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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
十二章『迷界大祭』

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三日前:事件(未)発生


 何事もなく時は過ぎ、早くもお祭り三日前。

 学都のあちこちでイベント用の即席舞台を組み上げる槌音が響いたり、資材の買い出し中らしき荷車がひっきりなしに行き交ったり。いよいよ準備も大詰めといったところでしょうか。

 普段から賑やかな街ですが、ここ数日は更に賑わっている様子。

 それも少し前に迷宮達の失敗でよそからの旅行客が来すぎた時と違い、今回はあくまで街のキャパシティの範囲内での、受け入れる側も一緒に楽しめる余裕がある賑やかさ。忙しくはあっても焦りや混乱とは無縁のものでした。



「やあやあ、ヨミ君いらっしゃい。外で会うのは初めてだね。見えてないし聞こえてないけど幽霊の皆もそこにいるのかな?」


『肯定。招待感謝。偉い人のコネで本番前に良いモノを見せてくれるんだってね。うちの皆も喜んでるよ。城の全員が来てるわけじゃないけどね。おっと、こらそこ、我以外に見えてないからって天下の往来で脱がない踊らない。喜ぶのはいいけど、もっとノーマルな方法で喜ぶように』



 お祭り本番はまだ先ですが、一足先に楽しんで悪いということもないでしょう。

 本日はエスメラルダ伯爵から招待されて様々な施設で各地から集められた名品珍品を見物したり、市内の料理店で賓客に振る舞う予定の料理の試食(というのは迷宮達に気を遣わせないための方便かもしれませんが)の手伝いをすることになっているのです。


 お祭り本番はかなりの混雑が予想されます。

 モノによっては十分な時間をかけて見物できない可能性もありますし、今日のうちに色々と見ておけば本番当日のスケジュールにもいくらか余裕ができるでしょう。なにしろ本番では街の各所で同時に出し物をやったりするので、ウルのように身体をいくつにも分けられでもしないと到底全部を楽しむことなどできないのです。

 展示や出し物の種類によっては今もまだ準備中のため今日のうちに全てを見られるわけではありませんが、一部だけでも先に楽しめるのはなんとも嬉しいことでした。



「それじゃあ、まずは動物園にでも行ってみようか。この関係者証を首から提げて見えるようにしておけばいいらしいよ。幽霊の皆のまではないけど透明のままでいれば問題ないよね」



 残念ながら招待した伯爵本人はイベント準備で多忙につき欠席。

 ついでにシモンも警備関係の打ち合わせのため欠席。

 それ以外はヨミと奈落城の幽霊達と、あとは大体・・いつものメンバーです。


 まだ会えていなかった「御使い様」の一人であるヨミが来ることをシモンから聞いた伯爵は会えないことを悔しがっていましたが、そちらについてはいずれ機会もあるでしょう。とりあえず本日の見学ツアーに関しては、伯爵本人がいなくとも視察用に用意された関係者証を事前に渡されているので特に不便はありません。

 「この者の身分を保証する旨を云々」といったお堅い文章が細かい字で書いてあるカードに伯爵家の印が押されただけのシンプルな物ですが、これを見せればまだ一般客立ち入り禁止の施設でもフリーパスという寸法です。



「おっ、あれは象……象かな? たぶん象なような気がする。ていうか魔物じゃないのコレ?」


『不可思議。哲学。象のようで象らしくない、ちょっと象っぽい象。象とはなにゆえ象なのか?』



 そんなこんなでまず新市街地の西の端にある動物園にやってきた一行は、園内の奥側、今日はまだ立ち入り禁止エリアとして通行止めになっている辺りにやってきました。案の定、警備の人間が目を光らせていましたが関係者証の威力は絶大です。


 そうして一般客の目から隠されていた檻に入っていたのは、見上げるほどに大きな象。

 象らしく長い鼻と、緩やかな曲線を描いた大きなキバと……空を自由に羽ばたくための大きな耳をバッサバッサと力強く羽ばたかせています。というか実際飛んでいました。何トンあるか分からない巨体がふわりと宙に浮かんでいます。

