ラブ&ラブ&ゴースト
女性は気になる異性から何をプレゼントされたら嬉しいと思うのか?
ラックも故郷のA国にいた頃は何人か親しくしていた女性はいましたが、いずれも遊びの範疇でのことでした。経験豊富な遊び人を気取っていた時期もあったりしたのですけれど、これが本気の恋愛となると初心者同然。右も左も分からなくなってしまったのです。
で、先程の問いに戻るわけですが。
ルカに尋ねた結果は「なんでも嬉しい」というある意味困ったものでした。これでは何も分かりません……しかし、幸い彼の周囲には他にも参考にできそうな女性が何人もいます。これだけいれば誰かしら有用な意見をくれるでしょう。
とりあえず身近なところからということで、同じ屋敷に住んでいる上の妹のリンと画家でエルフのタイムに、ルカにしたのと同じ質問をしてみました。
「お金ね」
「お金だね。あとお酒」
はい、何の参考にもなりません。
それにラックが気になっている相手は世界的な人気歌手。
恐らく、お金に困っているということはないでしょう。
この通りルカを含めて同居している女性三人の意見はまったく役に立ちませんでしたが、他にもまだまだ話を聞けそうなアテはあります。ラックは続いて、家主であるシモンに頼んで彼の婚約者であるライムに同じ質問をしてもらいました。
「ん。強敵」
はい、この通り。
またまた役に立ちそうもありません。
勝てるかどうか分からない強敵と心ゆくまで闘争を楽しみたい。
そんな特殊な趣味を喜んでくれる可能性は………まあ、実のところなくもないのですが。ラックも詳細までは知らないのですが、元は魔界でも指折りの強者として名を馳せていたらしいフレイヤなら、楽しいケンカをプレゼントして喜んでくれるかもしれません。
しかし、シモンならともかくラックは腕っぷしに関してはからっきし。
そういう方面で喜ばせるのはとても不可能でしょう。
向こうに一切の害意がなくとも、その特殊な体質のせいで強く叩いた拍子にうっかり消し炭にされかねません。それ以前に、そもそも意中の相手と殴り合って喜ぶという変態的な感性が理解不能です。
ついでに言えばフレイヤ本人の感じ方考え方がどうあれ、気になる異性が他人に殴られるのを見るのも気が進みません。よってシモンやライムを紹介して、ラックの代理として戦ってもらうのも却下です。
ですが、まだきっと大丈夫。
ラックには他にもアドバイスを聞けそうなアテがあるのです。
妹の友人兼雇い主であるレンリと、ついでに彼女と一緒の部屋に住んでいるウルにも、ルカを通じて同じような質問をしてもらいました。
「貰って嬉しいものかい? 今だとなるべく純度の高い鋼のインゴットを二十キロほどと、ミスリルを十キロ。ドワーフ帝国産のヒヒイロカネの上物と、あとオリハルコンは沢山あればあるほどいいね。術の触媒に使うからルビーとか宝石類も。ああ、どうせゴリゴリ砕いて粉にするからアクセサリ用の金具とか装飾は邪魔だね。私にくれる時はあらかじめ外しておいてくれたまえ」
『お姉さん、それは気になる男の人じゃなくて、専門の業者さんとかに頼むやつだと思うのよ? うーん、でも我もまだそういうのはちょっとよく分かんないの』
はい、こちらが役立たず五号と六号となります。
いやまあウルに関しては年齢一桁の幼女に恋愛関係の相談をするほうが明らかにおかしいので、その汚名を着せるのは可哀想かもしれませんが。しかしウルがこの調子では、他の迷宮達に聞いたとしても恐らく似たような具合でしょう。なんにせよ役に立ちそうにありません。
こうして話を聞くアテは潰えた、かと思いきや。
ここで意外な助っ人が現れたのです。
「まず服とかアクセサリーは無しだな。正確なサイズが分からないし、身に付ける物って本人の好みとかあるから。そのあたりを把握しないうちにサプライズで贈るのは良くない、らしいぞ」
