三日前:生か死か、最強ぶっちぎり飯バトル
《お祭り三日前》
正午を少し回った頃。
レンリ達は市内でも有名な高級料理店に到着しました。
動物園、博物館の見学に続いて、今度は試食の手伝いとなります。
お祭り当日は伯爵と付き合いのある他領の貴族や著名な文化人、近隣地域の経済界に影響力を持つ大商会の会長など、いわゆるVIP層を招いた晩餐会が開かれる予定になっています。
しかし普段から美食に慣れた客を満足させるのは、決して簡単なことではありません。
あちこちから取り寄せた一級品の食材を惜しげもなく使い、元宮廷料理人である超一流のシェフが細心の注意を払って作り上げた今回のイベントのための特別メニュー。レンリ達は、その名誉ある試食係に抜擢されたというわけです。
「もし至らぬ点があれば容赦なくご指摘を」
そう言った壮年のオーナーシェフの表情は、謙虚な言葉とは裏腹に堂々とした自信に満ち溢れたものでした。今回の特別メニューとやらは相当の自信作なのでしょう。三日も前から通常の営業を休んで本番への備えを進めている点からも、その気合の入れようが窺えるというものです。
「なるほど、これはお見事。できれば特別と言わず常設のメニューにしてもらいたいものだね。予約を入れれば食べられないかな?」
『同意。美味。たまには外でご飯食べるのもいいものだね』
そして実際出てきた料理は欠点など見当たらない絶品ばかり。
オードブルに始まり、野菜料理、スープ、魚料理に肉料理。
単に高価で珍しい食材を見せびらかすように使い散らすような愚を犯すこともなく、適切な食材を適切な量とタイミングで、食材のポテンシャルを最大限引き出すように使っています。
「全部良かったけど中でも肉のローストが絶品だったね。食べるのに夢中であんまり聞いてなかったけど、アレってこの辺の村で育ててる牛だとか言ってたっけ?」
『肯定。美味。特別な飼料を与えて育てたと言っていたね。迷宮で採取してきた草とか果物とか、草っぽい魔物とか果物っぽい魔物とか。おかげで肉質が良くなって、体長が四倍くらいに増えて、ついでに頭が一つと脚や尻尾が十本ずつくらい新しく生えてきたとか』
「はっはっは……今更だけど、それって私達が食べて大丈夫なやつなのかな? もう食べちゃったけど。なんなら、お代わりもしたけど。二十回くらい」
『回答。気休め。試作を重ねたって言ってたから多分大丈夫なんじゃない? 晩餐会が上手くいけば地域の名産として売り出す予定らしいし』
「晩餐会で影響力のある有名人に絶賛させて、箔を付けつつブランド化を推進するって寸法かな。あの伯爵さん、商売方面だと意外と強かだよね」
結局、最後のデザートまで不満などまるでなし。
しいて言えば一皿の量を最低でも十倍にして欲しいという意見が出ましたが、それについてはユニークな賛辞として受け取られた様子。オーナーシェフ氏もこの結果を最初から確信していたかのようです。
こうして試食のはずが普通に食事を楽しんだだけで終わった……かと思いきや。
このあたりから急に風向きが変わってきました。
『できらぁ!』
「え……誰? ど、どちら様ですか!? ちょっ、本当に誰なんです!?」
突如、店内に響き渡る大音声。
何もない場所にいきなり出現したように見えた謎の中年男性、ヨミが連れてきた奈落城の幽霊シェフの登場にはオーナーシェフ氏も驚きました。ヨミにその気はなかったのでしょうが、どうやら一言言いたいことがあって無断で彼女に触って実体化したようです。
その正体を知っているレンリ達からすれば心配はないと分かりますが、もし不審者の類が乱入してきたのであれば身体を張ってでも店と客を守らねばならない、などと思うのも無理はありません。しかし幽霊シェフの次の言葉を聞いて、オーナーシェフ氏のそんな心配も消し飛びました。
『アンタより美味い料理を作れるって言ったんだよ!』
「なにっ」
聞き捨てならぬ言葉でした。
オーナーシェフ氏も伯爵から晩餐会の料理を任されるほどの料理人。
他のことなら大人の態度で穏当に済ます道もありましたが、こと料理に関しての侮りだけは許せません。それほどのプライドがあるからこそ、これほどの腕前に至ったのですから。
『ま、口で言っても分からねぇだろ。厨房を貸しな、料理で勝負だ!』
「誰だか知らんが……いいだろう。その大口、後悔させてくれるわ! ゴングを鳴らせい!」
『ほう、腑抜けじゃあないようだな。おっしゃ、ヨミ嬢ちゃん来てくれや!』
ヨミはやれやれと肩を竦めながらも、諦めたようにピョンと跳んで幽霊シェフの背におぶさりました。第六迷宮の外では、幽霊達は一度実体化しても一分ほどですぐ消えてしまうのですが、こうして常にヨミと接触し続けていれば普通の人間と同じように仮初の肉体を維持したままでいられるのです。大柄な幽霊シェフであれば、ヨミくらいの重さで動きが鈍るということもないでしょう。
「……なにこれ?」
こうしてポカンとしたレンリ達を置いてけぼりにしたまま、恐らくは史上初となるであろう生者と死者との料理バトルの火蓋が切られたのでした。
◆◆◆
《お祭り二日前》
「……というわけで、そなたらに捜査の協力を頼みたい」
『極秘捜査ね、腕が鳴るの!』
