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賭博師(ギャンブラー)

お待たせしました。

今回から二章開始です。


 闇を照らす煌びやかなシャンデリア。

 喝采と罵声とが飛び交う喧騒。

 当たり前の日常から切り離された異空間。


 カードやサイコロを用いたゲームで金銭のやり取りをする賭博場カジノ

 そんな場所が学都アカデミアにも何箇所か存在します。


 とはいえ、この街が属するG国において、カジノの運営には厳しい縛りが設けられています。

 営業時間や未成年者の立ち入り制限などもそうですが、特に賭け率レートや賭け金の上限に関しては厳密な規定があり、違反が判明したら無期限の営業停止処分。悪質な場合は経営者や従業員の逮捕及び財産没収のような厳罰もあり得ます。


 これが一昔前のそれなりの規模の都市であれば、非合法組織が支配する青天井(※レート無制限)の賭場が少なからず存在し、一夜にして貧民が億万長者になるような夢物語も(極めて稀なケースとはいえ)あったのですが、現在の仕組みではそんなことはまず起こり得ません。

 大きく勝つためには大きく賭ける必要があるのですが、現在ではその前提にある大勝負自体が国によって禁じられているのですから当然でしょう。


 国を運営する側からすれば、ギャンブルで国民が破産するようなことは望ましくありませんし、そのお金が税を納めない非合法組織に流れるのはもっと望ましくありません。

 博打はあくまで遊びの範囲で。

 明るく、楽しく、節度を守って。

 刺激を求める者には退屈かもしれませんが、それはそれ。

 このように健全な遊技場としての在り方が、現在のこの国におけるカジノの姿なのです。







 ◆◆◆







 学都北西部の歓楽街にいくつかある合法賭場の中でも、最大の規模を誇るカジノ『黄金の杯』。地上四階地下一階の建物内には、連日大勢の遊び人が詰め掛けています。

 仕事終わりや休日の時間を楽しみに来ている職人、兵士、商人、冒険者、他所からの観光客等々。種族にしても一番多いのは人間ですが、ドワーフや魔族の姿も珍しくありません。


 現金で専用のコインを購入し、ゲームで勝ってコインを増やせば用意された賞品に交換。もしくは現金に換金できるという仕組みで、場内にある酒場バーや飲食店の支払いを勝ったコインですることも可能です。


 用意されているゲームはカードやサイコロのような定番どころ。

 ダーツやビリヤードなどの熟練の技術力が問われるもの。

 地下の専用リングで戦う格闘試合の勝敗を選ぶもの。


 それ以外にも常連を飽きさせないために、不定期に目新しい賭けのタネが用意されてます。

 現在は一階のステージ上に造られた専用コースで、数匹の動物を競争させて順番を競う競馬のようなゲームが行われていました。一番人気の兎を大穴の亀が追い抜いて大いに盛り上がっています。


 この場の彼らにとって、ここでの勝負はあくまで遊び。勝ち負けは二の次で、楽しい時間を過ごすことのほうが重要なのです。客の大半は同じような雰囲気ですし、普通に考えれば彼らのような考え方のほうが正常なのでしょう。






 しかし、この日は少々雰囲気が異なりました。

 そのような緩い空気に満ちる『黄金の杯』の中で、明らかに異質な盛り上がり方をしている一角があったのです。



「……カードオープン、決着ショウダウンだ!」


「わっ!」


「すっげぇ、あれで九連勝だぜ!」



 ディーラーの宣言と共にプレイヤーが手札を開くと同時、勝負の趨勢を見守っていた野次馬の歓声が上がりました。


 この卓で行われているのは、ディーラーがシャッフルしたカードを配り、プレイヤーは配られた札を組み合わせて規定の役を作るというゲーム。無論、揃えるのが難しい役ほど配当は多くなります。

 判断力も重要ですがそれ以上に運の要素が大きいため、通常であれば同じプレイヤーが何連勝もすることは少ないのですが、現在のこの卓においては、普通ではまず起こりえないはずの例外が現実になっていました。


 しかも、小額をチマチマ賭けての連勝ではなく、このカジノで可能な最高設定の賭け率レートと賭け金での九連勝です。いくら低レートとはいえ、これだけ勝ちを重ねれば一般的な労働者に数ヶ月分の稼ぎくらいにはなります。


 このようなカジノにおいて、一人の客があまりに勝ちすぎるのは店側としては好ましくありません。いくらレート制限があるとはいえ負け続ければ赤字も馬鹿になりませんし、その分の負担を他の客から回収しようとすれば客離れにも繋がります。