「うむ、俺もルグの意見に同感だな。下手な物を贈って相手の負担になっては元も子もないからな。向こうは大所帯で来るようだし、まずは無難なところで菓子の詰め合わせや花であれば処分に困ることもあるまい」
結局、参考になったのは女性陣ではなくルグとシモン。
彼女持ちの男性陣の意見だけでした。
社交界で女性のエスコートに慣れているシモンはともかくルグは元々こういった方面に疎かったのですが、ルカとの交際を始めてから様々な書籍に目を通したり、顔見知りの兵士や冒険者に話を聞くなどして密かに色々勉強しているのです。
「とりあえず、相手の人のスケジュールを聞いて食事に誘うとかしたらいいんじゃないか? プレゼントの希望なんかはその時にそれとなく聞いてみるとか。でも必ずしも何か物を贈らなきゃいけないってわけじゃないと思うから、そこは臨機応変にかな」
「うむ、食事に誘うのは俺も賛成だな。顔が知れた有名人ということなら、飛び込みではなく周りの人目が気にならないように個室で寛げる店をあらかじめ予約しておくのがいいかもしれぬな。お節介かもしれぬが俺がよく使っている店を紹介しよう。ああ、だが必ずしも使う必要はないぞ? もし他に行きたい店があるようなら、その時にはレンリにでも予約の席を譲ってやれば無駄にはならんだろうし」
重要なのは独りよがりの自己満足に陥らないこと。良かれと思って選んだプレゼントや店の選択を無理に押し付けず、あくまで相手を喜ばせるために気を配ることが肝要です。
「いやぁ、頼りになる友達を持って僕ぁ幸せ者だねぇ」
その基本さえ忘れなければ、まあ、そう悪い結果にはならないでしょう。
再会の日はもうすぐそこまで近付いてきていました。
◆◆◆
一方、その頃。
学都から遥か遠方の空にて。
「ラックーーっ! 好きーー! 多分ーーっ! わぁ、どうしよどうしよ!? もう今から緊張してきたーーっ! 顔から火が出そうーーっ! あ、ちょっと出た」
ラックの意中の相手、世界的歌姫であるフレイヤは炎のように赤い髪を振り乱し、奇声を上げつつ巨大な飛空艇の甲板上をゴロゴロと転げ回っていました。
「五月蠅ぇ! このバカ歌姫、声量半端ねぇな!? あと甲板焦がすな!」
「いつもの発作だろ。何か適当な食い物やっとけばしばらく収まる」
「あっ、干し魚があったよ。ほぉら、座長ステイステイ。よし食べていいよ………あれ、この魚っていつのやつだろ? まあ、うちの座長ならちょっとくらい腐ってても体内で加熱消毒されるだろうし」
同じ劇場艇で世界を旅をする空飛ぶ芸人集団『炎天一座』の仲間達はこのフレイヤの奇行ぶりにもすっかり慣れたものです。今は動物使いの仲間が飼っている猿と共に床を転がりつつ腐りかけの干し魚を奪い合っていますが、放っておけばそのうち正気を取り戻すでしょう。
各国の王侯貴族にも数多くいるファン達がこの姿を見たら幻滅されてしまいそうですが、要は余計な姿を見せなければいいのです。何も問題はありません。
艇は学都に向けて順調に空を進んでいました。
◆◆◆
さて、そんな恋愛事情は一旦置いておくとして。
「……ってわけで、今度大きなお祭りがあるんだって。ヨミ君も一緒に回らないかい? 良かったら幽霊の皆も一緒においでよ」
『情報。感謝。そいつはゴキゲンだね。城の皆にも声をかけておくよ』
第六迷宮『奈落城』。
レンリからの誘いは、あわよくばこの機会に仲良くなって魂の研究への協力を頼みたいという下心込みですが、果たしてその思惑に気付いているのかどうなのか。ともあれヨミは快く応えてくれました。当日は幽霊の仲間達をぞろぞろ引き連れて、街へ繰り出すことになりそうです。
もういくつ寝るとフェスティバル。
楽しい楽しいお祭りの日は刻一刻と近付いてきていました。




