スーパー学都フェスティバル
「では、この子達のことはまだ当分伏せておくということで」
予想外の反応に意表を突かれはしましたが、伯爵に対してはシモンから口止めを頼むことで事なきを得ました。これでひとまずは無用の混乱を避けることができるでしょう。まあ他に色々勘付く人間が出てくる可能性を思うと、一時的な気休めみたいなものではありますが。
「領主殿も色々思うところはあるかもしれぬが、なるべく普通の市井の子供に対するように振る舞ってくれると助かる。この通り、ウル達もそうだそうだと言っていることであるし」
『そうなの、そうなの』
「畏れ多いことですが、御使い様……いえ、ウルさん達がそう仰られるのであれば仕方ありませんな。我輩、如何なる責め苦を受けようと、たとえこの命に代えても皆様の秘密を口外しないと誓いますぞ」
『えと、我的には命が懸かってるとかなら別に言っちゃっても仕方ないかな~って。いくらなんでも覚悟が重すぎるの……』
気心の知れた仲間内でチヤホヤされる分には際限なく調子に乗るウルも、あまり面識のない、なおかつ自分の五倍ほども体積がありそうな巨漢に崇められると反応に困ってしまう様子。他の迷宮達もネムを除くと大体似たようなものです。
が、ぎこちないながらも話している間に多少は慣れてくるようで。
ようやくまともにお茶や雑談を楽しむ余裕が生まれてきました。
『へえ、お祭りがあるんですか?』
「ええ、ゴゴさん。元々、今の街ができる前に毎年秋頃にやっていた、収穫祭と先祖の供養を兼ねたようなものですな。ささやかながら料理や酒など振る舞って、素人芸の歌や踊りを楽しむ程度のものだったのですが」
今の話題は近々あるという秋祭りについて。
一応毎年催されてはいたらしいのですが、その規模は一般人の飲み会に毛が生えた程度のささやかなもの。参加するのも学都以前の農村時代からの住人くらいとあって、この街に住んでいる人間でもほとんど存在を知らないようなマイナーイベント……でした。
「おかげさまでこの街の住人も増える一方でして、今では毎日のようにあちこちでお祭り騒ぎですからな。そうと知らなければ祭りに気付かぬのも無理のないこと。もっと楽しいことが他にいくらでもあるせいか、参加者も年々減る一方……とはいえ、せっかく受け継いできた伝統をこのまま廃れさせるのはご先祖様に申し訳が立ちませんからな」
それでも一応は何百年もの歴史がある伝統行事。
このまま廃れさせるのは惜しいという気持ちが伯爵にはあるようで。
『それで今年は一気に規模を大きくして、宣伝なんかもちゃんとして、街の人達に昔からのお祭りを知ってもらおうってわけね。うん、素敵な考えだと思うわよ』
「はっはっは、ヒナさんにそう言ってもらえると心強いですな」
実のところ先日の『日輪遊園』にまつわる大混乱のせいで、その計画自体が流れてしまいかねない危機的状況だったのですが、伯爵がわざわざそれを口にするようなことはありません。紳士らしいさりげない気遣いです。
「おおっ、そういえば騎士団のほうにもイベントの警備依頼とやらが来ていたな。昔からの伝統云々は初耳だったが、そういう事情があったのであれば一層気合を入れてかからねば」
「他にもあちこちの劇団やら人気の芸人や歌手やらにも声をかけておりますぞ。伝統を守りつつも自己満足で終わらず、今の人が楽しめるものでなければ後に続きませんからな」
他にもいくつもの特別な催しを企画しているのだとか。
話を聞いた皆が特に興味を惹かれたのは闘技大会や運動会、料理大会、大食い大会などでしょうか。今の時点ですでにオチが見えたように思えるかもしれませんが、それについては一旦忘れておきましょう。
運動会などいくつかのイベントでは順位に応じた賞金や賞品が出たり、賭け金の上限はあるものの賭博も行われるようですし、当日はさぞや盛り上がるものと思われます。
他にも新市街エリアにオープンして間もない動物園や博物館や美術館などは一日限定で入場無料。その日のために取り寄せた特別な展示物などもあるのだとか。一日のみのイベントであれば、迷宮達が失敗したように遠方から過剰に人が集まりすぎて処理能力がパンクするような心配も無用でしょう。
『ははぁ、勉強になるのです。伯爵さんは敏腕プロデューサーなのですね』
「わっはっは、恐縮ですが正直褒められて悪い気はしませんな! ですが、モモさん。そう持ち上げられても茶菓子のお代わりくらいしか出せませんぞ?」
『うふふ、モモは心が広いのでそれで勘弁してあげるのです』
ここまで来ると双方共に緊張も薄れてきたようで、冗談を飛ばす余裕も出てきました。
皆でお祭りを楽しみにして大いに盛り上がり、余興として見せてもいい範囲で迷宮達の能力を披露して伯爵を仰天させ、最後には全員が山ほど持たされたお土産で満載の馬車で送られて伯爵邸を後にするのでした。
◆◆◆
「ふう……何もなくて、よかった」