 地面に固定された鉄杭に鎖で繋がれているため、ひとまず天井を破って脱走される危険はなさそうですが、羽ばたきにより生じる強風で檻の前にいるとヘアスタイルが乱れてしまいそうです。



「へえ、あっちはキリンだって。キリンってもっと首が長かった気がするけど」


『同姓同名? 麒麟? どっちかというとツノのある馬って感じだね。へえ、案内書きによると何故だかビールが好きなんだって。呑兵衛の動物なんて面白いね』



 隣の檻にはそこはかとなく神聖な気配がするキリンが入っていました。

 首が大して長くない上に顔つきがそこはかとなく龍っぽく、おまけに牛の尾と馬の蹄があったりしますが、案内板にそう書いてあるのだから多分キリンであっているはず。きっと広い世界のどこかにはそういう種類もいるのでしょう。



「おっ、こいつは珍しいね。へえ、ティラノサウルスかー……こんなのどこの秘境にいたんだろ? おっと、ちょうど檻の横に案内板が。なかなかホスピタリティが行き届いている動物園だね。ふむふむ、これを書いた学者さんの説明によると――――


『この街の近くでうろついていたところを、たまたま散歩で通りかかった善良な一般市民、名前は伏せるが近所のご老人や主婦達が寄ってたかって殴る蹴るなどして捕まえた。あらゆる意味で信じがたいが、だって本当なんだから仕方ないじゃないか!? ……まあ、それで完全に心折られたのか人間の前だと大人しくなるのは研究に好都合と言えなくもないが。強引に仮説を立てるとするならば、どこか閉じられた環境で古代から密かに生き残っていたものが迷い出てきたのではないだろうか』


――――と。なるほど、なるほど。……ねえねえ、これって前にゴゴ君がアレした時の後始末でネム君がアレしたやつが逃げたアレなんじゃ? ちゃんとアレの数を数えたとは思ったけどあの時はアレのせいで皆疲れてたしなぁ……ヨシ、私は何も見なかった! あとこの街の一般市民やたら強いね!?」


『隠蔽。同意。姉妹のやらかしは我も見てみぬふりをする方向で。ふっふっふ、お主もワルよのう』



 そして今回の目玉となるのが捕れたてピチピチのティラノサウルス。

 もうかれこれ一か月近く前のこと、ゴゴの事件が解決した直後に一頭だけでこの街の近くをうろついていたという話ですが、まあ世の中にはそういう偶然もあるのでしょう。

 事件の後始末中に勢い余ってネムが化石状態のティラノサウルスを大量に復活させていたとか、疲れて半分寝惚けた頭で数えていたせいで逃げ出した個体がいたのに気付かなかった可能性があるとか、そんなことは目の前の大型爬虫類とは関係ないはずです。多分。きっと。


 恐らくは、人類未発見のジュラシックな地底世界だとか、たまたま空間が繋がったどこかの異世界だとか、あるいは遥か太古の恐竜時代からタイムスリップして偶然迷い込んできたとかでしょうか。よくあることです。

 生きた恐竜の現物がいるせいで三日後の公開日以降、この世界の生物学会に大きな混乱が巻き起こること必至ですが、まあ黙っていれば原因は分かりません。貴重な資料を提供したということで勘弁してもらうとしましょう。


 なお余談ですが、この街の一般市民がやたら強くなっているのは、騎士団が市民との交流目的で続けているオープン訓練の成果によるものと思われます。

 教える側の一部人員もだんだん面白くなってきてしまったせいか指導に身が入りすぎ、美容や健康のため(&イケメンで評判の騎士団長目当て)に軽い気持ちで通っていたような近所のご隠居や主婦が、最近だと身体強化や縮地法など覚え始めて目にも留まらぬ速さでビュンビュン動けるようになっているのです。この街の騎士団はいったいどこに向かっているのでしょうか?



