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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
十二章『迷界大祭』

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三日前:手段と技術


《お祭り三日前》


 そんなこんなで博物館にやってきたレンリ達。

 現在は本番に向けて職員が忙しなく準備をしていましたが、例の如く入口で関係者証を提示すればほぼ素通し。あっさりと入ることができました。

 本日は職員多忙につき見学者の案内などする余裕はないそうですが、作業の邪魔にならないよう勝手に見ていく分には構わないとのこと。多くの展示物の横にはすでに説明書きなど用意されてるようですし、特に見て楽しむのに支障はないでしょう。



「ふむふむ……世界の宝石展、ね。なかなか良い趣味をしてるじゃあないか」



 今回の特別展示はどうやら珍しい宝石ばかりを集めたもののようです。

 ダイヤモンド、サファイア、水晶、真珠……その他諸々。丁寧に磨き上げられた物もあれば、掘り出された原石そのままの物、指輪やネックレスとして加工された物などそのバリエーションは様々です。


 この通り見るべき物は色々とあるのですが、やはり注目すべきはラックが言っていた巨大ルビーでしょう。博物館側でも今回のイベントの目玉と認識しているようで、まだ準備中の段階でもハッキリそれと分かるほど目立つ場所に展示されていました。



『すごいの! 我の頭くらいでっかいの!』


「う、うん……綺麗だね……」



 その輝き、その存在感は、周囲の宝石と比べても群を抜いています。

 ただ単に大きいというだけでなく、見る角度によって炎の揺らめきの如く色合いが鮮やかに変化。原石からこの形に切り出した宝石職人のカットの腕前が窺えます。

 まだまだ色気より食い気、普段はさほど宝飾品の類に興味を持たない面々も、思わず目を奪われるほど見事なシロモノでした。この特別展示のフロアは本日はまだレンリ達を除くと職員や施工業者らしき人間がぽつぽつと作業に勤しんでいるくらいですが、きっと本番当日にはぎゅうぎゅう詰めの満員御礼間違いなし。博物館の前に長蛇の列ができるかもしれません。



「いやぁ、僕も話半分に聞いてたんだけど、こりゃ確かに見応えがあるねぇ」


「うん、確かにこれは一目見ておいて損はない。おや、こんなところに説明書きが、ふむふむ……『このルビー「太陽の卵」はA国の宝石商でありコレクターとしても著名なジュエルスキー氏が所有していたもので』……なんだか物凄く宝石が好きそうな名前の人だね……『昨年、同氏が亡くなって遺族が売りに出していた物をエスメラルダ伯爵が買い上げた』……と。あの伯爵さん、めちゃくちゃお金持ってるね」



 これならばデートコースの候補とするにも上々でしょう。

 お祭り当日の公開後は大盛況間違いなしです。

 が、意外と見応えのあった宝石見物に皆が満足している一方で。



『残念無念。視界不良。人がいっぱいでよく見えないね』


「おや、ヨミ君? 何をそんなバッタみたいに跳んでるんだい」



 一人だけ不満気な様子のヨミが展示用のガラスケースから1.5メートルほど離れた位置で、バッタのようにピョンピョンと飛び跳ねていました。そのすぐ前には防犯用なのか「立入禁止」と書かれた低めの柵が設置されていますが、いくらヨミが小柄とはいえ視線を遮るほど高くはありません。

 動物園では普通にあれこれ見物していましたし、そもそも迷宮の化身である彼女の視力が悪いというのもおかしな話……いえ、結論から言ってしまうと、ある意味たしかにその目が原因ではあったのですが。



『邪魔。要求。そこ、ちょっとどいて』



 皆の疑問はすぐ解けました。

 ヨミが何もない、ように見える、空間に向かってバシッと平手打ちを繰り出すと、彼女の前で展示台に群がっていた幽霊の姿がハッキリクッキリと浮かび上がってきたのです。それも立入禁止の柵の内側に。


 展示用のケースには鍵がかかるようになっていましたが、物体を自由にすり抜けられる幽霊にとってはそんな物は何の障害にもなりません。中には直接宝石に齧りつかんばかりの勢いで顔を近付けている者すらいたほどです。多分よっぽど宝石が好きなのでしょう。

 ですがヨミは次々と両手を伸ばし、また比較的良識派の幽霊も手伝って見物の邪魔になっていた連中をルビーから引き離していきました。小さな手が振るわれるごとに一人また一人と、幽霊達がまるで本物の人間のように他の皆にも見える現実感のある姿になっていきます。そうしていくうちに見物に夢中になっていた面々もようやく自分達が見物の邪魔になっていたことに気付いたようで、そそくさと柵の外へと出てきました。



