おいでませ、新生第五迷宮
第五迷宮『炎天廻廊』。
見渡す限りの砂漠とマグマが噴き出す火山とで構成された灼熱の迷宮……というのは数日前までのこと。現在、その姿は大きく様変わりしていました。
そもそも砂漠にしろ火山にしろ、管理者たるネムの趣味というわけではありません。
諸事情あって数年ほど封印されていたネムが不在の状況で、いちいち管理の手間をかけずとも「らしく」見えるよう極端な設定にされていたというのが真相だったりします。
まあ独特な感性の持ち主であるネムとしては砂漠であることに不満があるわけでもなかったのですが、より多くの人を呼び込んでその活動情報をエネルギー源とする迷宮としては余りよろしくない。平たく言えば集客力に欠ける。そう指摘したモモのプロデュースによって、より魅力あふれる迷宮として大改造を遂げたのがこの新・第五迷宮でした。
『くすくすくす。皆様、ようこそいらっしゃいました』
「うむ。今日は世話になるぞ」
そうして新迷宮の体験モニターとして招かれたのが、シモン率いる学都騎士団の騎士や兵士およそ二百名。ゆくゆくは第一から第三までの迷宮と同じく入場に関する制限を取っ払って誰でも自由に入ってこれるようにするつもりで、すでに創造主たる女神の了解も取っているのですが、その計画を実行に移す前の安全確認は必要だろう……という理屈です。
学都騎士団の面々は何だかんだで士気も練度も高く、少々の危険であれば各自で対処することもできるはず。少々露悪的な言い方になりますが、一般客を入れる前の実験台にはピッタリ。それにこの新迷宮の趣向を考えれば、より強くあるべき彼らには安全確認の件を抜きにしても是非ともその威力を体感してもらうべきでしょう。
と、前置きが長くなりましたが新生第五迷宮。
その全容がどんなモノかと言いますと……、
「しかし話には聞いていたが、これは……遊園地だな」
遊園地。
ジェットコースターや観覧車やメリーゴーランドがあるアレでした。
地面も大半はレンガ敷きの舗装路。遊具の隙間を埋めるように存在するオアシスとまばらにある砂地だけが、元々の砂漠の名残りのように残っています。
広大な砂漠にあった全てのオアシスをこの一箇所に集約させた上で、総面積の八割以上に及ぶ砂漠や火山のマグマ地帯、ついでに強烈すぎる陽光などの客ウケが悪そうな要素を大胆に分解して一旦形のない魔力リソースへと還元し、新設備を用意するための材料として転用して組み上げたのがこの姿。と、そんな裏話はまあいいとして。兎にも角にも今は目の前の遊園地です。
実際に異世界でその手の施設を訪れたことがあるシモンだけは平静を保っていますが、何も知らされず上司に連れてこられた騎士達は、だだっ広い空間に立ち並ぶ未知の巨大装置の数々を前に目を白黒させています。
「うお、でっか……建物?」
「椅子みたいのが付いてるな。ってことは、乗り物なのか?」
「言われてみれば、アレとか列車の線路みたいにも見えますね。えっ、空中走るの?」
これも仕事のうちだからと言われるがままに付いてきた彼らですが、天を突くような未知の設備の数々を前にして戸惑いを隠せないでいるようです。予備知識がなければジェットコースターなど特殊な拷問器具にでも見えるかもしれません。
そもそも連れてこられた理由は、何かしらの特別な特訓をして強くなるためという話ではなかったのか。そんな疑問も当然あることでしょう。
が、これについては論より証拠。
口で説明するよりも実際に体験してもらったほうが手っ取り早い。
「では、そうだな。三時間ほど経ったらこの場所に集合ということにするか。それまでは各自この迷宮内で自由に過ごすように。では、解散」
