事件解決
《お祭り一日前》
「へえ、そんなことがあったのかい?」
レンリはルグやルカを引き連れて奈落城を訪れていました。
二人に運ばせた様々な薬品や検査器具などを用いて、幽霊という存在を観測できないか実験してみようと考えたのです。無論、城の主であるヨミと、実験対象である幽霊達本人の許可を得る必要はありますが。
「宝石盗難事件か。そういえばウル君が何か隠してる風な雰囲気があったような」
ですが、研究については一旦置いておくとして。
ヨミとの会話の中で出てきた話題が、昨夜解決した宝石盗難事件です。
極秘捜査であったために、シモン以外は数人の騎士団員と伯爵と博物館の職員、そして特別に捜査に加わった迷宮達しか事件については知りません。レンリ達も今ここでヨミから聞いて初めて知ったくらいです。
「でも、こうして話したってことは、もう解決したわけだ。ええと、どこまで聞いてたっけ? ああ、たしか、ヨミ君が共犯者の正体を指摘したところだったね」
昨日の捜査について最初から順に聞き、これから共犯の正体について話すところまできたわけですが、口を開こうとするヨミをレンリが片手を挙げて制しました。
「やれやれ、シモン君も私に頼ってくれれば一瞬で片付けてあげたというのに。共犯者だなんて、そんなのどう考えたって一人しかいないだろう?」
名探偵ならぬ迷宮探偵。迷探偵ヨミと同じ答えにレンリも辿り着いたようです。
宝石を盗み出した真犯人に手を貸した共犯者の正体は、
「ヨミ君。キミでしょ」
『是。我。うん、実はそうだったんだよね』
まあ、そういうことだったのですけれど。
◆◆◆
昨夜、劇場艇を訪ねた後のことです。
『発見。報告。どうやら目当ての犯人は博物館の展示室にいるみたいだね』
ヨミが共犯者であると白状した直後。街中の幽霊達の力を借りて、宝石を盗んだ真犯人の居場所を突き止めることに成功しました。これまで何時間も手こずっていた割に随分とあっさり見つかったのは、まあ仕方のないことでしょう。
いくらウルやヒナが超常的な能力を発揮したところで、見えないものは見えないのですから。逆に言えば、見えてさえいれば大した謎でもありません。
「つまり犯人は幽霊ということか。しかし、幽霊がなんでまた宝石なんぞを?」
『皆目。不明。動機については本人に聞かないことにはなんともね。ああ、多分あのお爺さんがそうかな?』
生きている人間が犯人ならば金銭欲など動機の推測もできそうですが、幽霊の身では高価な宝石を売り捌くこともできません。結局、犯人自身に聞かなければ動機も何も分からない。なんとも迷探偵らしい適当さです。
ともあれヨミとシモンと他迷宮達は、散々街を歩き回ってから結局博物館の展示フロアにまで戻ってきました。他の面々には見えませんが、ヨミ曰く、犯人はまだこの場に留まっているのだとか。
「で、ヨミよ。体積的に二択だと思うのだが、頭と腹のどっちだと思う?」
『回答。頭。我も自分で見るまで分からなかったけど十中八九、頭かな。ずっと手で押さえて呻いてるし。いくら死んでるからって、あんなのをずっと入れたらそれは異物感で具合を悪くもするよ』
「ふむ、俺には見えてはおらぬが、おおよその当たりが付いたのなら気配を頼りになんとかならぬこともなかろう。ああ、そこの幽霊殿。聞こえているか? 今すぐ楽にしてやるからな」
ヨミによると、犯人の幽霊は幽霊であるにも関わらず、具合が悪そうに頭を押さえて呻いている様子。幽霊の中には生前の死因や持病の影響を死後も引きずり続ける者もいますが、そういう種類の苦しみ方ともまた違います。いずれにせよ、まともに会話をするためには、その苦しみから解き放ってやる必要があるでしょう。そのためにすべきことは明確です。
「頼むから動くでないぞ……摘出手術だ」
瞬間、シモンが腰に差していた剣を抜き放ちました。
ヨミ以外には彼が何もない場所で素振りをしたようにしか見えなかったでしょう。しかし、その結果はすぐ目に見える形で表れた。いえ、現れました。
皮一枚、シモンが斬った幽霊の傷口から、ゴトリ、と。
人の頭くらい大きなルビーが、いきなり何もない空中に姿を現したのです。
◆◆◆
「へえ、幽霊の手術かい。それは興味深い。私も見たかったな。呼んでくれたら良かったのに」
さて、時系列を翌日に戻しましょう。奈落城の談話室で事の顛末を聞いたレンリは興味深そうに、巨大ルビーの摘出手術の話を聞いていました。
人の頭ほどの巨大なルビー。
より正確には、ウルやヨミ達のような子供の頭くらいの大きさのルビー。
