スーパークリエイター・ゴゴ
新第五迷宮『日輪遊園』。
プレオープンの開始から数日後のことです。
園内の一画でゴゴとウルが何やら話し合いをしていました。
『姉さん、フリーフォールはこんな感じでどうですか?』
『うん、大体こんな感じだったの。あとは高さを、そうね、この百倍くらいにしたらスリルがあっていいと思うのよ』
『百倍は初心者には刺激が強すぎませんか? 一回当たりの所要時間が長くなると回転率も落ちますし。じゃあ、とりあえず間を取って十倍くらいで』
第五迷宮の改装にはネムのみならず他の迷宮達も関わっています。
素材となる魔力リソースの確保はネム。
設計部分は主にモモ、オアシスの維持や上下水道の設置など水回りはヒナ。
そしてゴゴが用意された建材を組み上げて、日本の遊園地に連れて行ってもらったことがあるウルがチェックする。大まかにこんな流れでしょうか。
『ええと今日はあとコーヒーカップと、モニターの皆さんに好評だったジェットコースターを追加で三コース。慣れてない人に合わせた速度や高さが控えめなのと上級者向けのハードなのを段階的に……と』
すでに連日数百人規模のモニター客を入れているプレオープンの状態ですが、正式オープンに向けて更なる調整やアトラクションの増設も急ピッチで進めています。普通なら予算や人員の確保など、短く見積もっても数ヶ月はかかりそうなものですが、
『ワンパターンは飽きの元ですからね。それぞれ色や装飾を変えたりしてバリエーションの幅を増やしていきましょう』
ゴゴが手をかざして意識を集中すると、あら不思議。
まだ何もなかった空き区画にあっという間にコーヒーカップが。無論、食器のカップではなく人が乗れる遊具であるソレが、たったの数秒で地面から生えてきたではありませんか。
『魔法の仕込みも……ええ、ちゃんとできてますね。数をこなしたおかげでやっと慣れてきました。では姉さん、試運転をお願いします』
『うん、我に任せるがいいの!』
遊具には例外なく件の「乗員から魔力を吸い取る機能」が付いています。
元となっているのは大陸横断鉄道にも使用されている動力機関を「改悪」したもの。ゴゴも人間の扱う魔法には不慣れゆえ、最初のうちは失敗も多かったのですが、何十と数をこなすうちに慣れて上手になってきました。
とはいえ、これだけでは何が何やら。
もっと根本的なところから説明する必要があるでしょう。
まずゴゴについて。
先日の事件の際、(ここでは詳細は省きますが)本物の神に一時取り込まれたことがキッカケとなって、ゴゴは迷宮としての覚醒を果たしていました。それにより全体的な性能が向上し、他の迷宮と同様、自身の迷宮外でも十全に力を使えるようになりました。
元々、ゴゴの迷宮としての固有能力は聖剣としての能力と被る面もあり積極的に使う機会もなかったのですが、覚醒によってその有用性が桁違いに増したのです。
数々のアトラクションを数秒で組み立てたのも、その力の一端。
説明するとすれば「無生物を操る能力」といったところでしょうか。ウルが様々な生物の力を自在に扱えるように、ゴゴの力は無生物を自在に操ることができるのです。
『ゴゴお姉ちゃん、あっちの休憩スペースにまたベンチの追加お願い! もうっ、人が来すぎて全然追い付かないわ!』
『はいはい。とりあえず、十脚くらいでいいですか?』
飲食・休憩スペースで働いているヒナからの発注にも即座に応えます。
ネムから貸与されている管理権限により第一迷宮で伐採された木材をこの場に呼び出し、手を触れる必要すらなく念じるだけでぐにゃぐにゃと粘土をこねるように木を加工。完成まで一脚あたり十秒足らずというスピード仕上げです。
聖剣としてのゴゴの力は金属操作に寄っていますが、迷宮としての彼女の能力は金属以外にも木材や石材やガラスなど、まさに無生物全般に及ぶのです。今回の事業では魔力コストの削減のためあらかじめ用意した木や金属を加工していますが、その気になればこの場にいる化身の肉体を別の物質に変化させることも可能だったりします。
木材に関しては切ってからしばらくの間はまだ生物と判定されるためか効果が及ばなかったりもするのですが、そういった点を差し引いてもかなり便利な力と言えるでしょう。攻撃能力はさておき、使い勝手の良さでは聖剣としての機能にも勝るとも劣りません。
この第五迷宮に敷き詰められているレンガ床や飲食・休憩スペースに並ぶ家具類もゴゴの能力で生成した物がほとんど。彼女の助力がなければ『日輪遊園』がそれらしい形になるまで、短く見てもあと何か月かは余分にかかったものと思われます。
『あはははは! たのし……ぎゃー、なの!?』
『姉さん、亜音速でコーヒーカップを回すのはやりすぎかと。風圧で竜巻みたいになってましたよ。もうちょっと軸を太くして強度を上げておきますか』
試運転をしていたウルが遊具の強度の限界を超える速度まで加速させ、想定外の過剰な遠心力により破損したカップと一緒にどこかへ吹っ飛んでいきましたが、まあお客を入れているエリアから距離は離れているので特に問題はないでしょう。
こうして主にウルを犠牲にしながら遊具の安全テストを実施するのも大事な仕事です。ウル基準の無茶な使い方を元に強度を決めているので、今のところプレオープンの招待客には怪我ひとつありません。
「やあ、やってるね。ゴゴ君、またまた術式の『改悪』版を考えてきたから、ちょっと新しいやつに組み込んでみてくれないかい」
『またですか。レンリさんも懲りませんねぇ』
そしてゴゴの能力以外に説明すべきは、人間の魔力・体力を強制的に吸い上げるという凶悪な遊具の仕組みについてでしょう。
