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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
十二章『迷界大祭』

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会議は踊る、されど


 レンリの部屋にて。

 


「あっはっは! こりゃ傑作だね!」


『ちょっとちょっと! お姉さんてば、この大変な時に何を笑ってるのよ』


「いや、だってほらウル君。こんなの、もう笑うしかないだろう?」


『うーん……言われてみればその通りね! あはははは!』



 『日輪遊園』の正式オープンから半月。

 その影響は迷宮達の想定を良くも悪くも大幅に上回っていました。

 もう笑うしかありません。笑顔の絶えないアットホームな明るい職場です。



「っと、冗談はこのくらいにして。実際どうするか考えてるのかい?」



 今や大陸中の人々が学都に殺到しつつあると言っても過言ではない状況です。

 人が集まればそれだけ食料や物資を必要とするわけですが、生産も供給もとても追いつているとは言い難い。人数に対して物が足りなければ、必然的に物価はどんどんと上昇していきます。その勢いはとどまるところを知りません。このままでは遠からず近隣地域を巻き込んだ食料危機が発生することでしょう。



「まあ知らんぷりして、ほとぼりが冷めるまで当分どこかに逃げてるのが一番簡単ではあるんだけど………一応、私もほんのちょっとくらいは責任を感じなくなくなくなくなくなくもないからね」


『それは有るのか無いのか、どっちなの?』



 赤の他人が困るだけならともかく、学都には顔見知りも大勢いますし、一年半ほども暮らせば愛着も湧いてくるというものです。流石のレンリでも見捨てるのにはちょっぴり抵抗がありました。



「解決するだけなら簡単なんだけどね。単に第五迷宮を閉鎖して自由に出入りできないようにするか、以前までみたいに第四までの試練をクリアした人だけに入場を許可する仕組みに戻すとか」



 この状況でも幾らか余裕が見えるのは、レンリの面の皮の厚みが人一倍だからというだけでなく、彼女の言う通りその気になれば簡単に解決できるから。解決できてしまうからでしょう。

 第五迷宮への出入りを厳しく制限すれば、わざわざ遠方から訪れた人々や新鮮な娯楽に夢中になっている人々からの不満は少なくないでしょうが……そんなものは一切聞く耳を持たずに黙殺すればいいのです。


 この神造迷宮が女神の創造物であることは、この世界の人々の多くが知るところです。

 神とは時に理不尽なもの。

 神とは時に無慈悲なもの。

 神様のすることにケチを付けるなど畏れ多いと感じるか、あるいは言っても無駄だと思うかは人それぞれでしょうが、結局は諦めるしかないのです。

 信仰対象である女神そのものではなく、その被造物である迷宮達の行いだとしても、一般の人間にそれを判断する術はありませんし、仮にそのあたりが知られたところで結論が大きく動くことはないでしょう。



「でも、それは正直惜しいんだよねぇ……」



 人が集まり過ぎる問題は、迷宮達がその気になればすぐにでも解決できるもの。

 なのに何故そうしないかというと、惜しいから。

 デメリットが霞むほどのメリットがあるからです。

 大量の人間から得られるエネルギーによって、『日輪遊園』の運営に携わっている第一から第五までの迷宮は、この僅か半月でそれ以前の数年分にも匹敵するほどの成長を見せています。化身の肉体の運動能力や特殊能力の効果、影響範囲。それら全てが日増しに伸びていく様は、ある種の中毒性すらありました。


 その急激な能力の伸びがもたらす高揚感、全能感は容易には抗い難い。多くの人々が遊園地にハマっているのと同じかそれ以上に、迷宮達も今のこの状況にハマっていたのです。

 ついでに言うと、なまじ殿様商売が上手くいってしまったのも悩みの種。毎日見たこともないような金額が懐に飛び込んでくる状況で、日々肥大化していく自分達の金銭欲とも戦う必要がありました。


 そうして「あと一日」、「もう一日くらいなら」、「あと一日だけ……」と、ズルズル決断を先に延ばして今日に至ったわけですが。残念ながら信仰心や情報エネルギーをいくら注ぎ込んでも、自律心や克己心まで自動的に得られたりはしないようです。



『はぁはぁ……我は自分を冷静に見られてるのよ? 富と武力と、あとは権力を手に入れたパーフェクト我になったらちゃんと止めるから大丈夫なの。ところで権力って八百屋さんで売ってるかしら?』