人の頭といっても大きさには多少の個人差がありますが、大抵の大人であれば子供のそれより体積は大きいでしょう。もちろん、だからといって普通は頭蓋骨の中に子供の頭大の物体を隠すことなどできませんが。
『実体化。の。性質。が問題だったということだね。我も普段はあまり城の外に出ないから、自分の力の仕様の違いを正確に把握してなかったというか、する必要がなかったというか』
成り行きではありましたが、一昨日の料理店での一件でヨミの能力は街中の幽霊達に広く知られることとなりました。まあ、それ自体は構いません。構わないと思っていたのですが、ヨミ自身の手の及ばない所で勝手に能力を悪用されるとあってはそうも言ってはいられません。
迷宮外で弱体化したヨミの能力については、
・ヨミが触れた幽霊は一分間ほど実体化できる。
・実体化した状態なら普通の人間にも見える。
・実体化した状態なら食べ物などを飲み食いできる。
大まかにはこのようなものとなります。ヨミの能力というよりは、ヨミによって実体化させられた幽霊の能力と称するのがより正確かもしれません。
そして、これらの性質にはまだ続きがあります。
・実体化した状態で飲み食いした、正確には体内に収めた物体は、霊体に戻った時点で一緒に姿を失う。
・ヨミが触れた幽霊は一分間ほど実体化できる。ただし、それはヨミが触れた時点からの一分間ではない。どのタイミングから一分間のカウントを始めるかは、幽霊側が任意に選択できる。
・ヨミ側が意識しておらずとも、彼女に触れることで勝手にその実体化エネルギーを得ることができる。
・実体化現象は、決して生き返っているわけではない。故に、表面上がいくら普通の人間のようであっても脳や内臓の働きを必要としない。
これらの条件さえ理解したならば、厳重な警備に守られた博物館から展示物を盗み出す程度はわけもなし。霊体の状態で目当ての品の場所まで移動し、宝石と重なり合った状態で実体化。そうすれば大口を開けて飲み込むまでもなく、最初から体内に収めた状態を作り出すことができます。
あとは一分経過した時点で、自動的に宝石は幽霊のような状態へと変質し、自由に持ち出すことができる……という寸法です。
料理の試作に付き合って一晩中ヨミが料理店にいたことを知っていれば、なおかつ試食に付き合う過程でよく観察して能力の条件を把握していれば、実行するのはさほど難しくもなかったでしょう。ヨミは知らず知らずのうちに能力を利用され、言うなれば無自覚な共犯者として手を貸す羽目になっていたというわけです。
「ついでに捕捉するなら、霊体の一部として取り込むのはその幽霊自身が望んだ物に限る、も追加すべきかな。でなければ、宝石を覆っていたガラスケースや台座の一部も人が頭を突っ込んだ形にくり抜かれてしまっていただろうし。ああ、いや、それとも物体の一部のみではなく全体を体内に収めた物のみ霊体化できる、とかかもね」
もっとも顛末を見れば分かる通り、そう上手くはいかなかったようですが。
いくら死んでいるとはいえ大きな異物を取り込んだ犯人は強烈な不快感にのたうち回り、シモンによってルビーが取り出されるまでロクに逃げることすらできなかったのです。
「で、結局動機は何だったんだい? あと犯人の幽霊、っていちいち言うのも面倒だね。名前はどうだったの? どっちも聞いたんだろう?」
『是。回答。それはどっちも一度に答えられるね。あの犯人氏の名前は、宝石大好きジュエルスキーさん』
「誰だい……あ、いや、違うな。なんとなく聞き覚えがあるような」
『是。回答。うん、展示台の横の説明書きにも書いてあったね。あの宝石の前の持ち主だったらしいよ。遺族の人が売った宝石を追いかけて遥々この国までやってきたとか』
「ははあ、死んでもなお諦めが付かずに自分のコレクションを他人に渡したくなかったってところかな。だからといって頭の中に埋め込むことはないだろうにね。で、その宝石好きさんは?」
『回答。連行済み。昨日のうちに実体化した状態で伯爵さんの前に連れてって謝らせたよ。よっぽどしんどかったみたいで、すっかり憑き物が落ちたみたいに……って幽霊に言うのもどうかと思うけど。まあ幽霊が犯人じゃずっと捕まえておくのも難しいし、幸い大事になる前に片が付いたからね。表向きは、最初から何もなかったことになるんじゃないかな』
と、以上が宝石盗難事件の真相でありました。
めでたし、めでたし。
「ああ、そうそう。ところでラックさんの居所は?」
『告。不明。え、さあ? 我は知らないよ』
めでたし、めでたし?




