闇カジノ
特殊な経緯によって異常ともいえるスピードで発展してきた学都ですが、何も人っ子一人いない僻地を一から開拓したわけではありません。
七つの迷宮を内包する聖杖が出現したのは付近の住民が管理している農地。
現在は小奇麗な建物が立ち並ぶ都市も、数年前までは野菜や家畜を育てていた土地を潰して建設していったのです。
当然、元々あった農村の住民からの反発もなかったわけではありません。
しかし、事態を重く見たG国上層部が都市づくりに必要な土地を相場以上の値で買い上げ、更に当分は生活に困らないだけの保証金といくつかの権利を渡すことで、そのあたりの問題は穏便に片が付きました……少なくとも表面上は。
現在の学都北東部には領主館をはじめとした高級住宅が並んでいますが、その付近の住民は半数以上が旧農村からの古い住人。中にはふって湧いた大金を手に南の首都や外国に移住した者もいましたが、ほとんどの者は屋敷持ちの小金持ちとなり、今でもこの土地で悠々自適の生活を送っています。
◆◆◆
「……だから、あの辺りでは大っぴらに捜査が出来ぬのだ。何しろ領主殿が完全に元からの住人の味方なのでな、疑いを持ったというだけで我々との関係が悪化しかねん」
ここは学都方面軍団長の執務室。
騎士団長であるシモンは目の前の報告書を前に苦々しい表情を浮かべていました。室内にいる部下達も同様に重苦しい雰囲気を漂わせています。
「闇カジノ、か……」
この場の雰囲気の原因がソレでした。
違法賭博が行われているという闇カジノの噂。
学都北西部の歓楽街には公的な許可の下で営業している真っ当なカジノも十軒程度ありますが、健全な遊技場としての性質が強いそれらとは全く異なる賭博場があるらしい……という曖昧な報告がシモンのところにまで上がってきたのです。
人の集まる場所には金も集まり、そしてそれを良からぬ手段で掠め取ろうとする者が出るのは必然。ある意味ではヒトという生物の習性とも言えるでしょう。
金が欲しい。
異性が欲しい。
欲しい、欲しい、欲しい。
美味い食事が、酒が、名声が、権威が、刺激が、ありとあらゆる快楽が欲しい。
程度の差こそあれ、それらの欲求と完全に無縁でいられる者などそうはいないでしょう。
ヒトは欲を持つ生き物であり、欲と折り合いを付けながら向き合っていくのが人生というもの。
それに、もし法によって禁じたところで根本にある欲が消えるわけではありません。一時的に抑圧したところで、別の、歪な形で噴出するのは目に見えています。
この国ではルールを設けた上で賭場や娼館の営業を許可し、人々の欲求をコントロールしようとはしていますが、それでは足りぬという者も確かにいるのでしょう。件の闇カジノの出現は、ある意味ではその証左。潜在的な需要に応えた結果ともいえます。
とはいえ、闇賭博の出現自体はさほど目新しい話ではなく、これまでにも学都において同様の噂が流れたことも幾度かありました。
実際に確度の高い情報をもとに酒場の地下室などで開かれていた未公認の賭場に踏み込んで、関係者を逮捕したことも一度や二度ではありません。
騎士団や衛兵隊は情報源になり得る一般市民との関係も良好ですし、日夜そのような噂に気を配っています。大小問わず噂を集め真偽を検めることで、治安維持に役立てているのです。
しかし、様々な理由から捜査をしにくい場所というものも存在します。
個人の住宅を捜査しようとなったら何かしらの根拠は必要ですし、外国人や権力者に関しても扱いを慎重にする必要があります。
前述のような領主に守られている立場の住民たちも、平民ばかりとはいえ扱いを誤れば政治的な問題に繋がりかねません。
前王の息子であり現王の弟であるシモンとはいえ、むしろだからこそ、近隣地域を治める領主との関係には配慮しなければいけないのです。
「領主殿個人は恐らくシロだろう。あの御仁に腹芸ができるとも思えんしな」
領主の人格はよく言えば仁義に厚い正義漢。
自身のお膝元で犯罪が行われているのを知りながら隠したり、自分自身が関与している可能性はまずないでしょう。
しかし、領主は悪く言えば頑迷で、民に信を置きすぎる面がありました。
特に元々の農村時代からの住民は家族同然に扱っています。
もし己が守るべき民にいわれなき疑いがかけられたなら、王族が相手だろうと決して退くことはないでしょう。
「まあ、あのあたりに賭場があるという確証もまだないのだ。当分は通常の巡回と情報収集に留めておく。それと、報告にあった眼帯の男にはくれぐれも注意せよ。迂闊に刺激せぬようにな」
「はっ!」
「再度各員に通達しておきます」
“眼帯の男”という言葉を聞いて、室内の緊張が一層高まりました。
この場の面々もこれまで何人もの危険な犯罪者を相手取ってきた歴戦のツワモノ。その彼らが警戒してもし足りないと思うほどに危険な相手なのでしょう。
「スコルピオの残党か……なぜ学都に姿を現した……?」
シモンはそのまましばし瞑目し、敵の思惑に考えを巡らせていたのですが、
「失礼します、殿下! 緊急のご報告が!」
「なんだ、少し落ち着け。あと仕事中に殿下はよせと言っておろう。……それで緊急とな?」
その思考は、部屋に駆け込んできた騎士の声に破られました。
そして、その騎士は室内の視線が集中する中、慎重に言葉を選びながら報告をしました。
「は、はいっ! 先程、件の違法カジノの関係者を名乗る不審な男を巡回中の兵が逮捕……いえ、自首? ……保護、したのですが……」
「なんだとっ!? なに……どういうことだ?」
闇カジノの関係者を確保。
それが本当ならば、先程までの問題が一気に解決する重要な証人になるかもしれません。
しかし、報告に来た騎士はあえて「逮捕」ではなく「自首」や「保護」と言ったり、現状をどう説明するかと言葉を選んでいる様子。なにやら複雑な事情がありそうです。
「ええい、とりあえず一旦深呼吸でもして落ち着け! で、何がどうなっている? 分かっている事実のみ簡潔に話すがよい」
「はっ! それがその男、自分は列車強盗をやった凶悪犯だから他の犯罪者とは別の厳重な独房に閉じ込めてしっかり見張るように、と要求していまして……」