「うんうん、あとで見に行ってみればいいんじゃないかな。まあウル君は極端な例としても、他の皆もなかなか踏ん切りがつかない感じかな」


『お恥ずかしながら』


『そ、そんなことはない……とは言えないわね』


『お金の魔力、正直ナメてたのです』



 レンリからの指摘にゴゴ、ヒナ、モモはバツが悪そうな困り顔。

 当の第五迷宮本人であるネムだけは、この状況下でも最初から普段と全く変わらず穏やかに微笑んでいますが、他の迷宮達に迷いがあるうちは特に積極的に何かをしようという気はないようです。

 誰だって金の卵を産むニワトリを自ら手放す決断をするのは、簡単なことではないでしょう。理性的に考えれば時間が経つほどに状況が悪くなっていくのは理解できても、あと一日くらいならと決断を先延ばしにしてしまう。しかし決断を延ばせば延ばすほど、更に決断は難しいものとなっていくのです。



「ふぅん、今回は神様もまだ何も言ってきてないんだよね?」



 時には過保護とも言えるほどの干渉をしてくる女神も、今回は未だノータッチ。

 事態を把握していないというわけではありません。

 迷宮の入場制限緩和の時など、今件については既に迷宮達から幾度も報告をしています。

 だというのに特に指示や助言がないのは、まだ今のところは人命に関わるほどの深刻な危機的状況でないからか。あるいは女神にとっては迷宮達にこういう悩みを経験させること自体が狙いの内なのか。真意は不明ですが、いずれにせよまだ頼るべき段階ではないということなのでしょうか。



「あの……み、みんな……ちょっと、休憩したら?」



 さて、そんな風に特に話し合いに進展のないまま時間を浪費していると、マールス邸のキッチンを借りてお茶の支度をしてきたルカとルグが、ティーセットの乗ったお盆を手にやってきました。

 お茶請けには第三迷宮で収穫してきたマンゴーやパイナップルのスライスを、低温のオーブンでパリパリになるまで乾燥させたフルーツチップス。これは最近の遊園地のフードメニューを色々考える中で増えた新しいレパートリーの中の一つです。



「で、何か進展は? なさそうだな」


「む、難しい……ね……」



 一応会議のつもりでこの場に集まっている面々ですが、ルカ達が席を外している間も特にこれといった進展はなし。まあ全てを一発で解決する都合の良い名案が簡単に出てくるようであれば、最初からこんな風に集まってなどいないのです。

 このままでは何の意味もなく時間を浪費しただけで終わってしまう。

 いっそコインでも投げて継続の可否を決めてしまおうか、なんて冗談が冗談に思えなくなってきましたが……その前に意外なところから事態を打開するアイデアが降ってきました。



「――――だったら……よかった、のに……ね」


『え? ルカさん、今なんて』



 ルカの何気ない呟きにゴゴだけが反応しました。

 ある意味、経験が活きたと言うべきでしょうか。



「え、えと……ゴゴちゃん? 学都だけじゃなくて……色んな国に、遊園地があったら……みんな、遠くまで来なくて、楽だったのにね……?」



 ルカの言葉を改めて聞いても、ゴゴ以外の面々はピンと来ていない様子。ルカ自身、自分の発言の何にゴゴが引っ掛かりを覚えたのか分からず、不思議そうに首を傾げています。



『なるほど。女神様あるじさまが何も言わないのは、わざわざ言うまでもないことだから? 解決するための方法は、すでに手の中にあった……ということですか』



 他の迷宮達や人間の皆が理解できないのも無理はありません。

 が、解決するための方法は皆すでに知っています。

 実際に見て、聞いて、体験してもいます。

 特等席で見ていたゴゴは特に印象深いものがあったのでしょう。



『では、その通りにしましょう。わざわざ学都に来るまでもないように』



 ゴゴ以外の皆がこのことを思いつけなかったのは、あまりに今と状況が違うのと、あとはイメージの悪さが先入観となって発想を阻害していたのかもしれません。経緯を考えれば仕方のないことではありますが。



『異界侵食……うーん、侵食というのは言葉のイメージが悪いですね。今回の主旨からも外れますし。異界融合? 異界合体? まあ名前については後でしっくり来るのを皆で考えるとしましょうか』



 異界侵食。

 神造迷宮という一つの世界で既存の世界に上書きを。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 迷宮を全世界規模でチェーン化 確かに儲かる [気になる点] 世界浸食・・・緊急特務部隊【アームズ】・・・うっ頭が・・・ [一言] 更新お疲れ様です いよいよ、世界侵略・・・ 穏便な方法な…
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