけですが。
「隣のチビッ子はさておき、あの男の人は誰かしら?」
「あらぁ、結構イイ男じゃなぁい? 一座の役者さんか、それともマネージャーさんとかかしら? もしかしてフレイヤちゃんのイイ人だったり?」
「もしかして、朝帰り……ってコト!?」
「やあやあ」「なんだか」「この辺から」「スクープの匂いが」「するね。私」「そうだね。僕」「おっと失礼。こちらは」「新聞社の者ですが」「ちょっと取材を。そうだ」「写真も撮らないと」
なにやらマズい流れになってきました。
この状況で周りを気にせず告白など論外。下手をすれば先程のウルとの激突とは別の意味での炎上騒ぎになりかねません。大事なイベント当日だというのに、記者に証拠写真でも撮られたら最悪です。
「あー……フレイヤちゃん、これを」
であるならば、この場合に取るべき選択は一つだけ。
『逃げるの!』
「「「あっ!?」」」
ウルに言われるまでもなく、フレイヤもラックもそれぞれ別方向へと走り出しました。超常の身体能力を持つウルとフレイヤは一瞬で街の外まで、ラックも狭い路地をいくつも通って間もなく記者や野次馬を撒くことに成功。
“今夜零時、ステージ裏で”
別れ際、それだけが簡潔に書かれた紙片をラックがフレイヤに渡していたことには、当の二人以外はウルや他の人々も最後までまるで気付くことがありませんでした。
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《おまけ・フレイヤ(衣装はテキトーです)》