一応勤務中ではありますが、上司であるシモンもこう言っていますし安全そうな場所で昼寝でもしているという手もなくはない。実際、最初の数分は遠巻きに周囲の施設を眺めるばかりの団員が大半でしたが、それでもやはり好奇心はあったのでしょう。
最初に勇敢な何人かが手近に乗り場があったジェットコースターに恐る恐る乗り込むと、自動的に落下防止のベルトが装着され、そのままゆるゆると発進したかと思ったのも束の間。
「なんだ、このくらいの速さなら高くても怖くな……ギャアアァ!?」
「高っ!? 怖っ!? 落ち……ギョエエエエエ!?」
「あっ、あっ、何か顔中の穴から変な汁出る……」
周辺に響き渡る恐ろしげな絶叫。
雲を突くような高さから地上スレスレまで急降下し、また猛スピードで空高くまで駆け上がる。その速さ、高低差は、日本の遊園地にある類似の(マニア・上級者向けの)アトラクションのざっと三倍といったところ。
ジェットコースター自体が未体験の面々にしてみれば、さぞや強烈なインパクトが感じられたことでしょう。拷問にかけられているとしか思えない悲鳴を地上で聞いていた騎士団の仲間達も、そのあまりの恐ろしさに震え上がりました。猛スピードで空中を走り回る乗り物が相手では、飛び乗って救出することも叶いません。唯一それができそうな団長もいつの間にか姿を消しています。
そうして数分後。
ようやく走行を終えて乗り場に戻ってきた者達は、座席から解放されるとふらふらと覚束ない足取りで仲間の元に戻ってきました。そして。
「……うぅ、おおおっ、すっごい楽しかったー!」
「そうそう。怖いけど、そのスリルがクセになるっていうかさぁ」
「ちょっと休んだら次は別のやつ乗ってみましょうよ!」
ハマっていました。
◆◆◆
「やあやあ、ネム君、モモ君。なかなか好評じゃあないか」
『ごきげんよう、レンリ様。おかげさまで皆様に喜んでいただいておりますわ』
騎士団の面々が遊び始めてから三十分ほど経った頃。
何やら大きな金属製の箱を抱えたレンリが第五迷宮を訪れました。
『レンリお姉さん、それが約束のブツなのです?』
「ふっふっふ。そう、そのブツさ。報酬は約束通り頼むよ」
『うっふっふ、お姉さんもワルなのです』
モモと二人で無駄に悪役風トークをしていますが、それ自体に意味はありません。
意味があるのは奇妙な紋様が刻まれた箱のほうです。
「今、あっちでコレと同じやつを使ってルカ君とヒナ君達に準備してもらってるよ。ルー君は追加の買い出しね。騎士団の人達が乗り物に乗り始めてからの時間は? ……ふむ。じゃあ、そろそろ頃合かな」
『ですね。うふふ、まだ何も知らず無邪気に楽しんでいるのです』
「くくく、それこそが私達の狙いだとも知らずにね。はぁっはっはっは!」
『モモお姉様とレンリ様、なんだかとっても楽しそうですねえ』
繰り返しますが、悪役風トークに特に意味はありません。
が、それはさておき彼女らの思惑通りに事態が動き出したようです。
「どれも面白いなぁ。次は何に乗る?」
「悪ぃ、ちょっと休ませてくれ。やけに身体が重くて……」
「そういや、俺もなんだか眠気が……まだ昼前なのに」
あちこちで遊んでいた団員達が、タイミングを計ったかのように次々と強烈な疲労や眠気を訴え始めたのです。時間はまだ昼前。夜勤明けならともかく、今日シモンによってここへ集められたのは前日しっかりと休んだ者ばかり。この異様な疲れ方、とても偶然とは思えません。
『搭乗者の魔力・体力を強制的に吸い上げて乗り物の動力とする、ある意味恐怖の省エネワンダーランド。新生第五迷宮の全貌が今まさに明かされる時が来たのです……!』
「うん、私は全部知ってるけどね。モモ君、それ誰に言っているんだい?」