使われている魔法のベースは、先述のように大陸横断鉄道の動力機関にも使われているもの。大地を流れる魔力の流れ、霊脈や龍脈などと呼ばれるものから必要な魔力を吸い上げてお湯を沸かし、発生した蒸気の圧力でタービンを回して車体を動かすというだけの意外とシンプルな仕組みです。
この仕組みには大きな欠点がありました。
魔力を足下から吸い上げるという仕様上、太い霊脈の通っていない国や都市に線路を通すことが困難なのです。線路を通せるのは元々魔力の豊富な土地に限られ、なおかつ山や川などの地形の影響にも左右されます。
鉄道の輸送力は登場からの僅か数年で大いに認知されるようになりました。
どこの国や都市も自分達の所にも線路を引いてほしい。その誘致のためなら幾らでもお金を出す。多少の出費など鉄道の輸送力により貿易や人の出入りが活発化すれば後からいくらでも取り戻せる……と意気込んではいるものの、自然界の魔力の流れは基本的に気持ちやお金でどうにかなるものではありません。
絶対に不可能とは言い切れないまでも、それには山を真っ二つに斬り崩すとか、河川に破壊魔法を叩きこんで強引に逆流させるとか、それくらいの非常識が必要になるでしょう。それらを未来予知でもしながら極めて正確な精度で行わなければ、単に自然破壊をしただけで終わってしまう可能性も少なくありません。まあ現実的ではないでしょう。可能性はゼロではない、というだけ。学者や技術者が言う「理論上は可能」というやつです。
が、人間の欲深さを甘く見てはいけません。
魔力の流れを変える方法が無理そうなら、別の仕組みを新しく考えるのは当然のことです。前置きが長くなりましたが、その仕組みというのがこの遊園地のアトラクションに搭載されている魔力吸収装置の元となっているのです。
「実家で試作品の設計図を見たことがあるんだよね」
そう言ってレンリが記憶を元に書き起こしたのは、土地の魔力ではなく乗員の魔力を動力源として動かすという、これまでにない新しい方式の列車の設計図。この新方式が実用化すれば、線路を通すための条件が少なからず緩和され、各国の経済にも大きな影響が出ることは想像に難くありません。
まあ、あくまで実用化されていたらの話ですが。
実際にはそう上手くはいかなかったようです。
乗員の魔力で貨物を積んだ大重量の車体を動かすのは負担が大きく、どう計算してもいくらも進まないうちに線路上で立ち往生してしまう。
乗員数を増やして燃料となる魔力を多く確保しようにも、乗り込んだが最後、ぎゅうぎゅう詰めの車内に何時間も押し込まれた上に、魔力を吸われて疲労困憊するなどという乗り物に好きこのんで乗りたがる物好きは限られるでしょう。常人の何倍何十倍もの魔力を有する優秀な魔法使いばかりを乗せればスペース面の問題は解決できますが、そんなに優秀な人材をただの燃料タンクとして扱うなど論外です。
客車としても貨物車としても問題だらけの欠陥品。
設計図を引いたレンリの父もそう判断して放っておいたボツ案であり、たまたま目にしたレンリもつい先日までそんな物を見たことすらすっかり忘れていたのです……が、列車よりも遥かに軽く小さい乗り物なら話も違ってきます。
重い荷物など運ばず、ただ乗って楽しむだけの乗り物。
そして強制的に魔力を吸い上げるという性質も、迷宮達の能力と組み合わせれば効率的な鍛錬法としての活用が可能。魔力を底まで吸い上げて、なんなら底を突いた状態から更に無理矢理吸収しようとすることで体力や気力や生命力を強引に魔力に変換させる。
シモンとライムが本気で決闘した時や、あるいはずっと前に第二迷宮でルカが大暴れした時のように、魔力というのは使い切ったと思ったところからでも死力を尽くして頑張れば色々代償にしながら更に搾り取れるものなのです。
この遊園地の場合は「頑張る」ではなく本人の意思に関係なく無理矢理「頑張らせる」ですが、まあ些細な違いでしょう。気にしてはいけません(ちなみにレンリが幾度も『改悪』を繰り返している術式は、この体力と魔力の変換をよりスムーズにするためのものだったりします)。
流石に『日輪遊園』では本当に死にかけるところまでは行かないように、程々のところで吸収を停止するような安全対策用の魔術式も組み込んでいますが、やっていることは本質的に変わりません。
昏倒寸前のギリギリまで搾り取ってから、迷宮達の能力を駆使して急速に休息させる。
その繰り返しで実際に魔力量や体力が増進する効果も、ここ数日でほぼほぼ確信が持てるまでになりました。シモンの協力により実際に運動能力や魔法の威力向上など、具体的な数値での伸び率の計測も完了。協力者である騎士団員達にも確かな成長の実感があるようです。
無論、増えた分の魔力を使いこなす訓練をしなければ力に振り回されるだけですが、この調子でいけば学都方面軍が中央の近衛騎士団を超える国内最精鋭として名を轟かせる日もそう遠いことではないでしょう。
『そういえば街でもここが噂になってるらしいですね。騎士団の人達から話が広まってるみたいで』
「うん、別に口止めとかは頼んでないからね。自分達だけが特別な遊び場で楽しめるとなれば自慢の一つもしたくなるだろうし。ま、これも宣伝の一環かな。オープン早々閑古鳥が鳴くようなことは避けたいし、口コミで前評判が高まる分には良いんじゃないかな?」
『いえ、我が心配してるのはむしろ逆というか……』
ゴゴには懸念があるようですが正式オープンはもう間近。
心配があろうがなかろうが、もう前に進むしかありません。
そして、ここから更に数日後。
いよいよ一般客を迎えての正式オープンの日がやってきました。
こういう細々とした設定を考えるの大好きです。