そうしてお茶会から帰ってきた日の夜のこと。
ルカはほとんど喋らず隅っこの席で縮こまっているばかりでしたが、最初に予想していたような剣呑な話でなくて一安心。迷宮達と伯爵の距離感も程よい具合に落ち着いたようです。
「みんな、お土産……喜んで、くれたし」
伯爵邸で貰ってきたお土産――――主にお菓子やお茶っ葉の類。僅かに酒類などもありました――――は、同じ屋敷に住んでいるシモンの分と合わせるとかなりの量になりますが、食い盛りの人間がやたらといるこの家であれば、消費しきれず持て余すようなこともないでしょう。
ルカの家族が四人と一頭。それに家主であるシモンと、彼の将来の義理の姉になる予定の姉エルフのタイム。この屋敷には合計六人と一頭もいるのです。食料消費の九割方はペットの鷲獅子によるものとはいえ、全員足せばレンリ換算で半人分くらいの食事量にはなる、かもしれません。
さて、ルカが夕食や入浴を済ませて後は寝るだけとなった頃合で。
「あ、お兄ちゃん……今日は、遅かった、ね」
「ああ、うん、ただいまぁ。ちょっと色々あってねぇ」
普段よりだいぶ遅い時間に長男のラックが帰ってきました。
仕事が長引いた、ということはまずないでしょう。
一緒にお客を乗せて空を飛んでいるロノはとっくに帰ってきています。
ならば、仕事上がりにどこぞの酒場でも冷やかしてきたのかと思いきや、不思議なことにお酒の匂いはまるでしません。それに彼の様子は、らしくもなく何か思い悩んでいるかのようです。
「えと……何か、あったの?」
「いやぁ、何か危ない目に遭ったとかそういうのじゃ全然ないよ? でも、ある意味そっちのほうが気楽だったかもねぇ……僕としても別に嫌ってわけじゃないんだけど心の準備ってもんがさぁ」
ラックの返答はどうにも要領を得ないものでした。
その口ぶりからするに何らかの犯罪事件に巻き込まれたなど、緊急性の高い危険なトラブルの類ではないことだけは辛うじて分かりましたが、それ以外はさっぱり何も分かりません。
「あっ、でも、こういうのは同じ女の子のほうが分かるかもってのはあるかも? ねぇ、ルカ。軽い気持ちで答えて欲しいんだけどさぁ、好きな男の子からどんなプレゼントを貰ったら嬉しいかな~……なんて?」
相変わらず質問の意図はよく分かりませんが、とりあえず聞かれたままルカはルグから何をプレゼントされたら嬉しいかを考えてみました。
「うーん……なんでも、嬉しいよ?」
「なるほど、なるほどぉ。貴重なご意見ありがとうねぇ……ちょっとルカの答えはピュアすぎて僕の参考にはならないみたいだけど」
「なんだか……ごめん、ね?」
そもそも質問の意図をはっきりさせない側が悪いのですが、ルカは何となくペコリと頭を下げました。すると頭を下げた拍子に、ラックの懐から封筒の端が僅かに覗いていることに気付きました。
「それって……お手紙?」
「ああ、これね。いや、別に隠すつもりはなかったんだけどさぁ……」
ここに来てようやくルカにもピンと来ました。
もう一年くらいになるでしょうか。時折ラックが柄にもなく手紙を書いては、遠方の誰かと文通らしきことをしていたのをルカも思い出しました。
いくら家族とはいえ私信を覗き込むというのはプライバシー的によろしくありませんが、共用の居間にそのまま放り出してあっては嫌でも目に入ってしまうというものです。
その内容はどこそこの土地が暑かったの寒かったの、景色が綺麗だったとか、こんな食べ物が美味しかったとか。ルカが大まかに把握している範囲ではその程度の当たり障りのないものばかり。
どうも文通相手は世界各地をあちこち忙しなく移動しているようで、一度だけラックから送った手紙が相手の滞在中に配達が間に合わずそのまま戻ってきた時は、彼らしくもなく落ち込んでいたものです。思えば、その時の様子が今の彼と重なるような気がしなくもありません。
「もしかして……歌手の、彼女さん?」
「いやいやいやいや、別にまだ彼女ってわけじゃないとは思うんだけど……でも単なるお友達っていうのも何かこう、ねぇ? その辺りの関係をいい加減ハッキリさせなきゃっていうか、そろそろ腹を括る時が来ちゃったというか……なんかね、フレイヤちゃん、お仕事で呼ばれて久々にこっち来るとかで」
「な、なるほど……お仕事」
そこでルカも思い出したのですが、伯爵は祭りのためにあちこちから歌手や芸人を呼んでいると言っていました。ラックの文通相手が来るのも、きっとその件に間違いありません。ラックが贈られて嬉しい物など聞いたのは、恐らくプレゼントの参考にでもするつもりだったのでしょう。
「ふふ……頑張って、ね」
結果がどう転ぶかは本人達次第ですが、他人の恋路は蜜の味。助言を求められたら可能な範囲でアドバイスくらいはするつもりですが、ルカとしては気楽なものです。
こうして愉快なお祭りに更にもう一つ楽しみが増えた、と。
この時点ではこんな風に呑気に構えていたのですが……。




