世界展開
「へえ、アレって小洒落たインテリアを作る能力じゃなかったんだね」
と、レンリは言いました。
『へえ、アレって小洒落たインテリアを作る能力じゃなかったのね』
と、ウルも言いました。
ずいぶん前に迷宮全員が獲得していた用途不明の謎能力。
手乗りサイズの魔物(だいたいカブトムシといい勝負をするくらいの強さ)や、それらが暮らす小さな森や洞窟や迷路など。デザインは様々ですが、まあちょっと見た目に凝った熱帯魚の水槽みたいなものでしょう。そんなごく小さな迷宮を作るだけと思われていたスキルには、実は作ったモノを観賞して楽しむ以外に隠された使い道がある、らしいのです。少なくともゴゴはそう言いました。
『我も今の今まで、自分がそんなの使えることすら忘れかけてましたからね』
『そう? 我は結構よく使ってるのよ。公園とかで街のお爺ちゃんお婆ちゃんに作ってあげると喜んでくれるの。あとペットを飼いたいけど飼えない家の子とか』
ただ見て楽しむくらいしか用途のなかった謎スキル。
そんなモノでもウルはそれなりに有効活用していたようですが……なんと、あの能力は小洒落たインテリアを作るだけの力ではなかったようなのです。
『まあ結論から言ってしまうと、燃料の種類を間違ってたんですよ。本来は神力で動かすべきモノを、これまでは規格違いの魔力で無理矢理動かしていたわけですね』
例えとして適切かは微妙なところですが、本来はガソリンで動かす仕様の自動車を薪や木炭を燃やして無理矢理走らせていた、みたいな感覚でしょうか。
もちろん普通の自動車の燃料タンクに強引に薪を詰め込んで火を付けたところで故障するだけですが、地球の自動車史において古くは実際に薪動力の自動車という物も実在していました。まあ故障率の高さや煙の問題で薪カーはあまり普及しなかったのですが、迷宮達の能力には規格違いの燃料をそのまま入れても一応稼働させられるだけの頑丈さ、あるいは応用幅。もしくは大雑把さや適当さかもしれませんが、そういったアレコレが含まれていたのでしょう。その誤った使い方のアレコレから出力された結果が、観賞しか用途のないミニチュア迷宮というわけです。
『論より証拠。実際に魔力じゃなくて神力を注ぎ込んで能力を動かしてみれば、すぐ分かりますよ。その神力の使い方にはちょっとコツが要りますけど』
ゴゴの言う通り、口で話すよりも実際にやってみたほうが手っ取り早そうです。
他の迷宮達にも特に異存はありません。
『ええと……力の種類の違いはともかく、その迷宮を作るのは上手くできるかしら? 覚えてすぐの最初のほうにちょっと使ってそれっきりだったから』
『あ~……そういえばモモも全然使ってなかったですね』
『くすくすくす』
そこから先は、うろ覚えの感覚を頼りに失敗を重ねながら試してみる他ありません。ネムはよく分かりませんが、ヒナやモモはなかなか苦戦しているようです。
『ふっふっふ! しょうがないの。我がお手本を見せてあげるから、よーく見ているがいいのよ!』
一方で、これまで色々な人を相手に何百何千と作ってきたウルは手慣れたもの。
これは数をこなせば上達する類の技能でもあったようです。魔力を使う小迷宮バージョンではありますが、一エリア当たり一秒未満という超ハイペースで、自分の足元から周囲の荒野に迷宮を展開していきました。
手元から距離が離れていても視界に収まるくらいの範囲なら支障なし。
精巧な模型のような城砦を歩き回る中身が空っぽの全身鎧だとか、そのすぐ上を飛び回る翼竜だとか、見応えのある構造物がすごい勢いで出来ていきます。
『いや、流石ですね姉さん。これは我もちょっと真似できそうにないです。ここまで来ると、一概に使い方を間違っているとも言えませんね』
「うん、大したものだね。ウル君、えらいえらい。ところで、ヒナ君ちょっと……」
『えっへん! もっと褒めるがいいの! じゃあ、今度は本番いくのよ?』
ウル本人にも自覚はなかったのですが、どうやら街の人々に観賞用の小迷宮を作ってはプレゼントしていたのが、実は能力を使いこなすための修業として機能していたようです。あとは込めるべき力の種類を変えるだけ。
『むむむ~……!』
ウルは先程ゴゴがやっていたように両手を前に伸ばして、それと同時に今やったように迷宮を作る能力を強く意識していきます。そして魔力も神力もありったけフルパワーで注ぎ込んで……、
『うんうん、この感じね? あれ? ちょっ、一旦ストッ……ぎゃー、なの!?』
見渡す限りの荒野は一瞬のうちに奥深い森林に覆われ、大量かつ高速に生えてきた無数の樹木に吹っ飛ばされたウルは、空高く雲の上まで打ち上げられることとなりました。
◆◆◆
少々のトラブルはあったものの、迷宮達はその日のうちに全員が迷宮を展開する能力を身に付けることに成功しました。
「ふふふ、万一を考えてヒナ君に私達を液体化させておいてもらって良かったよ。迷宮の皆とルカ君はともかく、私とルー君は三回くらい死んでたかもね! 怖い!」
大量の樹木に吹っ飛ばされたり、大量の海水に流されたり、大量の土砂に埋もれたり、途中で色々ありましたが結果的に無事なので何も問題はありません。そういうことにしておきましょう。
最初のうちは神の力の感覚を掴むのに各々苦戦していました。
