奈落城の晩餐
「そのために実際飛び込むつもりは毛頭ないんだけどさ、ええと、魂由来の能力だっけ? そっちには興味がなくもないかな」
ここは第六迷宮『奈落城』の上階にある食堂。
仮にも城と名が付くだけあって、レンリやシモンが知る大国の王城にあるそれと比べても遜色ない広さ、豪勢な華やかさに満ちた空間です。ヨミの説明によると、これでもいくつかある食堂の中でも一番狭い普段使い用の部屋なのだとか。
「シモン君のスキルも、それなりに便利ではあるんだろうけど地味だからね。人によって出来るようになることは違うって話だったけど、その具体例を聞いてみたいな」
「地味。それは、まあ、そうかもしれぬが……一応、俺の奥義なのだがな」
今は夕食前の歓談中、ということになるのでしょうか。
城主であるヨミからの勧めで食事に招待されたのです。
迷宮の本丸たる大穴については当面ノータッチを貫く方針で意見が一致していますが、あの穴以外にもこの迷宮の謎はいくつも残っています。ヨミとしても説明をしやすくするためという意図はありそうですし、この晩餐の間にもきっと何かしらの発見があることでしょう。
『例示。解説了承。我もあんまり多くを知っているわけじゃないけどね。たしか魔王様の元部下の人とか――――』
そして現在の話題は先程も名前が出た魂由来の能力について。
シモンがそれと知らずに使っていた『無い』ものを知覚して干渉する力は、ほんの一例。
他にも様々な便利能力があるのです。
たとえば、かつて十年と少し前くらいに一時期魔王配下の四天王として働いていたサブロー少年。現在は故郷の北海道に戻って農業をやっている現青年は、念じるだけで周囲一帯の生物を支配して思いのままに動かす能力を持っていました。
動物より自我の強い魔族や人間、一定以上大型の動物は操れないなどの制限はあるものの、特に魔力や体力を消耗することもなく使い放題。その影響は菌類やウィルスにまで及び、魔界の食料生産に大いに貢献したものです。特に発酵食品の仕上がり具合を完璧に調整できるあたりで重宝されていました。
その彼自身も自分の能力の由来について正確に把握してはいなかったのですが、状況から推測するに、元々住んでいた世界で事故を起こした際の肉体的・精神的ショック、あるいは召喚魔法や転移魔法などの安全で正しい手段に依らず、事故的に世界を超えた時の負荷によるものでしょう。生身の人間が何の安全対策も取らずに世界の外側に触れるのは、下手をすればそれだけで廃人になりかねないくらい危険なのです。
なおこれは完全に余談ですが、サブロー青年は魔界での経験と自身の能力を活かして、地球ではまだ珍しい異世界産の野菜や家畜の安定栽培・育成に成功。生産物をブランド化してあちこちの有名料理店に卸しており、今ではちょっとしたお金持ちになっていたりします。あとリサの実家の洋食店にも、少しばかりお求めやすい価格で食材を卸していたりします。
さて、元の話題に戻りましょう。
別の例を挙げると、こちらは今も魔王配下の四天王を務めるヘンドリック氏。無数の人形を我が身同様に操り、一人で何百人何千人分ものデスクワークをこなす机仕事の鬼。ハッキリ言って、魔王が呑気にレストラン経営などやっていられるのは彼の活躍のおかげと言っても過言ではありません。まあ本人も好きでやっているので負担の押し付けにはなっていないはずですが。
そんな彼の魂由来のスキルとは、まさにその人形操作時にしている思考の分割。
一般的な「ながら作業」のように素早く思考を切り替えるのではなく、完全に異なる思考ラインを同時にいくつも走らせて並列処理化。人形が見聞きした情報を素早く整理し、ほとんだタイムラグなく魔法によって遠隔操作している人形が最適な行動を出力するというわけです。
人形使いである彼でなければここまでの有用性はないにせよ、なかなかに便利な能力です。もっとも単に便利なスキルがあるからというより、氏の日常生活そのものが能力をより使いこなすための修練になっていて、それを長年続けているからこその活躍ぶりでしょうが。
『以上。説明完了。まあ我も女神様に聞いただけで直接その人達に会ったことはないんだけどね』
ヨミが知っていたのは以上の二例。
シモンは新たに加わった三例目というわけです。
「なるほど、話を聞く限りではどっちも便利そうだね。命を懸けるほどかっていうと別にそこまでではないかなって感じだけど。同じ能力が使えるようになるわけでもなさそうだし」
シモン含む三例を見るに、能力の発現に関する傾向のようなものはなさそうです。単純にサンプル数が少ないせいもありますが、現状では何も分からないのとほとんど同義。仮に欲しいスキルがあったとしても、それを狙い撃ちするようなことは望み薄でしょう。
