神の力:初級編
迷宮をこの世界の任意の地点に展開する。
ゴゴの提案が成功すれば、現状の諸問題を一気に解決できるでしょう。
少なくとも試してみて損はないはずです。試し方については慎重に考えねばなりませんが。
「とはいえ、ゴゴ君。こないだみたいに街の上に迷宮全部を持ってくるような真似したら、それこそ大変だろう。そのあたり大丈夫なのかい?」
『ええ、そこは抜かりなく。持ってくるのは迷宮全体ではなく、あくまでその一部だけ……というか今の我々だと、やろうと思っても迷宮全部を持ってくるのは多分難しいんじゃないかと。経験則と言っていいのかどうか分かりませんけど、感覚的にはそんな気がします』
もちろん考え無しに迷宮を展開するわけにはいきません。
先日の事件のように巨大な迷宮が空を覆い尽くすような事態は論外ですし、そうでなくともこれ以上の混乱を招くような真似をすべきではないでしょう。
とはいえ、レンリの懸念については恐らく問題なし。
ゴゴが身体を乗っ取られていた状態での体験談を頼みにするという点に、そこはかとない危うさを覚えなくもないですが、それに関してもいきなり街の近くで試すのではなく人里離れた山奥や荒野など場所を選んでテストしてみれば大丈夫、のはず。
というわけで善は急げとばかりに、ヒナが全員をマッハで運んで学都から山を二つ三つ越えた辺りの荒野にまでやってきました。あるのは見渡す限りの土とまばらに生える僅かな草くらい。野生動物もほとんどいないようですし、ここならば存分に実験ができそうです。
「というわけで、さあ、早速やってくれたまえ」
『うん、分かったの! ん……? やり方が分かんないの!』
が、実験も簡単ではありません。
なにしろ迷宮達にとっても初めての試みです。
できるという根拠も、ゴゴがそう感じているというだけ。
最悪、ここまで来て空振りという可能性もあり得ます。
『ここは言い出しっぺの我が先陣を切る流れなんでしょうね。では、僭越ながら』
ゴゴは目を閉じて両手を前に伸ばすと、記憶の中の曖昧な感覚を再現するように意識を集中していきました。同時に自分達の在り方、神造迷宮とは何かという根幹へと思いを馳せる。そうするにつれ最初はモヤのようにあやふやだった感覚が少しずつ明確な輪郭を帯び、次第によりはっきりくっきりと何をどうすべきかが見えてくる。
神造迷宮とは、この世界と重なりあって存在する別世界。
迷宮の展開とは、すなわち世界そのものへの干渉。
通常の迷宮としての機能とは異なる、神の権能に属する類の能力です。
『ふむ? なるほど、これをこうして……?』
故に、用いるのは神のエネルギー源たる信仰心。
これまで迷宮達は信仰のエネルギーを吸収しても、それを高効率の栄養源として成長の糧とするばかりで積極的に使おうとはしてきませんでした。迷宮として元々あった能力や身体機能は大きく強化されましたが、神の力とは本来もっと幅広く使える万能のエネルギー。完成した神が正しく用いれば、それこそ不可能はないとまで言えるほどのシロモノなのです。
今ここにいる迷宮達は、未完成ながらも神性をその身に宿している。
限定的ではあれど神の力を扱う資格を有しているはずなのです。
ならば、あとはただその使い方を覚えるだけのこと。
『ああ、なるほど――――ええと、異界……異界、侵食、降臨、召喚? ええと、まあ能力の名前については検討の余地アリとして――――今、そこに開きます』
ゴゴが意識を集中し始めてから十数分といったところでしょうか。
伸ばした両手から金色の光が放たれると同時、眼前の荒野に二十メートル四方ほどのブロック床が、第二迷宮『金剛星殻』が出現しました。
◆◆◆
『ええ、間違いありませんね。これは我の本体です』
無論、単にゴゴが非生物操作の能力で土や石をブロック状に変えたというだけではありません。間違いなく迷宮本体の一部をこの荒野に持ってきていました。レンリ達人間にはピンと来ませんが、迷宮達には共通する感覚でそれが分かるようです。
『もうちょっと分かりやすくしましょうか。皆さん、この上にどうぞ』
皆が言われるままに二十メートル四方の『金剛星殻』の範囲内に入ると、途端に身体が重力に逆らってふわふわと浮かび上がりました。第二迷宮に働いている重力変動の応用でしょうか。ただブロックを敷いただけではこうはいきません。
「でも、ゴゴ君。その顔を見るに、これだけじゃないんだろう?」
『ええ、もちろん』
これで任意の地点に迷宮を展開する実験は成功。
しかし、こうやって重力の向きが変わるブロックを敷けるというだけでは、ちょっと気の利いた手品程度の能力でしかありません。ここまでは単なる前置き。本番はここからです。
