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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
十二章『迷界大祭』

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ラブのパワーと意外な招待


 奈落城に行ってきた翌日昼前。

 今日は珍しいことにライムがレンリの部屋に遊びにきていました。

 なんでも見せたいものがあるということです。



「見てて」



 そう言うと、ライムはおもむろに虚空に向けて正拳突きを放ちました。

 音速を突破した際に鳴る、パァン、という破裂音が景気よく響きます。


 まあ、この程度ならレンリ達にも見慣れたものです。

 いえ、もちろん物理的な意味ではまったく見えていないのですが。

 やたらと奇行の多い友人知人の中では、いきなり人の部屋に来て音速の拳を放つくらいはまだ常識的な振る舞いの範疇。むしろ大人しい部類であるとすら言えます。


 踏み込みの衝撃で床を踏み割ったりしないようちゃんと手加減はしていますし、拳圧で窓ガラスや家具が壊れないように位置関係にも気を配っています。で、あるならば何も問題はありません。とはいえ、これだけならライムがわざわざ見せに来るほどの技ではないように思えますが……。



「もう一度」



 そこでライムがもう一度同じように突きを放ちました。

 相変わらずレンリやルカやルグの目には何も見えませんが、それでも簡単に違いは分かりました。今度の正拳突きでは音速超えの際に発生するはずの破裂音が発生しなかったのです。



『ん、んん? ねえねえ、今のってどうやったの?』



 普通なら一発目より遅い拳を放ったのだろうと判断するところでしょう。しかし、ちゃんと二発とも見えていたウルには、二発目の突きのおかしな点が分かったようです。


 実は、音が鳴らなかった二発目のほうが倍はスピードが速かったのです。

 それでいて魔法で周囲の空気を操作するなどもしていない。

 人間とは違う視覚域を有するウルから見れば一目瞭然でした。



「ん。これが私の力。多分」



 さて前置きのデモンストレーションも終わって、いよいよライムが本題を切り出しました。本日のお題となるのは魂の力。昨日の帰り際、ヨミに言われていたことが気になって色々試してみたといったところでしょうか。


 実のところ、ライムにも心当たりはありました。

 話はシモンと決闘した時にまで遡ります。

 あの時のライムは風を操る魔法で空気抵抗が限りなくゼロに近い真空の道を作り、そこを駆け抜けることで音速を超過する機動力を実現していたのですが……アレはやはり欠陥技の類だったのでしょう。

 単純に真空中に身を置くことによる身体への負担、自由に呼吸ができないことによる酸欠とスタミナの消耗。タネが割れてからは空気の動きに伴う大気中の砂や埃などの動きで、事前に攻撃のタイミングや狙いが読まれてしまう、など。

 シモンが単純に強くなっていたせいもありますが、振り返ってみればあの決闘は終始ライムの劣勢でした。その一因となったのが自身の技の欠点によるものだということは、ライム本人もよく理解しています。



「ん。でも」



 戦いの終盤も終盤、最後の激突の直前からは少し話が違ってきます。

 その時点ですでに限りなく致命傷に近い重傷を負っていたライムは、しかしそれでも必死に喰らいつこうと死力を振り絞って加速を繰り返していました。ですが、その時にはもう風魔法で真空の道を維持する力さえ残っていなかったのです。

 普通に考えれば、そんな状態で音速を超過するスピードなど出せば、本来受けるはずの空気抵抗をモロに受けて自滅するだけ。そのはずだったのですが結果は違いました。


 恐らく、その段階でもう魂由来の力が発現していたのでしょう。

 原因は死に瀕するほどの重傷を負ったことか、あるいはシモンへの愛情がかつてないほど高まったことか。まあ今更確認のしようもありませんし、原因についてはさておくとして。


 その時ライムは本来受けるはずの空気抵抗を、そればかりか重力すらも、自然の重力だけでなくシモンが操るそれすらも完全に無視していました。この場合の無視というのは我慢していた、耐えていたという意味ではありません。それらの影響そのものを無効化して、その日一番の、いえ人生一番のスピードを出すことに成功していたのです。

 すでに出血と疲労で相当に意識が朦朧としていた上に、シモン以外に何も目に入らなくなっていた彼女は、そういった不可思議な現象のあれこれについて特に疑問を抱くことはなかったのですが……時間を置いて落ち着いてから振り返ると、あれは明らかにおかしい。

