第六迷宮『奈落城』
第六迷宮、ヨミ。
レンリ達の前に姿を現した黒髪おかっぱの黒ゴス幼女はそう名乗りました。
『社交辞令。贈答。いつも姉共がお世話になっております。ぺこり』
「おや、これはどうもご丁寧に」
そしてお近づきの印として贈答品を手渡してきました。
やや大きめの缶箱の中身は、最近この『日輪遊園』で販売を始めたお土産用の焼き菓子詰め合わせセットのようです。状況から考えて一行に声をかける直前に購入したものでしょう。
もう一つついでに状況から考えると、狙った話題が出たタイミングで劇的に登場するために、前々から一行の周囲をうろつきつつ出待ちをしていたものと思われます。あえてそこには触れませんが。
「それで、ええと、ヨミ君だったかな?」
『是。肯定。貴女はレンリさん?』
「おや、初対面だよね? 私のことを知って……あ、迷宮の皆に聞いてたのかな?」
『左様。正解。貴女達のことを迷宮界隈で知らない奴はモグリだね』
「その界隈、狭くない?」
珍妙な話し方についてはさておくとして。
ヨミは既にレンリ達の存在を把握していた様子です。
そして、少なくとも今のところは友好的な態度に思えます……が。
「ええと、それで用件はなんだっけ。たしか、この第五迷宮に試練を設けるのが嫌だとか困るとか?」
『半分正解。試練自体はどうでもいい。その結果として我の第六に不特定多数の人が沢山来るのが駄目』
さて、ようやく本題に戻ります。
ヨミが先程の迷宮達の会話に割って入ったのは、第六迷宮に大勢の人が来ることを止めたいから。その理由は単純明快。
『我の迷宮。十中八九。死ぬからね』
「なるほど、それはまた分かりやすい」
◆◆◆
入った者は大体死ぬ。
よって無闇に人を入れたくない。
なんとも分かりやすい理屈です。
しかし、それで納得できるかは別問題。
頭ごなしに反対するだけでは説得力がありません。
具体的に何がどう危険なのか、それをまず説明するのが筋というもの。
ヨミとしても最初から案内するつもりではあったようです。
『歓迎。千客万来。ここが地獄の三丁目』
というわけで、やって来ました。
第六迷宮、その名も『奈落城』。
その第一印象は、暗い、という点でしょうか。
光源といえば夜空に瞬く星々くらい。
それ以外に灯りらしきものは見当たりません。
周囲を囲む鬱蒼とした森と、それに囲まれる大きなお城。
見える範囲からの推測になりますが、恐らくは学都の旧市街地がすっぽり収まるくらいの大きさでしょうか。それ以外に建物の類は一切見当たりません。この第六迷宮は、この僅かな森と巨大な城だけの、昼間のない夜だけの世界なのです。
『注意事項。厳守求む。この城の中では絶対に走ってはいけないよ』
そして最も重要なのが「走ってはいけない」というルール。
より正確には「速く移動してはいけない」ということになるでしょうか。
たとえ狂暴な魔物の大群が襲ってこようが、あるいはトイレの我慢が限界ギリギリだろうが、何があっても絶対に速く移動してはいけない。道をショートカットしようとして高所から飛び降りたり、勢いよく跳んだりしてもいけない。城門を潜る前にヨミは皆にそう伝えました。
「察するに、そのルールが例の『死ぬからね』の理由に関係してるのかな」
ヨミからの具体的な説明はまだありません。
レンリ達もまだ彼女の性格を測りかねているのですが、尋ねても『ネタバレ禁止』と返すばかり。どうも実際に問題の部分を見せる際にビックリさせたいようです。ウル達迷宮もヨミに気を遣ってか口を噤んでいます。
「それで、シモン君達はさっきからいったい何をそう首を捻っているんだい?」
「う、ううむ? いや、どうもこの第六に入ってから妙な感じがしてな。具体的に、どこがどうとは分からんのだが」
「同じく」
他に挙げるべき点としては、先程この迷宮に入った時からシモンやライムが感じているらしい違和感についてでしょうか。とはいえ、彼らも漠然と何かがおかしいと感じるばかりで、その正体は掴みかねているようです。
一人だけでなく二人揃って感じているということは単なる錯覚ではないのでしょうが、レンリやルグやルカ(ルカも感覚の鋭さに関しては)、普通の人間には何も感じられません。恐らく、超人的な鋭敏さを有する達人にしか気付けない何かがあるのでしょう。
『点灯。視界十分。転倒しないようにね』
まだ不明な部分ばかりですが、ヨミが先導するのに合わせて城内の灯りが勝手に点くのは幸いでした。壁の各所に設置してあるランプやロウソクなどは、ヨミの意思一つで光量の調整や暖色系・寒色系などの切り替えも自在にできるようです。窓から差し込む星明りだけで進むのは、普通人には厳しいものがあるので助かりました。
視界が確保できると城内の細かなアレコレも見えてきます。
あちこちに置いてある花瓶の類には色とりどりの花が活けられていますし、絵画や彫像など調度品の類も良い品ばかり。そうした方面にも明るいシモンが見ても、一流の芸術家の手による美術品に間違いはないということです。またマメに清掃されているのか、通路や調度品にはホコリ一つ落ちていません。
『右手。書庫。左手。厨房と食材倉庫』
「へえ、ヨミ君は自炊派かい? 腕前が気になるところだね」
『否定。食べ専。家事は全部人任せ』
「人、ねぇ。他には誰も見当たらないようだけど」
レンリが見る限り、ここまで歩いてきた城内に自分達以外の人の気配は一切ありません。もし他の誰かが隠れ潜んでいたとして、シモンやライムに全く存在を気付かせないというのは難しいでしょう。
いくら迷宮の化身とはいえ、一人で広大な城をここまで完璧に管理できるものなのか。
もしウルほどに自身の人数を増やせるとすればあるいは……いえ、ですがヨミ自身はそうした作業をしていないと言っています。謎は深まるばかりです。
『到着。目的地。オープンセサミ』
そうして城内を歩くこと十数分。
とうとう目的地に着いたようです。
表にあった城門より更に倍以上も大きく重々しい扉がひとりでに開くと……、
『油断禁物。落下注意。今日も一日ご安全に』
ヨミの言語センスはさておき、その危険度は一目で分かりました。
城内の一室にあったのは、床にぽっかり開いた大穴。
穴の直径は少なくとも千メートルを超えそうですが、より驚異的なのがその深さ。
恐る恐る覗き込んでみるも、まるで底が見えそうにありません。
否。
見えないというか、実際、底はないのです。
形容ではない、文字通り無限に続く底無しの穴。
『上の城はただの蓋。驚愕。実はこの穴が本当の第六迷宮なのであったとさ』
ここまで歩いてきた広大な城は、全てこの穴を封じ、隠すための蓋代わり。
そして第六迷宮の攻略は極めて簡単です。
なにしろ、この大穴に飛び込めばただそれだけで済むのですから。
今年も一年ありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。




