御使いとお茶会
そんなこんなで伯爵のお茶会に招かれたいつもの面々。
ウルを通じて呼び出しを受けた第二から第五までの迷宮達も集まって、その日の昼過ぎにはもう伯爵邸から寄越された迎えの馬車に皆で揺られておりました。
ライムやルカ達も一旦帰宅して余所行きの服に着替えてきており、迷宮達も普段の動きやすい服装(厳密には彼女達の衣服に見えるのは肉体の一部ですが)よりもややフォーマル風のドレス姿。普段はズルズルと引きずって歩くほど長いモモの髪も、今回は腰くらいの長さでバッサリと切り落としています。皆、これから新しく社交界デビューをする幼い淑女のような、普段の印象とは違う初々しい可愛らしさがありました。
が、急な話とあって格好はともかく心の準備は万全とはいかない様子。
正確には、いつもと全く変わらず穏やかに微笑んでいるネムを除く皆は、見るからに緊張してガチガチに硬くなっていました。いつもは飄々とした態度のゴゴやネムも明らかに口数が少なめですし、特に生真面目な性質のヒナなど緊張のしすぎで顔が青ざめているほど。
私利私欲のためにここら一帯の地域経済をうっかり破壊しかけ、その土地を治める権力者に呼び出されて今から会いに行くわけです……が、そういった都合の悪い情報についてはまあ頭の隅にでも追いやっていおくとして。
「大丈夫さ、私の言う通りにすれば何も問題はないってば」
きっと皆は貴族のお茶会という慣れないシチュエーションに緊張しているに違いありません。
仮に違うとしても心の負担を和らげるべくそうだということにしておきましょう。
ですが、それについてはご安心。なにしろ、こちらには(一応)本物の貴族令嬢たるレンリがアドバイザーとしてついているのです。彼女の言う通りに振る舞えば問題など起ころうはずがありません。
「いいかい、皆? 一見難しそうでも要点さえ押さえておけば、お茶会の作法なんて簡単さ。『知りません』、『やってません』、『黙秘します』。誰に何を言われてもこれ以外言わないようにしていれば大丈夫」
『我、こんな騙す気しかないマナー講座初めて聞いたの』
「おやおや、心外だねウル君。私の家に代々伝わる伝統的作法だというのに。うちのご先祖様達もこれで数々のガサ入れを無事に乗り切ってきた実績があるのだよ。こう、所持が禁じられてる系の魔導書とかで」
『言った! もうガサ入れって言っちゃってるのよ!?』
「はっはっは、物証がなければ問題ないさ。念の為、お屋敷に入ったら警備の人数と窓の位置を確認しておくのをオススメしよう」
『お姉さんのお家はいったい何なのなの!?』
貴族家としては外れ値もいいところなレンリの家に伝わる方法では、一般的なお茶会の参考になりそうもありません。しかし、今から向かうのが果たして一般的なお茶会で済むのかどうか。話の内容によっては、なんとも悩ましいことにレンリの言う方法が役に立ってしまう可能性がないとも限らないのです。
「おや、もう着いたみたいだよ」
不安は募るばかりですが馬車は待ってはくれません。
ほんの十数分ほどで街の北東に位置する領主館に到着しました。
願わくば、レンリの言った作法が役に立たないことを祈るばかりです。
◆◆◆
「ようこそ、お嬢様方。ご機嫌麗しゅうございます! 殿下、ご友人の皆様もようこそいらっしゃいました」
幸い杞憂で済んだ……のでしょうか。
屋敷の門前にまで自ら出迎えに現れた筋骨隆々の巨漢、すなわちこの辺り一帯を治めるエスメラルダ伯爵からは、周辺一帯の経済を滅茶苦茶にかき回された怒りのような気配はまるで感じられません。
「さあさあ、立ち話もなんですので落ち着ける所へ参りましょう」
もちろん普通の貴族相手であれば、口にした言葉をそのまま信じるかどうかには考慮の余地があるでしょう。政治や商取引の世界では陰険な権謀術数など挨拶も同然。一見優しげな態度で油断させたところで本題を切り出すということも考えられます。
ですが、この伯爵はレンリの一族とはまた違った意味で普通ではないのです。優に体重150キロを超えるであろう圧倒的な筋肉量だけの話ではなく、貴族としては正直すぎるというか素直すぎると言うべきか。いずれにせよ、老獪な演技や複雑な駆け引きなどできるような人物ではありません。
「はて?」
しかし、このメンバーの中では一番彼との付き合いが長いシモンは、上手く言葉にできない違和感を覚えたようです。あるいはそれは『無い』ものを鋭敏に感じ取る能力によるものもあったかもしれません。
悪感情は、まず間違いなく皆無。