 適度に気持ちよく勝たせはしても、最終的には店側がちょっとだけ勝つ。

 それが理想の展開であり、この場のディーラーも連勝を続ける青年を負かせるべく手は尽くしていましたが、



「……カード、オープン……っ!?」


「十連勝、最高記録だ!」


「ヒューッ!」



 健闘空しく青年の十連勝。

 観衆の盛り上がりも一段と増しています。



「兄ちゃん、すげぇバカヅキだな!」


「いや、どーもどーも! 儲かっちゃってごめんなさいねぇ」



 ですが、当の勝者である青年ラック・アルバトロス。カツラと化粧で変装している彼は、観客の声援に明るく応えながらも、その瞳にはどこか退屈そうな色を宿していました。

 仮にも本職プロのギャンブラーである彼からすれば、この『黄金の杯』のような健全に過ぎる場はヌルすぎるのでしょう。


 ディーラーの技術一つとっても、基本的には馬鹿正直にカードをただ切って配っているだけ。

 時折、本気で客を負かしにいく時はカードの出目を操作するような技術も使っているようですが、その気配を感じられる者からしたらいいカモにしかなりません。なまじ人間の意図が介在したほうが、場の流れをコントロールしやすくなるのです。


 公平性のアピールのために、シャッフルの途中で客にカットをさせるのがこの店のハウスルールなのですが、それも今回は完全に裏目に出ていました。無論、ディーラーや周囲の観衆もラックの手元を注意して見てはいましたが、素人がいくら見ても看破できるはずがありません。






「……お客様。申し訳ありませんが、そろそろ……」


「ありゃ、もう勝ちすぎちゃった?」



 最終的に十五連勝に届いたところで店の支配人からやんわりと退店を求められ、この日の“遊び”は終了となりました。

 本来は適度に負けながら何度も通い、トータルで長く勝つ予定だったのですが、あまりに生温い賭けに気が緩んでしまったようです。

 これでは当分『黄金の杯』では稼げないでしょう。

 出入り禁止を言い渡されなかっただけ、まだマシではありますが。




「あ、兄さんも終わり?」


「うん、うっかり勝ちすぎちゃってねぇ」



 卓を離れたラックが大量のコインを持って交換所に向かう途中、これまた荒稼ぎをしてきたらしい妹のリンと合流しました。カジノ内でも浮かない華やかなパーティドレス……っぽく安売りの布を縫って自作した服を着用しています。

 ちなみに彼女はいわゆるギャンブルというようなカードやサイコロではなく、ダーツや射的のように何かを投げたり飛ばしたりするゲームを得意としています。一番得意なのはナイフで、故郷では本業の合間に的当ての大道芸をやって小銭を稼いだりもしていました。現在は絶賛指名手配中なので、そちらに関しては自重していますが。



「やっぱり、こういう店じゃ大して稼げそうにないねぇ」



 今日一日の収入として考えると悪くはありませんが、それを継続的に稼げるかというと話は別です。今回と同じような大勝を続けたら遠からず出入り禁止になるでしょう。


 最近は下の妹であるルカの稼ぎのおかげもあり、食べるにも困っていたような一時期の極貧生活からは抜け出せましたが、まだまだ充分とは言えません。

 現在は一人用の共同住宅アパートメントに四人で住んでいるのですが、組織としての一家の再興を目指すならば、拠点アジトとなる場所が賃貸では何かと問題があります。

 組織として活動するなら、いずれは手下も増やしていかねばなりませんし、前に住んでいたような屋敷か、少なくとも持ち家は欲しいところです。


 そこで更なる資金獲得を目指すべく、ルカが地道に稼いだお金をギャンブルにつぎ込んで一気に増やすというクズ臭半端ない作戦を立ててカジノに来てみたのですが、結果としてはこの通り。

 他にもカジノは数軒ありますが、一番規模の大きい『黄金の杯』がこれでは、恐らく他の店も似たり寄ったりの内情でしょう。とても、土地付きの大型不動産が買えるとは思えません。



「やれやれ、こんなんじゃ勘が鈍っちゃいそうだねぇ……」

 


 陽気な性格のラックにしては珍しく愚痴をこぼしていました。思ったほど稼げなかったのもそうですが、望むような勝負ができなかったのが残念なようです。




 しかし、捨てる神あれば拾う神ありとはよく言ったもの。

 この場合、神ではなく悪魔かもしれませんが。



「よぉ、そこのお二人さん。ちょっと時間いいか?」



 稼いだコインを現金と適当な景品に換え、店を出ようとしたところで、見覚えのない中年男が声をかけてきたのです。

 影のような黒髪をオールバックにまとめた長身。片目を覆う眼帯と無精ヒゲという姿はまるで山賊か何かのようですが、不思議と粗野な印象は薄めです。とはいえ、堅気という雰囲気でもありませんが。



「さっきから見てたが、ニイさん強いねぇ」


「そりゃどうも。で、オジさんはどこのどちらさん?」



 眼帯の男はラックの問いには答えず、代わりにこう告げました。



「勝負がしたいなら、いい場所を紹介してやろう。返事は……聞くまでもないな?」



 今日のようなヌルい“遊び”ではない、“勝負”の出来る場所。

 その言葉を聞いたラックは自分でも気付かぬ間に口の端を歪め、普段のヘラヘラ笑いとはまるで違う獰猛な笑みを浮かべていました。



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