『閑話休題。準備完了。そろそろご飯の準備ができたらしいよ』
ともあれ、魂由来のスキル云々については一旦忘れておきましょう。
そろそろお腹も空いてくる頃合い。
ちょうど話し込んでいる間に食事の支度も整ったようです。
支度といってもヨミはずっとレンリ達と一緒にいて一歩も動いていないのですが……その謎に関してはすぐ明らかになりました。
「おや?」
食堂の扉がひとりでに開くと、そこには料理や食器を載せた給仕用ワゴンが三台ほど、これまたひとりでに動いて入ってきました。いくら目を凝らしてもそこに誰かいるようには、ヨミを除いて、見えません。
見えずとも感じるものがあるのかシモンだけは一人で何か納得している様子でしたが、他はヨミ以外の迷宮達にも何も見えないようです。
そのあとは、なんともラクチン。
皆がただ座っているだけで、ナイフやフォークが並べられ、グラスに水が注がれ、丁寧に料理が盛りつけられた皿が目の前のテーブルにフワリと着地。
料理はつい先程できたばかりのようで、温かい皿はホカホカと湯気が立ち昇り、冷菜の類は生温くなるようなこともなくヒンヤリと。空中にフワフワと浮かんでる複数のワインボトルは、食前酒はどれが良いかを尋ねているということなのでしょうか。
「念動力でヨミ君が操ってるって感じじゃないし、いわゆるポルターガイストってやつかな? 魂云々の話からしても、これはつまりそういうことだろうね。ああ、そこの幽霊諸君。見えてないけど、こっちの話が聞こえてるなら私の皿は盛りを多めにしてくれたまえ」
「幽……って、え……お、おばけ……?」
先程から続く魂関連の話から、レンリにはこの現象の正体に見当が付いた様子。
頻出する「魂」というワードからしても恐らく間違いないはずです。
幽霊と聞いたルカは見るからに怯えていますが、ここまでの過程を見るに、ここにいると思しき幽霊諸氏はいわゆるアンデッド系の魔物のような人に害を為す類の死者ではない。平たく言えば良い幽霊なのでしょう。
『正解。種明かし。分かりやすいように魔力増量。城の皆を紹介するね』
ヨミがフウッと魔力のこもった息を吐くと、皆を取り囲むように白い靄が人の形を取り始めました。靄は次第に輪郭をはっきりさせ、肌や服にも色が付き、ほんの十数秒で生身の人間と変わらない姿に。料理人や給仕、執事と思しき十名ほどの老若男女の姿となって現れました。
『ようこそ、いらっしゃいませ。お客様方。おっと、申し遅れました。私、ヨミお嬢様の身の回りのお世話を担当しているセ――――』
『っごらぁ、手前はいつも話が長ェんだ! せっかくのメシが冷めちまうだろうが!』
『あぁん!? ナメてんのか死んで百年経ってねぇ若造が! っすゾ、コラァ?』
『アホか、どっちもとっくに死んでんだろうが!』
老執事と大柄な中年料理人が部屋の隅で殴り合いを始めました。
よくあることなのか、ヨミや他の幽霊達はまるで動揺していません。
『キミ達可愛いね~。つーか、どこ住み? 矢文やってる? まっ、オレってば生きてた時は弓矢で頭撃たれて死んじゃったんだけどね~。あ、ここ笑うとこね?』
『その死因ギャグ何百回目だし。もう飽きたんですけどー。ねーねー、それより最近の生きてるコの流行りってどんなん? こういうメイド服も可愛いっちゃ可愛いけど、正直あーしのキャラじゃないんだよねー。ヨミヨミに頼んで今風のイケてるデザインに変えてもらいたいなーって』
やけにチャラい青年執事や、距離感の近い少女メイドなど、奈落城の住人はなかなか個性豊かな人材が揃っているようです。今はヨミの能力で仮初の姿を与えられているためか、こうして間近で見ても生身の人間が喋っているようにしか見えません。
が、やはり幽霊には違いないのでしょう。
ヨミが指をパチンと鳴らすと、特にうるさく騒いでいた数名の姿がフッと消えました。仮初の身体を取り上げられて元の霊体に戻ったということなのでしょう。
『静粛求む。要反省。みんな生きてる人と話せて嬉しいからってハシャぎすぎ。遊ぶのはご飯の後でね』
彼らの紹介も交流も、まずは食事を済ませてから。
今夜はなんとも長い夜になりそうです。
ちなみに、奈落城の料理はどれも非常に洗練された絶品ばかりでした。
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《おまけ・ヨミ》
設定だけなら前作連載時からあったんですけど、まさか(元)四天王の能力の正体を明かすまでにこんなにかかるとは思いませんでしたね。