宝石盗難事件の捜査を開始したシモンは、真っ先にウル達迷宮に協力を要請しました。
部外者かつ子供である彼女達に頼ることに思うところがなくはないのですが、お祭り本番の公開日までという短期間で取り戻さねばならない点、また騎士団の人員をほとんど動かせず極秘裏に探す必要があるという点から、彼女達の力を借りるのが最善だと判断したのです。巨大ルビーの持ち主である伯爵も、彼女達が助っ人であることを光栄だと思いこそすれ嫌がりはしないでしょう。
『えーと、ひとまずルカお姉さんのお兄さんを探せばいいの?』
「うむ、無実を証明するためにもラックの居所を知りたい。タイミング的に何らかの形で巻き込まれている可能性もあるしな。保護できれば宝石の手がかりを得られるかもしれん」
そうしてウル達はまずシモンの住む屋敷へとやってきました。
ラックの私室をよく調べれば、行き先に関する何らかの手がかりが残っている可能性があります。部屋の扉には鍵がかかっていましたが、わざわざ壊すまでもありません。部屋の前まで来たらカチャリと鍵が開く音がして、室内にいたウルが迎え入れてくれました。
『はい、開いたのよ』
「ふむ、ウルよ。一応聞くが今のはどうやったのだ?」
『どうって、部屋の中を我の迷宮にして、別の我を生やしただけなのよ?』
これは迷宮達が最近覚えた新技です。
ある程度の範囲内に限られるものの、通常の空間に己の迷宮を展開して本体内部にいる時と同じように別の自分をそこから生やせるのです。閉じられた室内であろうが展開するのに支障はありません。
「さて、手掛かりになりそうな物は……汚いな。奴を見つけたら掃除くらいするよう言わねば」
部屋の中は脱ぎ散らかしたままの衣服であるとか、菓子類の包装であるとか、空の酒瓶であるとか、まあ全体的にゴミゴミとした様相でした。屋敷内の共用部分に関してはルカの姉であるリンがピカピカに磨き上げているのですが、施錠された私室内はその管轄外。もっとも手掛かり探しという目的においては、何もモノがないより有利に働くかもしれませんが。
「手紙だけはマメにしまっているようだな。私信を勝手に見るのは気が引けるが、この際やむを得まい。ところで皆は何か見つけたか?」
『うん、いっぱい見つけたのよ!』
シモンが手紙類に目を通している間に、ウル達も大量の手がかりを発見していました。もっとも直接的にラックの行き先を示すものではありませんが、
『くんくん……よし、それじゃあ我は匂いを追ってみるの』
ウルはそう言うや否や、今しがた室内に展開したばかりの迷宮から百匹ほどの犬、正確には犬の姿をしたウル自身を呼び出して窓の外へと走らせました。本気を出したウルの嗅覚は訓練された警察犬以上。何キロ離れていようと匂いが届く距離にいればすぐ分かります。
『我はウルお姉ちゃんほど鼻が利かないけど、こういうのはどうかしら?』
次に動き出したのはヒナ。
彼女は能力で自身の肉体を液体化させると、窓の外向けて撃ち出しました。
そして上空まで来たところで広く拡散して降下。雨となって学都全域に降り注いだのです。それは雨としてはごく短く量も少ないものでしたが、この雨粒は一つ一つが視覚や聴覚を有するヒナ自身。これで学都内のどこか屋外にラックがいれば間もなく見つけ出せるはずです。
逆にここまでやっても見つからなければ、列車や馬や鷲獅子など使って遥か遠方にまで移動しているか、もしくは完全に密閉された屋内に閉じ込められているか、など。いずれにせよラックの現状についての推測を絞り込むことはできるでしょう。
「お、おう……知ってはいたつもりだが、すごいなそなたら。どうだ、将来は神をやる副業で構わぬから騎士団に就職せぬか?」
シモンとしても彼女達が頼れる存在だと知っていたから、こうして協力を頼んでいるわけですが、その予想を大きく上回る頼れっぷり。思わず騎士団に勧誘してしまったほどです。
とはいえ特に捜索向きの能力を持つのはウルとヒナくらい。
あとはモモが視聴覚を強化して多少効率を上げるくらい――――。
『捜索。参加。そのラックさんとやらは昨日ちょっと一緒だっただけで正直興味は薄いんだけどね、でも本格的な探偵ごっこは面白そうだ』
――――いえ、今回は加えてあと一人。
霊が見えるヨミであれば、街中の幽霊達に聞き込みをして、他の迷宮達では得られない手がかりを得られるかもしれません。奈落城の住人達に力を借りれば、生者に対しては事件を秘密にしたまま堂々と人海戦術での聞き込みが可能なのです。
犯人がラックであるか否かはさておいて、人目を盗んで犯行に及んだであろう犯人も、普通に考えればまさか不可視の幽霊の目までは意識してすらいないはず。前日の見学の際にも博物館には何人もの霊がいました。もしかしたら決定的な場面の目撃者がいるかもしれません。
『捜査。開始。ふふふ、幽霊探偵……いや迷宮探偵、奈落探偵というのも捨てがたいね。まあイカした異名はおいおい考えるとしよう。これからの我の活躍にご期待ください』
これが殺人事件であれば被害者に直接聞いて一発で解決するのですが、失せ物事件でもまあそれなりには期待できるはず。こうしてシモンと迷宮達との共同戦線が動き出しました。




