新迷宮へのいざない
十二章始めます。
そろそろ暑さも和らいできた秋の始まり頃。
午前中、ようやく朝市の賑わいも落ち着いてきたくらいの時間でしょうか。学都南端に位置する騎士団の訓練場に大勢の人々が集まっていました。
「さあ、お互い遠慮は無用……と言いたいところだが、あまり何度もここを壊すのはまずいのでな。あまり派手な技はなしで頼む。俺もそうする」
軽率に破壊されることに定評のある訓練場の中央でそう言うのは、先日団長職に復帰したばかりのシモン。この場に集まった人々……騎士や兵士がおよそ二百人ほど……は、彼をグルリと取り囲むようにして直立姿勢を取っていました。そして彼らの視線の先にいるのは、シモン以外にもう二人。
『ふっふっふ、腕が鳴るの!』
『やあ、どもども。お手柔らかにお願いするのです』
シモンから十歩分ほどの距離を置いて向き合っているのは、緑髪とピンク髪の二人の幼女、ウルとモモ。ウルはしきりに腕をぐるぐる回し、モモは普段身体に巻き付けている異様に長い髪を解いて地面に流しています。相手がシモンであれば不足はなし。闘志十分といった様子です。
「さて、すでに皆に説明はしたのだが、実際に見てみねばなかなか納得できるものでもあるまい。そなたらが“強い”ということを存分に見せつけてやってくれ」
これから始まるのは、しいて言うなら模範試合、でしょうか。
最近思うことがあって強くなりたいという気持ちが湧いてきた迷宮達に、シモンが騎士団の訓練への参加を勧めてきた。とはいえ彼女達の外見を考慮すると、本来ここで訓練すべき騎士兵士の邪魔になりかねません。
シモンの紹介であるなら露骨に邪魔者扱いはされないにせよ、必要以上に気を遣ったり手加減しては鍛錬の効率が落ちてしまいかねない。ならば、どうすべきか?
答えは簡単。
彼女達が「強い」ということを実際に見せて、理解してもらえばいいのです。見た目で侮ったり慮ったりすることが間違いであると、頭だけでなく本能に刻み込むほどに。
実は何年か前にもライムが似たようなことをして、ついでに外部講師として訓練をしたこともあり、多大なる畏怖と尊敬を集めるに至りました。今回も同じようにすればきっと上手くいくはずです。
「では、始めよう」
と、まあそんな事情はさておき、ごくあっさりと試合開始。
シモンはまだ手に入れたばかりの愛剣を鞘から抜き、力みのない中段構え。
そんな彼に対してまずウルが真正面から猛スピードでの突進を仕掛けました。
『とーうっ! どれが本当の腕が分かるかしら!』
そして突進の勢いから繰り出される連続パンチ。
まるで残像で腕が十本くらいに増えたようにも見えるほど素早く……ではなく、実は本当に肩回りから新しい腕を生やしていたりします。素早く生やしたり引っ込めたりを連続しているので、それなりの動体視力がなければ見分けは付かないと思われますが。
フォームも何もあったものではない大振りパンチばかりとはいえ、同時に十発以上も繰り出されれば見切るのも大変です。おまけに空振りのたびに、ブオンブオン、と場内の風が吹き荒れるほどのパワー。腕がゴムのように自在に伸び縮みするのでリーチも読めません。
『ふふーん、我も勉強してるのよ! 具体的には、リサさ……こほんっ。大きいほうのママさんから借りた漫画の技をパク……インスパイアするとか』
「ははは、それは本当に大丈夫なやつなのか?」
とはいえ、余波や踏み込みで地面を砕かない程度にパワーやスピードを加減しているので、シモンなら攻撃を捌くのはさして難しくもないようです。加えて、新しい剣の特性もシモン有利に働いていました。
『どうも手応えが変でやりにくいの』
ウルが打ち込んだパンチを剣の腹で受ける。
するとパンチの威力が失われ、それと同時にシモンの身体能力や反応速度、剣そのものの秘める破壊力も向上していく。まだ攻撃に転じていないため真価を発揮してこそいませんが、守りに徹しているだけで相当に厄介なシロモノのようです。
『じゃあ、こんなのはどうです?』
ウルの攻撃を捌くシモンのすぐ背後。
そのまま背中に抱きつけそうな至近距離からモモの声が聞こえました。
自らの存在感を弱めて移動したのでしょう。彼女の能力を知らなければ、転移魔法か超スピードで瞬間的に現れたように見えたかもしれません。実際、いつの間にか移動していたモモに気付いた騎士達が驚愕の声を上げています。
「うむ、実戦なら一撃もらっていたかもしれんな」
が、親切にもわざわざ声をかけてからの攻撃など喰らうシモンではありません。
前方からのパンチ、背後からの髪の拘束。高く跳ぶことでそれら両方を回避し、そのまま瞬間的に足裏に発生させた重力場を蹴って空中を素早く移動。再び二人を前に構える試合前のような立ち位置に戻ってきました。
「す、すげぇ! チビッ子すげー!」
「いや、団長もヤバいだろ! 見たかよ、あの動き? いや全然見えなかったんだけど」
「なあなあ、どっちが勝つか賭けようぜ」
「おいこら、俺らの職業考えろよ? ……団長に今日の呑み代な」
ここまでの攻防がぴったり一分間。
息も吐かせぬ展開の連続に、最初は半信半疑だった、あるいは微笑ましい姿を見守るような心持ちでいた団員達の意識もガラッと塗り替えられたようです。
ですが、試合はまだまだ始まったばかり。
この後、実に一時間近くにも渡って繰り広げられた戦いに、騎士団の面々は一応職務中だということもすっかり忘れて大いに盛り上がるのでした。
◆◆◆
そして一時間後。
迷宮達が子供ながらに侮れない強者だということは十分に伝わったことでしょう。
これで目的の片方は達せられました。
「いや、すごいもん見たわ。やっぱ天才っているんだなー」
「だな。やっぱり血筋が違うのかねぇ」
ここまでは目的の半分です。
力量を見せつけるだけでは不十分。
並外れた才はなくとも毎日の鍛錬を欠かしていない騎士兵士からすれば、あまりに次元の違う戦いぶりを見せられて、最早悔しいとか追い付きたいという気持ちすら湧かない有り様……では駄目なのです。彼ら彼女らには一層の奮起と成長をしてもらわねばなりません。なので。
『ええっ! 誰でも簡単に我みたいに強くなれちゃう秘密を、今ここにいる人だけに特別に教えちゃうの?』
『もちろんです。しかも、今なら……なんと、お値段無料なのです!』
『ええっ! それは絶対に聞くしかないの!』
団員達の前で、ウルとモモが何ともわざとらしい寸劇を始めました。
これが実に胡散臭い内容でしたが、事前に強さを見せつけていたおかげで一定の説得力は出ていたのでしょう。それとなく耳を傾けていた騎士団の人々に向けてウル達は、
『ふむふむ、新しい第五迷宮の体験モニター募集? これは行くっきゃないの!』
『ご応募希望の方は、今この場でモモ達に言って欲しいのです。当選者の発表は発送をもって……ていうか、この後すぐ連れて行きますので。シモンお兄さんにもそのつもりで皆さんのスケジュール調整お願いしてますし』
「うむ、まあそれはそうなのだが。その誘い文句はもうちょっと何とかならんかったのか?」
と、高らかに新生第五迷宮のプレオープンを宣言しました。