手紙で問い合わせを受けた時は、てっきり『日輪遊園』の件で何らかの責任を問われるものかとばかり思っていましたが、それはどうやらシモンの早とちりだったようです。
が、そうなると別の疑問が出てきます。
いったい、伯爵はどのような意図で皆を呼びつけたのか。
「さあ、お嬢様方。こちらのお席にどうぞ。早速お茶とお菓子を持ってこさせましょう。我輩、土いじりを少々嗜んでおりまして。今年は特に栗の出来が良いようなのです」
まさか本当に良い茶葉が手に入ったから振る舞いたかっただけ、ということはないでしょう。招待したのがシモンだけ、しいて言えばそれに加えて婚約者であることを公表しているライムまでならあり得なくはない話ですが、手紙の内容からするに伯爵が主に呼び出したかったのは迷宮達で間違いないはずです。
「当家のシェフが作ったマロン・グラッセなど如何ですかな。おっと、皆様はお掛けになったままでどうぞ。我輩がお取り分けいたしましょう」
『ありがとうございます、なの?』
使用人ではなく伯爵が手ずからお茶を注ぎ、茶菓子を取り分けるような下にも置かぬ扱いには、迷宮達もひどく困惑している様子でした。悪い感情があるわけではないらしいことは、シモン以外の皆にも次第に分かってきましたが、これほどの丁重すぎる態度への疑問は膨れ上がる一方です。お茶とお菓子は非常に素晴らしい一級品ですが、こんな状況では純粋にそれを楽しむ余裕も――――、
「なるほど、この栗は確かに素晴らしいですね。お恥ずかしながら、お茶とお菓子のお代わりをお願いしても?」
『くすくすくす。良い香りのお茶ですわね』
――――何も気にせずお茶会を満喫しているのは軽めの猫かぶりモード中のレンリと、そもそも何かに緊張するということがあるのかすら不明なネムくらいのもの。他の皆はあれこれと勧めてくる伯爵に言葉少なめに返事をするくらいです。
居心地が良いか悪いかで言えば、まあ良くはないでしょう。
最初にあったのと違う種類の緊張感で、これではとても心が休まりません。
「ああ、その、なんだ。もうそろそろ良いだろう、領主殿」
「ええと、殿下。もう良い、とは……?」
そんな友人達の心労を慮って、シモンが単刀直入に切り込みました。
『日輪遊園』に纏わる負い目もあってここまでは一歩引いていましたが、このままでは一向に話が進みそうにありません。ここは駆け引きなしの真っ向勝負が正解でしょう。
「一応確認しておくが、領主殿は例の新しい迷宮に関わって起きた問題の責をその子達に問おうとか、そういうつもりで呼び出したのではないのだな?」
その問いに対する反応は劇的なものでした。
「そ、そんな滅相もございません!? 我が祖先と国王陛下に誓って断じてありませんとも! わ、我輩は、ただ、そのですな……御使い様に拝謁を賜りたく……」
「御使い……とは、この子らのことかな? ふむ、たしかに間違ってはない、のか?」
「おおおおおっ、やはり!」
御使い。
神の使いという意味なら、まあ大きく間違ってはいません。
どうやら敬虔な女神の信徒であるらしい伯爵は、先の『日輪遊園』の騒動の中、超常的と言っても過言ではない能力を発揮して回っていた迷宮達を見て、そのような理解に至ったということなのでしょう。
巨大なアトラクションの数々を一瞬で生やしたり、何千人にも分身してお客さんを案内したり。これまでは誰かに見られても「そういう魔法」ということで強引に誤魔化してきましたが、目撃者が増えてくるにつれて迷宮の能力の異常性に疑問を抱く人間が出てくるのも考えてみれば当然。
神造迷宮という場所との関連性を併せて考えれば、伯爵のような考えに至るのはそう難しいことでもないでしょう。わざわざ直接言及しないだけで、同様の推測をしている人間はもっと大勢いるのかもしれません。
「あの、皆様。恐れながら目の前で拝ませていただいても? おおっ、寛大な御心に感謝いたしますぞ。ありがたや、ありがたや……!」
『御使い』でこれほどの感激ぶりなら、彼女達が将来的に本物の神そのものになる予定だと知ったらいったいどうなってしまうのやら。順調に行けばいつかは迷宮達を新しい神々として世界にお披露目する時が来るのでしょうが、この伯爵の様子を見るに迂闊に明かすわけにはいきません。
彼と同じくらい、あるいはそれ以上に信心深い人間は、神の影響力が強いこの世界では特別珍しいわけでもないのです。公表する時期や場所については、早いうちから慎重に検討を重ねて備えておく必要があるでしょう。
『か……神様って思ったより大変かも、なの』
意外なところから意外な課題が見つかりました。