『おっと、こりゃ失敬。死んでからのクセで立入禁止(こういう)の気にしなくなっててな』


『注意求む。視界改善。やれやれ、これでやっと見られたよ』



 なんとも奇妙な一幕でしたが、どうやらヨミの視界だけには最初から普通の人間と同じように幽霊達が見えていた、らしいのです。そんな彼ら彼女らが宝石の前に人垣を作っていたせいで、ヨミにだけは目当てのルビーが見えなくなっていたということなのでしょう。

 迷宮達はその気になれば可視光線以外の紫外線やX線なども肉眼で捉えられるのですが、今のところ霊体を視認できるのはヨミ一人。よく見えるせいで逆に見たい物が見えなくなるというのも皮肉な話ですが、まあ逐一注意していれば大した問題にもなりません。



『おや驚愕? 新顔? よく見たら我の城の皆以外の人も結構いるね。驚かせちゃったかな。残念だけど別に生き返ったとかじゃないよ。これは何ていうか魔法、的な? そういうことで一つよろしく。まあ我が触れ続けてなければ一分くらいで元通りになるからあんまり気にしないでね』



 この場所には奈落城メンバー以外の幽霊も何体か宝石見物に来ていたようです。

 そういうヨミのことを知らない無所属(フリー)の幽霊は突然生身のような状態になったことに驚いていましたが、彼女にとっては慣れたトラブルのようです。



『解説。弱体中。自分の迷宮の外だとこのあたりちょっと不便なんだよね』



 そしてこちらはレンリ達に向けての解説。

 第一から第五までの迷宮はすでに覚醒を完了しているため最近忘れがちですが、未覚醒の迷宮は自分の迷宮の外では大きく能力が制限されてしまうのです。


 ヨミの場合は、それが主に霊体を実体化する条件に関わってきます。

 奈落城の中においてはヨミから離れていても幽霊達を実体化させることができましたが、迷宮外では直接触れないといけません。また一度触れても一分間ほどで元の霊体に戻ってしまいます。


 なので街に買い出しに来た時などは荷物持ち担当の幽霊と常に手を繋いだり、飲食店などでは常にテーブルの下で互いの足を伸ばして消えないようにしないといけないのです。料理を口に運ぼうとした矢先に食器を持つ手が消えて皿をひっくり返しでもしたら目も当てられません。

 他にも幽霊が物体を動かすためのポルターガイストの強度の低下や、先程のように生身の人間と幽霊との見分けが付かなくなる識別能力の低下など色々不便があるのだと、そうヨミは語りました。



『要は。慣れ。もう慣れたから今ではあんまり気にしてないけどね』



 ヨミが覚醒すればその辺りの不便をまとめて解消できるのかもしれませんが、幽霊と普通の人間との見分けなら宙に浮いていたり物体を透過していたりといった差異を観察することでもできますし、そもそもヨミが城の外に出るのも稀。覚醒への助力が彼女を口説き落とす材料になるかどうかは微妙な線かもしれません。ヨミの能力を解明して研究に活かしたいレンリにとっては残念なことですが。

 



 ともあれ、こうして無事に見物を終えることができました。

 目玉展示以外にも色々と見ていたら案外時間がかかり、博物館を出た頃にはすっかり正午近く。そろそろ招待されている試食会に参加するためにレストランに行かねばなりません。

 皆でまとめて移動するための流しの馬車を探しつつ、ひとまず目的地に向けて徒歩で移動することにしました。幸い、退屈しのぎの雑談のネタは仕入れたばかり。



「ふふ、ルビーかぁ……ちょっと、思い出しちゃった……」


「ああ、母さんの指輪ね。父さんが死んだ後で、お金なくて泣く泣く売っちゃったからねぇ。今頃はどこにあるのやら」



 もちろん今日見た物ほど大きくも高価でもありませんでしたが、どうもルカ達家族にはルビーに関する思い出があるようで。もしかするとラックが言っていたデートコース云々というのは口実で、本当は妹に故郷を懐かしむきっかけを与えてあげたかった……かどうかは分かりませんが。