 ついでに言えば、決闘の負傷から回復して以降、わざわざ空気を操作する手間をかけずとも音速超過の際に負担を感じなくなった。これもおかしい。


 そんな密かな疑問にようやく説明がついたのが、昨日のヨミの話だったというわけです。

 知らず知らずのうちに命を削るような代償を払っていたということもなさそうですし、これからはライムも安心して全速力でカッ飛ばせることでしょう。そのうち迷宮最速のヒナにも勝てるかもしれません。



「以上。おしまい」


「なるほどね。空気抵抗を無視できる力……いや、重力も無視できるんだっけ。他にも色々できる可能性もあるか。それにヨミ君の話では完全に能力が目覚めているわけではないみたいだし、今はまだ完成途上って感じなのかな?」



 ライム自身も自分の新しい力をきちんと理解しているわけではありません。

 というよりも、ヨミの言葉を踏まえて考えると能力自体がまだ未完成。

 良いように解釈するならば、更なる発展性を残しているような状態なのでしょう。



「ははぁ、相変わらず傾向とかは見えてこないけど、とにかく興味深いことには違いない。身近なサンプルが増えるのは大歓迎だし、そっちさえ良ければこれからもその魂の――――」


「愛の力」


「え? いや、魂の」


「愛の力。ラブ。ラブパワー」


「……うん、じゃあ別にそっちでもいいや。愛の力についての経過観察を続けさせてもらいたいものだね」



 まだまだ分からないことだらけですが、貴重なサンプルが増えるのは望ましいことに違いありません。理想としては人為的に、かつ安全に、魂を刺激して自在に能力を引き出せるようにするといったあたりになるでしょうか。可能であれば魂の専門家であるヨミの協力も取り付けたいところです。

 ライムにとっても益のあることですし、これから定期的に能力の細かい検証・実験などを行うことを約束して、この話題は一段落となりました。





 ◆◆◆





 話題が落ち着いてから間もなく。

 ライムに続く来客が訪れました。



「おお、ライムも来ていたのだな」


「シモン。ラブ」



 訪ねてきたのは、本日は仕事中のシモンでした。

 が、ライムにとっては残念ながら彼女に会いに来たわけではありません。



「やはりいてくれたか、ウル。すまぬが頼みがあってな」


『え、我に用なの?』


「浮気?」



 ライムの言うことはスルーして、シモンはウルに用件を伝えました。



「ウルというより、迷宮の皆だな。正確には、第一から第五までの。例の遊園地の件に噛んでた皆と会って話したいという御仁がおってな」


『えっと、皆を呼べばいいってことかしら?』


「うむ。それと、レンリは確かその件でアドバイザーだかコンサルタントだかをしていたな? 一緒に来てくれると助かる」



 何やら妙な風向きになってきました。

 皆、あの遊園地の件はもう解決していたつもりになっていたのですが。



「そなたらも面識があったと思うが領主殿、伯爵から俺宛てに問い合わせが来てな……『最近この辺りの経済やら物流やらがとてもとてもとっても大変なことになっていたのですが、何か原因に心当たりはありませんか? ところで話は変わりますが、良い茶葉が手に入ったのでよろしければ殿下といつも親しくしてらっしゃる御友人方、特にカラフルな髪色の小さなお嬢様方とご一緒にどうぞ』……と、だいぶ要約したがこんな感じで。うむ、これ完全にバレてるな!」



 地域経済をうっかり破壊しかけた罪で逮捕する。

 ……なんてことは流石にないでしょうが、ほぼ名指しでの呼び出しを喰らっては無視するわけにもいかないでしょう。下手に拒んだら後ろ暗いところがあると白状したも同然です。いやまあ白状も何も、私利私欲のために大勢の人々に迷惑をかけたのは純然たる事実なのですが。


 こうして第一から第五までの迷宮達と、今の話の途中で早くも窓から脱出しようとしたのをルグに羽交い絞めにされて逃げられなくされているレンリ。ついでに参考人としてルカとライムとシモン。要するにいつもの面々は、お茶会という名の事情聴取の場へと招かれる流れとなったのです。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 愛の力(物理) [気になる点] これは証人喚問です( ̄▽ ̄;) たぶん商業ギルドもしくは通商組合を敵に回した可能性も コスモスに任せれば、何とかなるかも? いや、事態が悪化するかも? […
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