「……うん、でもまあ見物客は間違いなく喜ぶだろうね。恐竜。ええと、それで次はどこに行こうか? 誰か、何かリクエストはあるかい?」



 ともあれ、これにて動物園の見学は一段落。

 立ち入り禁止エリア以外の動物はほとんど見られていませんが、それらについては祭りの開催後にでも後日改めて来園すればいいでしょう。本日は他にも色々巡る気でいるので、それなりにスケジュールが押しているのです。なるべく今しか見られないようなモノに絞ってサクサク進行せねばなりません。



「そうだねぇ。じゃあ飛び入り参加の身で悪いんだけど……博物館、いいかなぁ?」


「ああ、別に悪いってことはないさ。どうせどこかのタイミングで行くつもりではあったし、ここからならすぐ近くだしね」



 そして次の目的地は、なんとも珍しくこのメンバーに混ざっていたラックのリクエストにより、動物園のすぐ目と鼻の先にある博物館に決まりました。



「しかしキミが一緒に来るとは珍しいこともあるものだね。あ、もしかしてデートコースの下見かい?」


「うーん、ま、そんなとこ。使えるコネはは使わないとねぇ」



 ルカやシモンは、もちろん言っても構わない範囲に限りますが、今日は何をしたとか明日はどこに行く予定かなどの話題を自宅で雑談として出すこともあります。そこで今日のルカの用事を知ったラックが同行を申し出てくるのも、まあ絶対あり得ないというほど不自然なことではないでしょう。

 ラックと件の歌姫との奇妙な関係性は、先日ルカを通してプレゼントの質問をされたこともあって、レンリ達もすでに大方のところを把握しています。コネを利用してデートコースの下見をしたいという理由にも、それなりの説得力は感じられました。



「博物館デートとはなかなか良い趣味だ、と言いたいところだけど、正直に言えばちょっと意外かな。キミ、どっちかというと昔の資料とか遺物とか見てると眠たくなってくるタイプだろう?」


「いやいやぁ、それは知の化身たる僕を見くびりすぎってもの……ってわけでもないんだけど、正直モノにもよるかなぁ? 実はある筋から特別な展示物ってやつに関する情報を聞いててね、ちょっと一足先にじっくりお目にかかりたいなぁって」



 どうもラックには目当ての展示物があるのだとか。

 伯爵が各地から取り寄せた名品珍品も生きた人の手を介して集めた物。

 名目上はお祭り当日まで秘密ということになってはいますが、その間も警備や清掃、メンテナンス。生き物であれば毎日のお世話など関係者の目には幾度となく触れるわけで。

 完全に物見遊山気分のレンリ達と違って、真面目な視察としてお仕事で各施設を巡る運営側の人間や役人などもいるはずです。その気になれば事前にどんな品を手に入れたのか、それがどこで管理・保管されているのか知ることはさほど難しくもないでしょう。


 で、結局ラックが何を見たいのかについてですが。



「で、その特別なモノってのは一体全体何なんだい?」


「宝石。人の頭くらいでっかい、炎みたいに真っ赤なルビーだってさぁ」



 そんな物でガツンとやられたら大抵の人間はイチコロでしょう。

 鈍器的な意味で。それ以外の意味でも。






 ◆◆◆






 ――――さて、ここで唐突ですが少しばかり時間を飛ばします。

 大体丸一日ほど後。楽しい見学ツアーを終えた翌日のことです。


 件のルビーが博物館から忽然と姿を消しました。

 ついでにラックも行方不明になりました。



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― 新着の感想 ―
[良い点] シモンの駐屯地は治安がよくお前のよな一般市民がいるか! とよく野盗に言われそう [気になる点] 逃げ出したティラノが朝の食卓に並んでいそう。 [一言] 更新お疲れ様です ラック兄さんまた一…
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