「さあさあ、思い出話もいいけどその前に馬車をつかまえて早く食事に……っと、おや? ほら、皆も見てごらんよ、あの雲の切れ間のところ。あの飛空艇には見覚えがあるね」



 さて、博物館を出て少し歩いた頃。

 遠くの空に真っ赤な飛空艇が姿を現しました。

 あれほど目立つ艇は世界に二つとないでしょう。

 ラックの意中の相手である歌姫フレイヤの『炎天一座』の劇場艇です。

 そして、それを見てからの彼の行動は思わず笑ってしまうほど露骨なものでした。



「おぉっと、アイタタタ! 急にお腹が痛くなってきたなぁ? これじゃあお昼はちょっと食べられそうにないから、僕はこれで失礼することにするよ。早く病院に行かないと。せっかく無理言って混ぜてもらったのに悪いねぇ。じゃ!」



 そう言うや否や、皆の返事も聞かずに一人駆け出していきました。

 方向はもちろん病院などではなく飛空艇の着陸地点。

 去年の例に倣うなら、恐らく学都郊外の野原に降りるはずです。

 それにしても、いくら抜け出す口実の仮病にしたって、もう少しくらいやりようがありそうなものですが、それほど気持ちが昂っていたということなのでしょう。他の皆は呆気に取られて声をかける隙もありませんでした。


 ちなみに彼はまだあちこちの施設に自由に出入りできる関係者証を持ったままですが、まあ後で返してもらえば大した問題にもならないだろう……と、そのように思われていました。この時はまだ。






 ◆◆◆






《お祭り二日前》


 ラックがレンリ達と別れてから、およそ丸一日後。



「宝石が消えたのとほとんど同時にいなくなった、か。無論それだけで軽々に決めつけるわけにはいかぬが。ううむ、関係者証か……」



 シモンは今朝方報告を受けたばかりの宝石消失事件の極秘捜査に当たっていました。時期が時期だけに、大々的に捜査をしてはイベント本番への悪い影響が懸念されます。

 もう準備も佳境に入っているというのに今から中止にでもなれば最悪です。伯爵からの要請もあって、現段階での捜査は最低限の人数だけで行われる方針となりました。

 シモンにはそれ以外にもなるべく事件を公にしたくない理由もあるのですが……しかし、個人的な感情で犯人追跡の手を抜くことなど到底許されることではありません。


 つい先程現場検証を行った結論としては、外部からの侵入者には警備の人間が厳しく目を光らせていたものの、一度内部に入り込んでさえしまえば盗み出すのはそう難しくない。

 展示ケースには鍵がかかっていましたが、鍵開けの技能を有する人間であれば破ることは十分可能。そして困ったことに、ラックはその入り込むための手段と技術の両方を持っているのです。

 シモン達が住む屋敷にもその規模に相応しい立派な鍵が付いているのですが、部屋に鍵を忘れただのどこかに落しただのしたラックが、それでも困った顔すら見せず拾った針金の破片一本でいとも簡単に扉を開けてしまうのをシモンも何度か見たことがありました。

 そのスムーズな解錠ぶりときたら、開けるところを見ていなければ普通に鍵を使ったとしか思えないほど。何のために覚えたのかはあえて聞きませんでしたが、本職の鍵師も顔負けの見事な技術です。恐らくはラックの前職(・・)が関係しているのでしょうが。



 今回のイベントの関連施設では連日深夜まで作業を行っています。

 資材や展示物の搬入などで一日中誰かしら出入りしていますし、事件発覚前の本日未明までのタイミングであれば、適当な口実を申告して証を提示すれば易々と潜り込めたことでしょう。あらかじめ下見をして鍵の種類を把握しておけば、ピッキング用の道具を調達するのも容易なはず。


 もちろんそれだけの理由では関係者証を持っている全員が等しく容疑者になるだけ。

 ラック一人が怪しいとはなりません。ですが彼は昨夜から行方不明になっており、ついでに発行済みの関係者証を所持している人間の中で現在彼一人だけ連絡が取れなくなっているのです。


 金目の物を盗み出し、そして包囲網が敷かれる前に高飛びした……というのは流石に穿ち過ぎにしても、本人から話を聞けないことには無実を証明することもできません。

 ついでに言えば、ラック達一家はいつぞやの列車強盗の件で今もまだ保護観察中の身分。シモンが自分の屋敷に彼らを住まわせているのも元々はと言えばそのためです。この状態で彼らが悪さをすれば、その監督役であるシモンの責任問題にもなってきます。



「ううむ、胃が痛くなってきた……」



 シモンは心労でキリキリと痛む胃をさすりました。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 幽霊と迷宮のアンケート 委員会はどう反応するのか? やはり、実態のあるグールやゾンビの方が警備運営的にもよかったかも? [気になる点] 胃が痛い シモンや、【胃の痛み】を切ればストレス…
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