『いやぁ、なんと言いますか。ちょっと出来そうなことが一気に増え過ぎて説明が大変なんですけど、まずこの場で簡単に出来るやつからいきましょうか』
ここからのゴゴの説明は想像以上に有意義なものとなりました。
先程展開した迷宮Aとは別に百メートルほど離れた地点に迷宮Bを展開(一度成功してコツを掴んだためか、二度目の迷宮展開は一分足らずで完了しました。慣れればもっと早くできそうです)。
そうするとゴゴは二点間を限りなくゼロに近い時間で自由に行き来できるようです。もちろん、この荒野の中の二点間だけでなく学都の迷宮本体であるとか、迷宮都市の魔王の店にも新しく迷宮を敷けば移動は自由。
空間転移の魔法とも似ていますが、こちらは距離の長さに比例して消費魔力が増えるようなこともなく、一度慣れれば大して集中せずとも普通に歩くのと似た感覚で別地点の迷宮に移動可能。あらかじめ世界のあちこちに迷宮を敷いておけば、いつでも気軽に世界旅行が楽しめそうです。
そして、これが特に重要な点ですが。
これは恐らく、ゴゴだけでなく他の迷宮も全員が使える汎用技能に当たるものと思われます。例えば魔界や地球など異世界に迷宮を敷いたとして、世界間をまたいで同じように移動できるのかとか、ゴゴの迷宮を他の迷宮や人間が利用して移動できるのかとか、不明点はあるもののそうした疑問については順次実験をしていけばいいでしょう。
それだけではありません。
敷いた迷宮から新たな化身を生み出せるので、いちいち学都の本体から新たに肉体を生やす必要がなくなりました。まあ元から滅多なことでは肉体が大きく損傷したりしないので即座に役立つかといえば疑問ですが、まあ一応、便利は便利です。
このあたり迷宮ごとによって得手不得手の差が大きく、固有の能力との親和性が高いウルなどは化身の肉体から直接別の自分を生やせるので、逆に利便性をほとんど感じられない部分かもしれませんが。
利便性で言うなら先程重力の向きを変えてみせたように、迷宮の性質や構造物を任意で持ち出せるほうが便利そうです。ゴゴの場合なら金属資材や石材を大量に生産可能ですし、例えばウルなら自身が変身せずとも有用な動植物をどこでも自在に生み出したりできるでしょう。
他の迷宮もそれぞれ有用性は高そうですし、既に本体内に作ってある物を呼び出す形を取れば本来の目的だった遊園地の世界展開も恐らく可能。十分な広さに広げるためには場所の確保や能力を使いこなすための練習も必要そうですが、その程度の手間なら安いもの。
更には神の力を用いることで従来の迷宮が持つ性質をそのまま持ってくるだけに留まらず、自由な性質改変・改良・改造までも。具体的にどのあたりまでのことが可能なのかについては、これも今後の検証待ちという形になるでしょうが。
『……と、まあ今パッと分かる範囲ではこのくらいですね。推測も込みで。まだ我が気付いてない応用形とかもあるかもしれないですし、差し当たっては姉さんや皆にも早く同じことができるようになってもらうのがよろしいかと』
ゴゴの実験については概ね成功と言って差し支えないでしょう。
元々は混雑解消のためのアイデアでしたが、ついでに色々と便利な新能力が手に入るというなら、こんなに上手い話はありません。迷宮達も話を聞くうちに随分とモチベーションが上がったようです。
『ははーん、さては修業パートね! ドラゴンの口を生やして火を吹くのもワンパターンだし、この機会に我も新しい必殺技とか覚えてみたいの! ねえねえ、ゴゴ。それってどうやるの?』
ウルが早速ゴゴにやり方を聞きました。
こういったものは先達からコツを聞いて素直に真似るのが一番手っ取り早いのです。自分の力で苦労して編み出すことに意味があるとか、あえて肝心なところを教えず目で盗むからこそ身に付くとか、迷宮達はそういう方面の非合理性にクラシカルな価値を見出すタイプではないようです。
『感覚そのものを口頭で説明するのは難しいんですけど、ほら、アレですよ姉さん』
『ふむふむ、アレなのね。アレってどれ?』
『姉さんとレンリさんの部屋にもいるじゃないですか。爬虫類系の』
「私の部屋がどうしたの? え、何かいるの!? なにそれ怖い!」
レンリの困惑は無視してゴゴは話を進めます。
『姉さんが可愛がってるペットの、ええと、名前は……ドラ次郎でしたっけ。ほら、あの子が入ってる小さい迷宮を造った、用途不明のよく分からない謎能力あったじゃないですか?』
神の力を操るヒントはずっと前から手の内にあったようです。