が、ウルやヒナは何百人何千人という数の分身を出して、その全員で練習をすることで効率を大幅アップ。元はウルが魔王宅で読んだ忍者漫画を参考にした鍛錬法なのですが、今も『日輪遊園』のスタッフとして働いている分を除いて、現在の彼女らが生み出せるほとんど最大数を訓練に集中させました。
単純計算で千倍を超える効率化だけあって、恐ろしいほどの勢いで習熟が進んでいきます。これだけ慣れれば、もう過剰に迷宮本体を呼び出して自身や周辺に被害を及ぼすこともないでしょう。
それに比べたら流石に効率は落ちますが、モモも自身の学習効率を『強化』することでペースアップ。ネムは特に能力を使っている様子はなかったのですが、というか熱心に練習をしている様子もなかったのですが、何故か最初から当たり前のように迷宮の展開に成功していました。
そして大量に出した色々も現在では全て元通り。
迷宮を出したり引っ込めたりは自由自在。また嬉しい誤算として、開いた迷宮を閉じる時には展開時に使った神力をそのまま回収できるようです。同じ神の力を使う行動であっても、女神の奇跡と違ってコスト面をシビアに気にする必要はなさそうです。
ゴゴが先程やったのと同じように、複数個所に展開した迷宮間での瞬間的な移動も全員が可能。また興味深いことに、たとえば第一迷宮から第五までなど、担当外の他の迷宮への移動もできました。これにより迷宮達の誰か一人が行ったことのある場所ならば、他の迷宮も自由に行き来できるようになるというわけです。
複数の異なる迷宮を全く同じ位置に重ねて展開する。各自の固有能力を範囲内に誰か入ればあらかじめ設定した通りに発動するなどのルール付与なども可能。これなら味覚強化のためにモモが『日輪遊園』のフードコート付近に常駐する必要もなくなります。他にも色々とできることはあるのですが、まあそれらに関しては実際やる時のお楽しみということにしておきましょう。
「便利そうで羨ましいね。まあ神様の能力ってくらいだし、それくらいは出来て当然ってことなのかな」
とはいえ、出来ないこともいくつか明らかになっています。
その代表例として、迷宮間の移動ができるのはあくまで迷宮達の誰かのみ。レンリ達のような人間が自由に行き来することはできません。能力を駆使してこの世界の流通に革命を起こして大儲けするのは無理そうです。
また迷宮都市にいるウルの別個体に連絡して実験してもらった結果判明したことですが、地球や魔界など別の世界への迷宮本体の展開は不可。魔力のみ注いだ小迷宮の作成はできますが、神力を使って同じように能力を発動させようとしても上手くいかなかったようです。
「そういう不可能が、これからキミ達が成長するにつれて可能になっていくかどうかも要観察かな。じゃ、ウル君。ちょっとお遣いを頼むよ」
まあ実験については後日いくらでも機会があります。
今は本題に立ち返ってやるべきことを済ませる時でしょう。
「地図のここと、ここと……あとは、大きめの国の人口が上から二、三番目くらいまでの都市の近くにそれぞれ一ヘクタールくらい土地を見繕って……あ、いや、個人の私有地とかに被ると後々面倒臭そうだから、魔物が沢山いるとか地形が険しいとかで人の手が入ってなさそうな辺りがいいかな」
地図を眺めながら遊園地の支店を出す候補地をどんどん見繕っていきます。
大きい都市に近過ぎないけれど往来に不自由がない程度には近く、できれば特定個人が所有していなさそうな人の手が入っていない土地が理想的。地形や魔物についてはこの際問題にならないので、条件に合う土地を探すのはそう難しくもなさそうです。土地の権利問題などについても、最悪、後から引っ越しや夜逃げをすればどうとでもなります。
『うん、それじゃひとっ走り行ってくるの!』
そうしてレンリから候補地を聞いたウルは、三百人ほどに分裂して四方八方へと走っていきました。スピードは今のウルにしてはゆっくり目の時速百キロくらいでしょうか。練習と実験によって、これくらいの速度なら立ち止まらず移動したまま能力を行使できることが分かっています。それでも遅くとも明日の夜明け頃までには、大方の国の主要都市近隣への展開が完了することでしょう。
あとは『日輪遊園』の段階的な移転、及び安全確認や宣伝活動など。上手く運べば数日中には学都周辺にも各国からの情報が届いて、異常な混雑状況も次第に解消されていくはずです。
さて、メインの目的についてはひとまず解決したとして。
「これで上手くいってくれればいいんだけど。ところで、ゴゴ君?」
『はい、なんでしょう?』
「この能力って、そんなただ色々便利になる都合が良いだけのモノだと思うかい?」
『それは、何かこう隠れたリスクとかデメリットがある、みたいなことですか? 使ってみての実感としては、特にそういう感じはありませんが』
「ああ、いや、ごめん。聞き方が悪かったね。私も今更あの神様がキミ達にそんな形で悪さしそうだとかは考えてないよ。うーん、まだ具体的にそれがどういうことなのかっていうのは分かってないんだけど」
レンリは、自分でもまだ整理できていない疑問をそのまま口にしました。
「もし、だけど。出来る出来ないは別として、たとえばこの能力でこの世界全部を迷宮で上書きしたらどうなっちゃうのかな?」




